09_第九話_森の東側
◆ 第九話 ── 森の東側 ◆
三日後の朝、ルータ薬草店の前で待っていると、女主人が大きな籠を二つ持って出てきた。
「遅刻しなかった。合格」
「基準が低いですね」
「あんたみたいな年頃の子には普通の基準だよ」
(そういうもんか)
夜明けの市場通りを抜けて、東の門に向かった。ルータは早足だった。
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門を出て、街道をしばらく歩いてから脇道に入った。
森が見えてきた。リシェル村の近くの森とは違う。木が太く、下草が深い。光が差し込む量が少ない。
(都市近くの森は狩りが入るから獣が少ない。でも採取には向いている)
七海の記憶から拾った知識か、母に教わったことか、たまに区別がつかなくなる。
どちらでもいい。使えるなら同じだ。
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ルータは黙々と採取した。声をかけず、指示もない。
(これは試されている。自分で判断しろということや)
ナナミンも黙って動いた。
群生している場所は匂いでわかる。状態は葉の張りと色で見る。採り過ぎない。根を傷めない。来年のために残す。それだけだ。
一時間ほど経ったとき、ルータが立ち止まった。
「苦葉草の群生、どこだと思う」
辺りを見回した。日当たり、土の湿り気、坂の向き。
「……あっちの、少し窪んだあたりじゃないかと」
ルータは何も言わず、その方向に歩き始めた。
五分後、苦葉草の群生があった。
(あった)
ルータは振り返らなかった。でも籠の持ち方が、少し変わった。
(認めた、とは言わない。でも認めた)
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昼過ぎ、切り株に腰を下ろして休んだ。ルータが水を渡してくれた。
「お母さんに習ったと言ったね」
「はい」
「今は?」
「家を出てきました。色々あって」
ルータはそれ以上聞かなかった。
(聞きたい。でも聞くべきではないとわかっている。そういう人だ)
「採取は続けるつもり?」
「薬師組合に入るのが目標です。まず推薦状が必要なのは把握しています」
ルータは少しの間、遠くを見ていた。
「組合に顔は利く。すぐにとは言わないが、腕を見てからなら話はできる」
「……ありがとうございます」
声は落ち着いて出た。心の中ではガッツポーズをしていたけれど。
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帰り道、森の入口近くで足が止まった。
低い音がした。獣の声ではない。もっと小さい。草の間から聞こえる。
(……なんか、怖がってる?)
言葉ではなかった。でもそう聞こえた。
しゃがんで草をよけると、手のひら大の緑色の生き物がいた。小さな足が一本、折れた枝に挟まって動けなくなっている。
「ルータさん、少し待ってください」
枝をそっとずらした。生き物は数秒固まってから、草の中に消えた。
ルータが追いついてきて、その場を見た。
「フォレスト・ゲッコか。魔物の類だよ。噛まれると痺れる」
「……知らなかったです」
「なんで助けた」
(なんで、って言われると)
「怖がっている感じがしたので」
ルータはしばらくナナミンを見てから、「変な子だね」と言って歩き始めた。
(褒めてんのか貶してんのか)
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宿に戻ると体が疲れていた。
良い疲れだった。前世でいうと、初めて現場に出た日の疲れに似ている。頭だけが疲れるのとは違う。体ごと仕事をした日の感触。
(ナナミン、一歩進んだ)
布の端に書き足した。
──今日の収穫──
ルータさんとの信頼、前進。推薦状、可能性あり。
フォレスト・ゲッコは噛むらしい。次から注意。
書き終えてから、もう一行だけ追加した。
──次にやること──
オットさんがヴァルカを通る日を確認する。リシェルへの荷物を乗せてもらえないか聞く。
最後の一行を書いてから、少し笑えた。
(ナナミン、まず自分が立てないと何も送れない。先を急ごう)
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【ルータ、弟子を思う】
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その夜、ルータは薬草を仕分けしながら、今日の娘のことを考えていた。
弟子、という言葉が頭に浮かんだのが少し意外だった。弟子なんて取るつもりはなかった。三十年この仕事をして、一度もなかった。
苦葉草の群生を当てたとき、驚いた。勘でも理屈でもなく、もっと静かなやり方で「わかって」いた。
でも気になったのはそこではなかった。
フォレスト・ゲッコの件だ。
あの生き物が怖がっていると、どうしてわかったのか。
ルータ自身、三十年この仕事をしていてもフォレスト・ゲッコの「感情」など読んだことがない。魔物の声を解する者の話は、古い伝承にはある。「千の声を聞く者」などという話が。でも現代では聞かない。
(変な子だ)
籠を片付けながら、ふと手が止まった。
三十年、弟子なんて考えたことがなかった。
なのに。
三日後の採取の予定を頭の中で立て直した。
もう一人分の動きを、自然に加えていた。
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