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1529:接触。

 ――なんだ、あれ? なんだ、なんなんだ、あれは!?


 突然、観測した超高エネルギー反応に船内がざわつき始める。突然、眼下の星から大きな幾何学模様が浮かんで、しばらく時間が経ったあとふっと消えた。しかも大きな幾何学模様の下にも幾何学模様が浮かんでいた。こちらに影響がないので平気であったが……。


 「で、殿下」


 「未開の文明下で生きる者たちかと思えば。考えを改めねばな」


 と私は気を引き締めるのだった。

 

 ◇


 ――試し発動から一夜明けた。


 私が展開した超広域障壁魔術は隣国であるリームやヴァンディリアの空をも覆い、更に彼の国の二、三ヶ国向こうにも届いていたとか。連絡済みだったために各国に混乱は起きていないけれど、副団長さまと猫背さんの術式開発力に私は感心している。とはいえ超広域規模の魔術の発動は珍しいものなので、いろいろと噂が立っているそうな。

 午前の執務を終えた私はアルバトロス王国王都のタウンハウスの東屋でアストライアー侯爵家の面々や産後のため療養中のアリーさまとお茶を嗜んでいる。昨日の試し発動の噂は随分と広まっているようで、各国から国民の皆さまの状況が伝わっていた。


 「どうして国を超えて展開できているんだ、と」


 「アストライアー侯爵が術者らしい。それなら納得だ、と」


 ソフィーアさまとセレスティアさまが苦笑いを浮かべながら教えてくれる。足元にはヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたち三頭に、おばあとジャドさんたちが耳を傾けていた。

 おばあが後ろに立って、私の頭の上に顎を置きぐりぐりと機嫌良さそうに動かしている。なにがしたいのか分からないけれど、楽しい話をしているとおばあは勘違いしているのだろうか。いつもご機嫌なおばあのぐりぐりを受けながら私は少し冷めて紅茶を一口含む。


 「もしかして神さま方より凄いのでは、と言われ始めているそうだぞ、ナイ!」


 はははと歯を見せながら笑うアリーさまの声に私が口に含んだ紅茶を吹き出しそうになる。吹き出すのを我慢したから反動で喉の奥に紅茶が掛かって気道に入りそうになった。

 私は咳き込むのを我慢しているとリンが背中を擦ってくれる。おばあも心配そうに私の顔を覗き込んでいるけれど、他の方たちは死にはしないと声を掛けるに留めている。そうして私が落ち付いた頃、同席しているヴァルトルーデさまとジルケさまが声を上げた。


 「やれないこともない」


 「力で広域展開させたら、あたしらでも疲れるからなあ。ケロッとしてるナイが変なんだよ」


 ヴァルトルーデさまが微妙な顔で、ジルケさまが呆れ顔で私を見ていた。女神さまであれば大陸規模の障壁を展開できそうだが、果たして可能だろうか。少し聞いてみたい欲を抑えながら、伝えておかなければならないことがあると私は口を開く。


 「アルバトロス王国の障壁維持の魔力を注ぎ込む量より少し多いくらいでしたから。私が凄いわけではありませんよ」


 私が凄いのではなく、副団長さまと猫背さんの頭が優れているだけだろう。そもそも障壁展開は私の十八番の一つで慣れ親しんだ魔術だ。それを超広域に展開できるようにと改良してくれたお二人の実力が凄いだけ。それに双子星の前に浮かぶ物体Xがなにをしてくるのか分からないのだから、本来であれば星全土に障壁を張りたい気持ちがある。でもそれは流石に人智を超えた術になるため、お二人でも術式を組めないと言っていた。

 

 「物体に動きがあったようですし、これから忙しくなりそうです」


 「ああ、物体の横に更に小さな物体が現れたというヤツか?」


 私の声にアリーさまが少し声を重くして答えてくれる。遠見に優れている方の話で、物体Xの横に新たに小さな物体が現れたと騒ぎになっている。私が超広域展開したことで王都の皆さまや他の領地の皆さまは気付いていないようだ。

 ただ各国の上層部は物体Xが動き始めたと警戒を高めている。エーリヒさまとフィーネさまは小型艇で地上に降りるつもりだろうという見解に至ったそうだ。私もこちら側と接触するつもりのようだと結論付けていた。

 

 話が通じる相手であれば良いのだが、突然殺戮を行う場合もあるだろう。文化も文明も違う星からやってきた未知の相手にどう対処すべきか。


 いきなり襲ってこないところを見ればなにか目的があるようにも思える。本当に何故、双子星の前に物体Xは留まっているのやら。その謎ももう直ぐ解決するだろうと、随分と冷めた紅茶を飲み干すのだった。


 ――数日後。


 アストライアー侯爵家一行はミズガルズ神聖大帝国の大雪原にいた。エーリヒさまとユルゲンさまも外務官として同行しているし、今回は副団長さまも一緒にきていた。副団長さまは陛下から私やアルバトロス王国の面々の身を守れと命じられているそうだ。

 亜人連合国からもディアンさまとベリルさまとダリア姉さんとアイリス姉さんと超大型竜である赤竜さんと青竜さんと緑竜さんも参加していた。ヤーバン王国とフソウ国とアガレス帝国と共和国とリーム、ヴァンディリアに聖王国の代表も参加しているし、世界規模の互助機関を作るため友好的な国も代表者を寄越していた。そしてミズガルズ神聖大帝国の皇太子殿下も参加しているのだが凄く神妙な面持ちで場に立っている。


 彼の様子が気になるところであるが、私たちの目の前には一艇の小型船が雪の上に鎮座している。凄くざっくりだけれど船長は、中型の竜の方たちと同じで三十メートルほどだろう。映画やアニメで見慣れている移動用の小型船にそっくりだ。横幅も同じくらいで十メートルあるかないか。剣と魔法のファンタジー世界に近い星なのに、急にSFチックになったなと私は小型艇の扉を見つめた。


 「出てくるか」


 「そのようですね」


 私の頭の上でディアンさまとベリルさまの声が聞こえた。いつになく彼らは警戒している。私もいつでも魔術を発動できる状態にしているのだが、腰元のヘルメスさんが『ああ、マスターの魔力が! 魔力がぁ!』と声を上げていた。

 そんなに魔力操作が下手糞かなと思いつつ扉を見ていれば、小型船の扉が上から下に開き、そのままタラップ替わりになっている。扉の向こうには人の形をした方が数名立っている。まだ顔ははっきりと見えないけれど、人型であることに安心感を覚えてしまう。駄目だ、油断してはいけないと私はぎゅっと手を握り込む。


 タラップを降りてきた異星人――で良いだろう――は、ゆっくりと歩いて私たちの前に立った。竜の方やエルフのお姉さんズがいるのに、あまり気を払っていない。魔力感知に疎いのか、それとも私たちを上回る力を持っていてなにも感じていないのか。おそらく先頭に立っている異星人がトップの立場のようである。衣装も一番豪華な物を纏っていた。もしかすると欺瞞しているかもしれないが、見た限りでは目の前の異星人が代表者だと判断できた。


 『初めまして。地上の皆さま』


 私とミズガルズの皇太子殿下の前に立ち、異星人の方が胸に手を当て礼を執る。耳に届いた言葉は理解できないが、異星人の方が声を発した数瞬あとに機械音声が流れている。

 どうやら異星人の方の文化は私たちと似ているようだが、文明の発展度合は相手の方が上だろう。小型船は武装していないようだけれど、どこかに武器を隠し持っている可能性がある。平和に話せれば一番良いけれど、どんな展開になるのか全く予想ができなかった。

 

 「は、初めまして。果てなき場所から訪れた方よ」


 皇太子殿下が異星人の方に恐る恐る手を差し伸べた。


 『申し訳ないが……肌に触れて良いのは血族や添い遂げる者のみなのだ』


 目の前の異星人の方が申し訳なさそうな顔になる。おそらく男性で、西洋人形のような美しさを持っているのだが、額の真ん中からチョウチンアンコウのチョウチンのような物が垂れていた。微妙に発光しているようで、垂れ下がったチョウチンの光の影ができている。凄くアンバランスな雰囲気だ私が苦笑いを浮かべていれば、手を引っ込めた皇太子殿下が素早く礼を執った。


 「失礼を! 何分、貴方方の文化に不勉強故にご容赦頂きたい!」


 『お気になさるな。我々も貴方方の文化を習熟しておらず、理解できないこともあろう。こうして無事に接触できたのならば、お互いを尊重し合いながら話の席に就きたいものだ』


 勢いよく頭を下げる皇太子殿下に異星人の方が微笑みを持って返した。そうして異星人の方は私の方へと視線を向けた。


 『貴殿も代表者かな?』


 「はい。アルバトロス王国にてアストライアー侯爵位を賜っております。名をナイと申します」


 額の真ん中から出ているチョウチンを揺らした異星人の方に私は礼を執ってから名乗りを上げれば、目の前の方は整った顔を歪める。なんだろうと私が異星人の方と視線を合わせると、胸に手を当てた。


 『異性の方と見受ける。異性に先に名乗られるのは、我々の文化では不名誉となるのだが……許して頂きたい』


 どうやら目の前の異星人の方の文化には男性が先に名乗るのが礼儀のようである。確かに男性が先に名乗る方が無難かもしれないと、私は片眉を上げそうになるのを我慢して口を開いた。


 「失礼致しました。恥を掻かせてしまい申し訳ありません」


 もしかすると異星人の方の文化も女性より男性が肉体的、社会的に強い立場なのだろうか。でなければ、男性が先に名乗るような文化が醸成されそうにない。そろそろ本題に入りたいなと考えていれば、異星人の方がふっと笑って言葉を紡いだ。


 『頭を下げてばかりだな。話を進めよう。どうか、私の身の上を聞いて頂けないだろうか?』


 イケメンだけれど、額の真ん中から垂れているチョウチンアンコウのようなチョウチンが気になって仕方ない。仕方ないけれど、気にしては駄目だと私は誰にも分からないように頭を振る。ぬうと私が考え込んでいる間に皇太子殿下が言葉を紡ぐ。

 

 「承知しました。会談の場はどちらに?」


 何処が適切な場所なのだろう。星の外からきた方たちをミズガルズの帝宮に招くわけにはいかないし、どこかの王城にというわけにもいかないだろう。一応、大雪原には大きな天幕が張られ、会談の場を設けられるようになっている。ただ異星人の方がどんな場所を好むのか分からないし、こうした立ち話で済ませる文化なのかもしれないのだから。本当にいろいろと手探りだ。


 『我々は貴殿らの信用を得たわけではない。この場でできれば良いのだが……構わないだろうか?』


 異星人の方は現在の場所での話し合いで構わないようである。それならばと皇太子殿下が天幕の方へと視線を向けた。


 「では、あちらの天幕に参りましょう」


 『承知した』


 さて、彼らからどんな話を聞けるのだろうか。一先ず、落ち着いて話ができる相手であったこと、いきなり殺戮を繰り広げる相手ではないと分かったことに安堵しながら、少し先にある天幕を目指すのだった。

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