01_第一話_リシェル村の子供
◆ 第一話 ── リシェル村の子供 ◆
私が生まれたのは、リシェル村という小さな農村だった。
王都から馬車で三日。畑と森と川しかない場所。人口は二百人ほどで、全員顔見知りだ。
父はヴィンといった。背が高くて無口だが、食事の時だけよく喋る。母はエラ。もともと街の育ちで、村では珍しく字が読めた。私に読み書きを教えてくれたのも母だ。
弟はレイ。五つ離れていて、私を姉ちゃんと呼んで懐いてくれた。生まれた時から泣き声が大きくて、よく父に「外で泣け」と言われていた。
そんな普通の農村の子供として、私は育った。
一つだけ、普通でないことがあったとすれば。
──言葉が、よくわかりすぎた。
村の人たちが話すことは全部わかった。それだけなら当たり前だ。でも例えば、村長さんが愛想よく「収穫祭、今年は楽しみだね」と言っていても、なんとなく「本当はそう思っていないな」とわかってしまう。
村の大人たちが「いい天気ですね」と言いながら、頭の中で別のことを考えているのも、なんとなくわかってしまう。
子供のころは、みんなそういうものだと思っていた。
「ナナ、ヴィンのとこの娘は賢いね」
村のおばさんたちがよくそう言っていた。
(そうかな。ただ言葉がわかるだけやけど)
と、心の中で思っていた。
────
母が「ナナミン」と呼び始めたのは、私が四歳の頃だったと思う。
もともと自分のことを心の中で「ナナミン」と呼んでいた。前世で大学のサークルがそう呼んでくれていて、気に入っていた名前だ。
ある日、転んで泥だらけになった私に、母が苦笑しながら言った。
「ナナミン、また転んだの?」
偶然の一致だった。でも嬉しかった。
「ナナミン……! お母さん、ナナミンって呼んで!」
母は少し驚いてから、笑った。
「ナナミン、ね。変な名前だけど、気に入ったならいいか」
それから村の子供たちにも広まった。気づいたら「ナナミン」は私のあだ名になっていた。
────
物心がつく前のことは、ほとんど覚えていない。でも、夜が怖かった時期があったと父が教えてくれた。
「赤ちゃんのころのナナは、眠るたびに泣いていた。原因がわからなくて困った」
父はそう言っていた。今はそんなことはない。いつのまにか落ち着いた。
────
ちなみに、前世の記憶は「夢」として時々浮かんでくる。
硬い床で眠る夢。たくさんの書類を抱える夢。窓から街を見下ろす夢。
どれも鮮明で、どれもどこか懐かしい。
たまに、そうじゃない夢も来た。
知らない老人の目から見た畑。見知らぬ戦場を走る男の視点。年老いた女性の手元。
一度か二度見たきりで、繰り返さない夢。自分とは関係ない気がして、すぐ忘れた。
繰り返し来る夢の方が、自分の記憶だと思っていた。
でも夢は夢だ。朝になればリシェル村が私の世界で、畑があって、父がいて、弟がいる。
(ナナミン的には、悪くない人生やと思う)
そんなことを、七歳の春に思った気がする。
────────────────────────
【古老の違和感】
村の古老・ヨセフは、煙草を吹かしながら言った。
「あの娘、変わっているな」
隣に座っていた妻が答えた。
「賢いだけでしょ」
「賢い子供はたくさん見てきた。でもあの娘は……なんか違う。
人の話を聞く時の目が、大人みたいなんだよな」
妻は首をかしげた。
「そんなもんかねえ」
ヨセフは返事をしなかった。
夕暮れの中、ナナが弟に薬草の名前を教えているのが見えた。弟が間違えるたびに、呆れながらも笑っていた。
普通の子供の顔だった。
──ただ、目だけが少し。
────────────────────────




