07_第七話_街の初日
◆ 第七話 ── 街の初日 ◆
ヴァルカは、想像より大きかった。
石造りの門。その向こうに続く家並み。行き交う人の数、声の数、匂いの種類。
リシェル村の全員が入っても余る広さだと思った。
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門では身元確認があった。オットさんの行商証明書と、私の「同行者」という扱いで通してもらえた。
門番が私を見た。
(若い娘が一人。荷物は少ない。……まあいいか)
──言葉ではなかった。視線の意味が、なんとなくわかった。
通れればよかった。通れた。
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市場通りを少し歩いたところで、オットさんと別れた。
「ここまで乗せてもらって、ありがとうございました」
オットさんは荷台から顔を出した。
「礼はいらん。……気をつけろよ」
(続きがある)
「はい」
少し間があった。
「お前みたいな娘がひとりでうろうろしていい街じゃないからな。宿は慎重に選べ」
「わかりました」
オットさんは何か言いかけてやめた。馬車が動き出す。
遠ざかる馬車を見送った。
(いい人だった)
荷物を持ち直した。さて。
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最初に目についた宿は、街道沿いの「旅人亭」だった。
看板が大きくて、値段の表示もある。安い。立地もいい。
入り口をくぐると、主人が愛想よく飛んできた。
「いらっしゃい! ひとりかい? うちは安全だよ、女性のひとり旅でも安心してくれ」
(値踏みしている。荷物を見ている)
「安全」という言葉に、確信がなかった。言いながら視線が泳いでいた。
(……この人、嘘をついている)
笑顔を保った。
「少し考えてからまた来ます」
「あ、そう……」
(舌打ちしたい気持ちがある)
外に出た。
(ナナミン、直感は信じよ)
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路地に入ったところで、野菜籠を持った中年女性と目が合った。
「すみません、この辺で女性ひとりでも泊まれる宿ってご存知ですか」
女性はナナを上から下まで見てから言った。
「旅人亭は行ったのかい」
「……やめました」
女性の表情が少し変わった。
(正解だと思っている。言いたいが言えない何かがある)
一瞬の間のあと、女性は言った。
「川沿いに『ミラの宿』ってのがある。少し高いけど、ちゃんとした場所だよ」
(本当のことを言っている)
「ありがとうございます!」
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ミラの宿は小さくて静かな宿だった。受付の老女が無愛想だったが、
「部屋を貸してほしいんですが」
「身元は?」
「行商人のオット・ベルガーさんと一緒に来ました。リシェルの村の出身です」
(試している。嘘かどうか確かめようとしている)
嘘をつく必要はなかった。本当のことだけを言った。
老女はしばらくナナを見てから、鍵を出した。
「三日分前払い。問題を起こしたら即追い出し」
「はい」
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部屋は小さかった。ベッドと机と窓だけ。でも清潔で、鍵がちゃんとかかった。
扉の上に、小さな石板が嵌め込まれていた。護符の類だろうか。表面に古い文字が刻まれている。
なんとなく目で追った。
──千の声を聞く者に、この扉は開かれる。
(……宿の常套句みたいなやつかな。「どなたでもようこそ」的な)
ふうん、と思って視線を窓に移した。
荷物を置いて、ベッドに腰掛けた。
(やっと落ち着いた)
母に教わった文字で、布の端に書き始めた。
──今の手札──
銅貨十四枚、小銀貨二枚。
薬草の知識(採取・判別・簡単な調合)。
農作業一通り。縫い物(並程度)。読み書きできる。
なぜか言葉がよくわかる。
──目標──
薬師組合か何かに加入する。
加入には保証人が必要。
保証人には信用が要る。
信用には実績が要る。
「……鶏と卵だな」
でも、どこかから始めるしかない。
まず市場に行く。この街の組合がどんな構造かを把握する。自分が入れそうな場所を探す。その前に小さな仕事をいくつかやって、顔を売る。
急がない。前世の転職初週も、最初の一週間は顔と名前を覚えてもらうことだけに集中した。
「ナナミン、前世でいうと転職初週だ」
窓の外に夜の街。知らない声。知らない匂い。
でも言葉は全部わかる。
「……なんとかなる気がするわ」
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【女主人は踏み込まない】
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ミラの宿の女主人・マーサは、新しい客が部屋に入るのを見届けてから、帳簿を開いた。
変わった娘だと思った。
身元を聞いた時、目が逃げなかった。嘘をつく気がない目だった。でも全部話す気もない目だった。
その使い分けができる十五の娘を、マーサはこれまで見たことがなかった。
(訳ありだな)
訳ありの客はいくらでも来る。ヴァルカはそういう街だ。
それより気になったのは、旅人亭を断ってきたことだ。
あそこに何か問題があるとは、マーサは口には出さない。でも。
(何で気づいた?)
帳簿に名前を書き込んだ。
ナナミン。
変わった名前だと思ったが、顔はよく覚えた。
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