00_プロローグ
◆ プロローグ ── 夢の話 ◆
ずっと昔から、繰り返す夢を見る。
知らない街の夜。冷たい地面。知らない名前で呼ばれる夢。
死ぬ瞬間というのは、案外あっさりしているものらしい。
気づいたのは、冷たいアスファルトの感触だった。
仰向けに倒れていて、夜空が見えた。街灯の光がぼんやりとにじんでいる。
(ああ、刺されてもうた)
お腹が痛い。いや、もうそのピークを過ぎた気がする。それが逆に怖かった。
田中さんが泣きながら名前を呼んでいた。桐島さん、桐島さんって。遠くで救急車を呼ぶ声がする。
(よかった。逃げられたんや)
それだけ確認して、安心した。
桐島七海、享年二十九歳。インテリアコーディネーター歴七年。未婚。恋人なし。趣味は街の建物を眺めること。我ながら地味だと思う。
最後に頭をよぎったのは「もう少しおいしいものを食べておけばよかった」だった。
最期まで地味だった。
────
夢が、終わった。
気がつくと、誰かに抱きかかえられていた。
大きな顔が覗き込んでいる。知らない顔だ。泣いている。
声が聞こえた。
「エラ、女の子だ。元気な声だ」
言葉がわかった。
日本語ではない気がするのに、意味がすっと入ってくる。もう一人の声も聞こえた。
「よかった……よかった……」
柔らかい声。疲れている声。でもとても嬉しそうな声。
(お父さんとお母さん、か)
ナナミン、どうやら赤ちゃんになったらしい。
ぼんやりとした意識の中で、そう理解した。前世の記憶も、今世の状況も、まだよくわからない。
でも言葉がわかる。
それだけで、なんとかなる気がした。
────
ずっと後になって気づくのだけど、
この「言葉がわかる」は、思っていたよりだいぶ多くのことを意味していた。
当時のナナミンには、わかるはずもなかったけれど。




