第9話 扉の向こう、世界の真実
扉は、触れた瞬間にほどけた。
開く、というより――解ける。
星屑のような光が崩れ、三人の前に道が現れる。
そこは、庭だった。
最初に目に入ったのは、無数の扉。
地面に、壁に、空中に。
大小さまざまな扉が、静かに佇んでいる。
「……こんなに……」
アオイが、息を呑む。
「……全部……出口……?」
レナの声は、震えていない。
ユイは、すぐに否定した。
「……違う」
見えてしまう。
扉の一つひとつに、感情の残滓が絡みついている。
希望。
恐怖。
諦め。
安堵。
「……ここは……」
ユイは、ゆっくり言う。
「……星層界の……中心……」
そのとき、庭の奥から足音がした。
――規則正しく、静かな足音。
「やっと、ここまで来たね」
庭師が、姿を現す。
これまでより、はっきりとした輪郭。
けれど顔は、どこか曖昧だ。
「君たちは、優秀だ」
庭師は、庭を示す。
「ここはね、行き場を失った感情が、休む場所だ」
アオイが、思わず言う。
「……閉じ込めてるじゃない……」
「閉じ込めてはいない」
庭師は、穏やかに首を振る。
「選ばせている」
庭師は、一つの扉に触れる。
そこに映ったのは、ベンチに座り、動かなくなった少女。
「帰る勇気が、もう残っていない者」
別の扉。
微笑んだまま、同じ景色を繰り返す少女。
「失うことが、怖すぎた者」
また別の扉。
そこには、何も映らない。
「そして……
……自分の理由を、手放した者」
レナが、息を呑む。
「……ここに……残るって……」
「世界を維持する側になるということだ」
庭師は、三人を見る。
「星層界は、放っておけば崩れる」
「感情は、溜まりすぎると、壊れる」
――だから。
「誰かが、ここに残り、整える必要がある」
沈黙。
アオイの拳が、震える。
「……それで……
……レナを……」
庭師は、否定も肯定もしなかった。
「今では君たちは、三人とも条件を満たしている」
ユイの頭が、冷える。
――見えてしまう。
未来の分岐。
三人で帰る可能性。
一人が残る可能性。
誰かが、強制的に選ばれる可能性。
「……でも……」
ユイは、一歩前に出る。
「……それ、誰かの犠牲の上に成り立ってる」
庭師は、静かに頷く。
「そうだよ」
あまりにも、あっさり。
「……なら……」
ユイは、唇を噛む。
「……他の方法は……?」
庭師は、少しだけ、困ったように笑った。
「ある」
三人の視線が、集まる。
「だが、それは……
……君たちにとって、最も残酷だ」
庭の中央。
一番大きな扉が、ゆっくりと姿を現す。
そこには、何も映っていない。
「この扉は、世界そのものを手放す扉」
庭師は言う。
「星層界を、閉じる」
「そうすれば、誰も残らない」
アオイが、叫ぶ。
「そんなの……!」
「代わりに」
庭師は、続ける。
「ここで失ったものは、戻る」
「そして……得た物を失う……」
庭師の視線が、ユイに向く。
「観測者は、二度と“分かる”側には戻れない」
ユイの胸が、強く鳴る。
――見えなくなる。
未来も。
構造も。
感情の流れも。
ただの、不完全な人間に戻る。
「……ユイ……」
アオイが、声を震わせる。
レナは、静かに言う。
「……それでも……
……誰かが、残るより……」
庭師は、三人を見渡す。
「選ぶといい」
「誰かが、ここに残るか」
「世界を、閉じるか」
庭の扉が、一斉に軋む。
星層界が、答えを待っている。
ユイは、ゆっくりと目を閉じた。
――見える未来を、手放す覚悟。
それが、
本当の“脱出”なのかもしれない。




