03_第三話_縁談
◆ 第三話 ── 縁談 ◆
縁談の話が来たのは、私が十五になった春だった。
父が夕食の後で「話がある」と言った。珍しく真剣な顔をしていた。
(大事な話だ。でも言いにくそうにしている。……縁談か)
はずれだったらいいなと思ったけど、当たっていた。
隣村ダント村の地主の息子、グレイという人だった。二十八歳。家柄も良く、働き者で評判もいい。
父は「ナナが嫌なら断る」と言ってくれた。でも目の端がちょっと疲れていた。ここ最近、体の調子が悪くて畑仕事が思うようにできていないのを、私は知っていた。
(……違う。疲れだけじゃない)
もっと重たいものが声の底にあった。先のことを、心配している。自分がいなくなった後のことを。
(だから縁談を急いでる)
お金のためじゃない。面子のためでもない。体が悪くなってきて、先が読めなくなってきて、ナナミンのことが心配で、だから少しでも早く安心したかった。それだけだ。
(ナナミン、前世やったら高校二年生やぞ)
頭のどこかでそう思った。でもここはそういう世界ではない。それもわかっていた。
「……一度、会ってみます」
父の表情が少し緩んだ。その緩み方も、わかってしまった。
(お父さんは、ナナミンに幸せになってほしいんや)
ただ、それだけだ。だからこそ、少し困った。
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顔合わせは、村長の家で行われた。
グレイは背が高くて、笑顔の人だった。礼儀正しくて、言葉遣いも丁寧だ。父と弟に対しても愛想よく振る舞っていた。
村の評判通りの人だと思った。
思ったのだけど。
「ナナさんのことはかねがね。素直で働き者だと聞いていました。ぜひよろしくお願いします」
(値踏みしている。品定めの目。「使えるかどうか」見ている)
笑顔のまま、心の中で固まった。
言葉と視線が一致していなかった。「よろしくお願いします」と言いながら、頭の中では別の計算をしている。それがはっきりとわかった。
(……あ、これアカンやつや)
わかってしまった。
でもどうすればいい。証拠なんてない。「なんとなく嫌な感じがした」なんて、縁談を断る理由にはならない。
表情を崩さないように努力しながら、お茶を飲んだ。
────
帰り際だった。
グレイが使用人に何か言っているのが聞こえた。声を落としていたが、私の耳には届いた。
「馬の世話、まだできてないのか。役立たずが」
短い一言だった。
でもその声に感情が全部あった。怒りではなく、軽蔑。慣れた口調。日常的に言い慣れた言葉だとわかった。
(日常的だ。初めてではない)
使用人は何も言わなかった。ただ首を縮めた。
(この人、いつもこうだ)
グレイは振り向いて、また笑顔に戻った。
「ナナさん、次はぜひ我が家にも」
「……はい」
(ナナミン、詰んだわ)
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夜、布団の中で考えた。
正直に言えばいい。でも何を言う?「言葉の感じが嫌でした」?「目が合った時に怖かったです」?
父は信じてくれるかもしれない。でもグレイには反論する材料がない。村の評判は「いい人」だ。私の「なんとなく」では太刀打ちできない。
しかも家のことを考えると、この縁談を壊すことのリスクが大きすぎた。
(ナナミン、どうする)
長いこと天井を見ていた。
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【ヴィンの願い】
その夜、ヴィンは一人で縁側に座っていた。
最近、体が言うことを聞かない。重い荷を持つと息が上がる。朝起き上がるのに昔より時間がかかる。
村の薬師に診てもらった。「無理をするな」と言われた。
ナナが「一度会ってみます」と言ってくれた。
嬉しかった、とヴィンは思っていた。でも安心はしていなかった。
(あの子は、何でもわかってしまう)
小さな頃からそれは知っていた。あの子はいつも、ヴィンが言葉にする前に「本当のこと」を読んでいた。今夜だって、縁談を断りたい気持ちよりも、父が心配しているという部分を先に読んで、それで返事をしたのだろう。
(あの子には幸せになってほしい。縁談がどうかは、本人が決めることだ)
ヴィンはゆっくり立ち上がった。足が少し重かった。
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後日、ダント村の古株の農夫は酒の席でこっそり言った。
「グレイのやつ、前の嫁はどうなったんだろうな」
相手は声を落とした。
「……知らない方がいい話らしいぞ」
それ以上の話は出なかった。
誰も、リシェル村のナナには伝えなかった。
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