第8話 それぞれの「帰りたい理由」
三つの道は、広場から放射状に伸びていた。
左の道は、朝焼けの色。
正面の道は、星明かりの色。
右の道は、夕暮れの色。
どれも、どこか懐かしい。
「……分かれて、進めってこと……?」
アオイが小さく言う。
ユイは首を振った。
「違う……これは……」
“道”ではない。
告白のための場所だ。
ユイの観測が、静かに告げる。
ここでは、隠せない。
魔法も、理屈も通じない。
「……順番に、話せってことか……」
アオイが、苦笑する。
最初に、朝焼けの道が、淡く光った。
アオイの理由
朝焼けの道に立つと、景色が変わった。
体育館。
朝の練習。
床に反射する光。
「……私さ……」
アオイは、前を見たまま言う。
「……怖いの、嫌いだった」
声は、落ち着いている。
「失敗するのも……
……誰かに見捨てられるのも」
ユイは、黙って聞く。
「……だから、いつも……
……大丈夫なふり、してた」
光の魔法が、指先に灯る。
「……でも……」
アオイは、唇を噛む。
「……怖くなくなった今……
……何を、守りたかったのか……
……分からなくなってきて……」
それでも、と。
「……それでも……」
アオイは、振り返る。
「……誰かと……
……ちゃんと、怖がりながら……
……生きたい」
朝焼けの道が、静かに消えた。
レナの理由
次に、星明かりの道が、脈打つ。
夜の病室。
機械音のない、静けさ。
レナは、そこで立ち止まった。
「……私は……」
音のない声。
「……誰にも……
……迷惑、かけたくなかった」
ユイの胸が、締めつけられる。
「……呼ばれる音も……
……返事を待つ音も……
……怖かった」
失った音。
選んでしまった静寂。
「……でも……」
レナは、噴水の方を見る。
「……あの街で……
……初めて……
……誰かが……
……私を、引き止めた」
アオイの叫び。
ユイの言葉。
「……それで……」
レナの瞳が、潤む。
「……帰ったら……
……また、怖い音、聞く……」
それでも。
「……それでも……
……呼ばれたら……
……返事、したい」
星明かりの道が、震えながら消えた。
ユイの理由
最後に、夕暮れの道が、残る。
ユイは、しばらく動けなかった。
「……ユイ」
アオイが、そっと言う。
「……話さなくても……」
ユイは、首を振った。
逃げたら、ここで終わる。
夕暮れの道に立つ。
帰り道の信号。
夕焼け。
足を止めた自分。
「……私……」
言葉が、喉に引っかかる。
「……何でも……
……分かるように……
……なりたかった」
感情を、避けるため。
「……分かっていれば……
……傷つかなくて済むって……
……思ってた」
観測の力。
理解するほど、遠ざかる心。
「……でも……」
ユイは、二人を見る。
「……分からないままでも……
……一緒に、帰りたい」
感情が、揺れる。
痛み。
不安。
それでも、選ぶ。
夕暮れの道が、ゆっくりと消えた。
三つの道が消え、広場に静寂が戻る。
空に、扉が現れた。
以前より、小さい。
不完全な形。
庭師の声が、初めて、わずかに硬くなる。
「……全員が……
……帰りたい理由を……
……手放さなかった、か」
扉は、まだ開かない。
代償は、支払われたまま。
失ったものは、戻らない。
それでも――
ユイは、確信する。
この先に、答えがある。
レナが、静かに言った。
「……行こう」
初めて、自分から。
三人は、扉へと歩き出す。
それぞれの理由を、胸に抱えたまま。




