第3話 星の扉と、泣かない少女
星の扉は、触れる前から脈打っていた。
まるで生き物の心臓のように、淡く、規則正しく光が明滅している。近づくほど、胸の奥がざわめいた。懐かしいような、思い出したくないような感覚。
「……これ、開けて大丈夫かな」
アオイが小さく呟く。
「開けなきゃ、進めない」
ユイはそう答えながらも、扉の表面に映る星々から目を離せずにいた。星は一定の配置を保っているようで、よく見ると一つひとつが“欠けて”いる。
――全部、完全じゃない。
その違和感を言葉にする前に、扉がひとりでに開いた。
音はしない。
光が裂けるように、向こう側が現れる。
そこは、円形の広間だった。
天井はなく、代わりに巨大な星図が空いっぱいに広がっている。星と星を結ぶ線が淡く輝き、時折、どこかの星が静かに消えていった。
「……消えてる……?」
アオイの声に、ユイも気づく。
星図の中央。
白い石の台座の上に、少女が一人、座っていた。
膝を抱え、俯いたまま動かない。
年は二人と同じくらいだろう。
けれど、その姿には妙な“完成された静けさ”があった。
「……大丈夫、ですか?」
アオイが恐る恐る声をかける。
少女は、顔を上げない。
「……泣いても、意味ないから」
ぽつり、と。
感情の温度を失ったような声だった。
ユイの胸が、ちくりと痛む。
「……あなたも、ここに閉じ込められたの?」
少し間を置いて、少女は頷いた。
「たぶん。気づいたら、ここに座ってた」
ユイは一歩近づき、観測するように少女を見る。
すると、何かが“おかしい”ことに気づいた。
この子からは、感情の揺らぎがほとんど感じられない。
まるで、最初から感情を置いてきたみたいに。
「名前、教えてもらってもいい?」
少女は少し考え、答えた。
「……レナ」
その瞬間、星図の一部が淡く光った。
「やっぱり……名前に反応してる……」
ユイが呟く。
「ねえ、レナ。ここ、何か……分かったことある?」
レナは、首を横に振った。
「……ただ、ここにいると、安心する」
その言葉に、アオイが顔を歪めた。
「それ、ダメなやつじゃない……?」
レナは、初めて二人を見る。
その瞳は澄んでいるのに、どこか空っぽだった。
「帰りたい、とか……思わない」
その瞬間。
星図の中で、一つの星が音もなく砕け、闇に沈んだ。
「……今の……」
ユイは息を呑む。
頭の中に、嫌な予感が走る。
――この世界は、「帰りたい」という感情を基準にしている。
ユイは、レナの前にしゃがみ込んだ。
「ねえ、レナ。帰りたい理由、思い出せる?」
「……理由?」
「元の世界で、大事だったもの」
レナは目を伏せる。
しばらく沈黙が続いた。
「……思い出そうとすると、胸が、空になる」
その言葉と同時に、ユイの胸にも冷たい感覚が広がった。
――魔法の代償。
ユイは確信する。
レナは、すでに何かを失っている。
「……ねえ、ユイ」
アオイが小声で言う。
「この子……ここに、長くいたんじゃ……」
答える前に、広間に別の“気配”が満ちた。
星図が一斉に輝き、空間がゆっくりと歪む。
どこからともなく、あの声が響いた。
「出会えたようだね」
優しく、歓迎するような声。
「君たちは、ちゃんと仲間を見つけられた」
レナの肩が、ぴくりと動く。
「……あの声……」
ユイは、奥歯を噛みしめる。
「この庭は、君たちを試しているだけだよ」
声は続く。
「失うことを恐れず、進めばいい」
星の扉が、広間の反対側に現れた。
今度は、三つの鍵穴が刻まれている。
――三人で進め。感情を差し出せ。
「……やっぱり……」
アオイが、唇を噛む。
「ここ、優しくない……」
レナは、立ち上がった。
その表情は相変わらず静かだが、わずかに揺れている。
「……私も、行く」
「レナ……?」
「ここにいると、何も思わなくなる」
それは、拒絶だった。
この世界への、かすかな反抗。
ユイは頷いた。
「一緒に行こう」
三人が鍵穴に手をかざすと、胸の奥がちくりと痛んだ。
星図の光が、一つ、また一つ、消えていく。
それが何を意味するのか。
まだ、誰も知らない。
星の扉が、ゆっくりと開く。
――次の層へ。




