10_第十話_組合の扉
◆ 第十話 ── 組合の扉 ◆
薬師組合に二度目の訪問をしたのは、ヴァルカに来て十日目のことだった。
今度は「見習い登録」ではなく、別の目的で入った。
推薦状が必要なら、組合に顔が利く人物と繋がるしかない。そのためには組合の中の人間を知る必要がある。前世でいうと、転職先のキーパーソンを把握するやつだ。
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受付は同じ男性だった。こちらを見て「また来たか」という目をしたが、何も言わなかった。
(覚えていてくれた。それでいい)
組合の掲示板を眺めていると、奥から声が聞こえた。
「これ、なんて書いてあるか読める者はいないか。カルタ語とも違う、古い書き方だ」
六十手前の男性が、古びた紙を持って出てきた。
なんとなく目に入った。目で追う。意味がすっと入ってくる。
「少し見せていただいてもいいですか」
男性がこちらを見た。「ガキか」
「十五です」
少し間があってから、紙を差し出した。
古い薬方の一部だった。調合の手順と配合量が書いてある。
「えーと……『三つ目の工程は熱を加えてから混ぜること。加えすぎると薬効が飛ぶ。火の強さは炎の色で判断せよ』と書いてあります」
男性は黙っていた。
「……正確か?」
「たぶん」
(確信を持って言える理由が、うまく説明できない)
「ヴェルナーというんだが」と男性は言った。「薬師組合の古参だ。お前、読み書きができるんだな」
「はい」
「古い文体も?」
「……なんとなく」
ヴェルナーは紙を受け取って、少し考えた。
「お前の名前は」
「ナナミンです」
「変な名前だな」
「よく言われます」
ヴェルナーは小さく笑った。初めて見る顔だった。
「一つ聞く。組合に入りたいか」
「はい」
「正直だな。推薦状が必要なのはわかってるか」
「わかっています」
ヴェルナーは鼻を鳴らした。それ以上は何も言わなかった。でも帰りぎわに、
「また来てもいい」
とだけ言った。
(……これは「また来てもいい」じゃない)
声の底に、続きがある。組合員に言う言葉ではなく、見込みのある外部の人間に言う言葉だ。あの人は今日、私を試していた。そして及第点を出した。それだけわかった。
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宿への帰り道、夕空が橙色だった。
(今日は何かが前進した。たぶん)
確信はなかった。でも感じた。
ヴェルナーのことを「試している」と思わせない計算が、あの人にはあった。あれは試していた。でも見せない。そういう大人だ。
(ナナミン、好きなタイプの大人や)
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【ヴェルナーの関心】
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ヴェルナーは夕方、組合の棚を閉めながら今日の娘のことを考えていた。
古い文体を「なんとなく」読んだ。
あれはなんとなくで読める文体ではない。ヴェルナー自身、三十年組合にいて習得するのに五年かかった。それを十五の娘が「たぶん」と言いながらやった。
(どこで覚えた)
リシェル村出身だと聞いた。農村だ。師がいたとは考えにくい。
「ナナミン」という名も気になった。どこかで聞いたような気がする。でも思い出せない。
(まあ、いい。また来る娘だ。急がなくてもわかる)
棚に鍵をかけながら、あの娘が「また来てもいい」と言われた時の顔を思い出した。
喜んでいた。でも表情に出さなかった。
(大したものだ、十五にしては)
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