04_第四話_ダント村
◆ 第四話 ── ダント村 ◆
顔合わせから五日後、正式な挨拶に行くことになった。
グレイがリシェル村に来て、改めて父に礼を言いたいと申し出た。訪問が終わると、今度はナナも家に来てほしいと言った。
父が「どうする?」と目で聞いてきた。
(断れる顔じゃないな)
「伺います」と答えた。
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父と二人でダント村に入ると、グレイが門の前で待っていた。笑顔だった。完璧な笑顔だった。
家の中に通されながら、私は黙って見ていた。
廊下を歩く使用人たちが、音を立てない。目を合わせない。無表情でも怒っているわけでもなく、ただ静かだった。
(……この静かさは、なんや)
居心地の悪い静けさだった。
「こちらが居間です。以前は家族で使っていましたが、今は私一人なので」
グレイが言った。声は穏やかで、自然だった。
(「以前は」──前の妻がいた頃のことを言っている。なのに、何もない)
哀しみも、後悔も、苦さも。何も聞こえなかった。
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父とグレイが話している間、私は水を貰いに厨房の方へ向かった。廊下で、年かさの使用人の女性とすれ違った。
その人が、一瞬だけ止まった。
(何か言いたい)
言葉じゃなかった。止まり方が、そう言っていた。
「……水をいただけますか」
私が言うと、女性は無言で厨房に向かった。水を汲んで、渡してくれた。その手が、ほんの少しだけ震えていた。
「ありがとうございます。ここのお仕事は、長いんですか」
女性は一瞬、答えなかった。
(言おうとしてる。でも言えない。なんで言えんのやろ)
怖いのか。諦めているのか。それとも、言ってどうなるとわかっているのか。
「……六年になります」
前の妻がいた頃から、いる人だ。
「そうなんですね」
女性は小さく頭を下げて、行ってしまった。
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帰り道、父は「いい家だったな」と言った。
「そうですね」と答えた。
(父には見えへんのや)
見えない方が良かったのかもしれない。でも私には見えてしまった。
あの使用人の女性が言えなかったこと。六年間、ずっと口を閉じていること。
それが全部、答えだった。
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夜、布団の中で考えた。
証拠はない。確かめようがない。でも。
(言えなかった、ということが、全部言ってたんや)
頭の中で父の顔が浮かんだ。縁談の夜、表情が緩んだ時の顔。
(お父さんは、ナナミンに幸せになってほしかった)
それはわかっている。父は悪くない。父の願いも本物だ。でも。
(エルタさんが六年間口を閉じていた意味も、本物や)
父が望んでいるのは私の「安心」じゃなくて「幸せ」だ。安心と幸せが違う場所にあるなら、どちらを選ぶかは私が決めていい。
決めた。
逃げよう。
──それが父の願いに、ちゃんと応える唯一の方法だと思った。
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【エルタの迷い】
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年かさの使用人・エルタは、客が帰った後で物置の陰に座った。
言えばよかった。
言えなかった。
何を言う。証拠はない。旦那様に聞かれたらどうする。前の奥様のことは誰も証明できない。
でもあの娘の目が、探していた。
「ここのお仕事は、長いんですか」と聞いた、あの目が。
答えを求めていた。
エルタは答えを返せなかった。
でも帰り際、あの娘はもう聞いていなかった。
聞かなくても、もうわかっていたような顔をしていた。
──それだけが、少しだけ救いだった。
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