表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です ~平凡スキル《索敵》を極めたおじさん~  作者: アカメノコバチ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/26

第6話 まだ帰れない先生

 午前十時二十六分。


 奥多摩第一ダンジョン、第六階層。


「大西」


「はい」


「北村」


「はい」


「瀬川」


「はい」


「藤野」


「はい」


「高瀬」


「はい」


「山本」


「はい」


 探索者講習の教官、木戸修一は、手元の名簿から顔を上げた。


 六人。


 全員いる。


「先へ進むぞ」


 木戸の言葉に、受講生たちは再び一列になった。


 第六階層の西側通路。


 青白い結晶の混じった岩壁が続き、足元には細い地下水が流れている。


 講習の目的は、実際のダンジョンで地図の読み方や危険箇所の見分け方を学ぶことだった。


 先頭を木戸が歩き、最後尾には副教官がついている。


 分岐を一つ通過したところで、木戸は再び立ち止まった。


「点呼を取る」


 受講生の一人が、隣へ小さくささやく。


「さっきも数えたよな」


 木戸には聞こえていた。


「ダンジョンでは、さっきいた人間が今もいるとは限らない」


 受講生たちが黙る。


「面倒でも確認する。面倒だと思っているうちは、まだ事故に遭っていないだけだ」


「すみません」


「謝らなくていい。覚えておけ」


 木戸はもう一度、六人の顔を確認した。


「進むぞ」


 その直後だった。


 足元が小さく揺れた。


 天井から砂が落ちる。


「壁際へ!」


 木戸が叫ぶ。


 受講生たちは反射的に壁へ身を寄せた。


 遅れていた山本の頭上で、大きな岩が天井から外れる。


 木戸は山本の身体を突き飛ばした。


 次の瞬間、落石が木戸の右肩をかすめた。


「先生!」


 木戸は衝撃で岩壁へ叩きつけられ、頭を強く打った。


 そのまま床へ倒れ込む。


 さらに崩れた岩が右足首へ落ち、身体を挟んだ。


「木戸先生!」


 副教官が駆け寄る。


「動かないでください!」


「山本は?」


「無事です!」


 山本は床へ倒れていたが、怪我はなかった。


 通路の奥から、岩が軋む音が続いている。


 副教官が木戸の腕を取った。


「二次崩落が来ます。全員で退避します」


「人数は?」


「六人です。全員います」


 木戸は額から流れる血を手の甲で拭った。


「違う」


「先生?」


「一人足りない」


「受講生は六人です」


「七人いた」


 木戸は周囲を見回した。


「相田がいない」


 副教官は聞き覚えのない名前に戸惑った。


「相田という受講生はいません」


「この先にいる。岩に脚を挟まれた」


 木戸は立ち上がろうとした。


 右足へ体重をかけた途端、膝から崩れる。


「先生、頭を打っています。今は動かないでください」


「受講生を先に退避させろ」


「ですが――」


「早くしろ!」


 再び天井から岩が落ちた。


 副教官は六人の受講生を見る。


 この場へ残せば、全員が危険だった。


「山本、歩けるか?」


「はい」


「全員、俺についてこい」


「先生は?」


「救助を呼ぶ。必ず迎えに戻る」


 副教官は救難信号を送信し、受講生たちを退避させた。


 木戸は壁に手をつき、崩れた通路の奥へ歩き出した。


「相田」


 返事はない。


「今、助けるからな」


 ◇


 救難信号を受けた黒瀬慎吾、白石ひなた、坂井の三人は、第六階層へ向かった。


 移動しながら、白石が端末を確認する。


「講習の参加者は、教官二名と受講生六名です」


「受講生の状態は?」


 黒瀬が尋ねる。


「全員、第五階層側の退避所へ移動しています。擦り傷が二人。それ以外の怪我はありません」


「木戸さんは?」


「頭部と右肩、右足を負傷しています。ですが、救助を拒んで事故現場へ戻ったそうです」


「理由は?」


「一人足りないと言っています」


 白石は名簿を見直した。


「ですが、登録されている受講生は六人だけです」


「本人から聞こう」


 三人は足を速めた。


 ◇


 事故現場が近づくにつれ、天井から落ちる砂が増えていった。


 黒瀬は足を止め、《索敵》を使う。


 人の反応は一つ。


 その反応も、ゆっくりと不規則に動いている。


「木戸さんだけだ」


 黒瀬が言う。


「ほかに人はいないんですか」


 白石が尋ねる。


「少なくとも、動いてる人はいない」


 三人は崩れた通路へ入った。


 木戸は岩壁の前に片膝をつき、素手で小さな瓦礫を取り除いていた。


 額から流れた血が、頬まで伝っている。


 右足をかばい、身体を大きく傾けていた。


「木戸さん」


 黒瀬が呼ぶ。


「救助管理所の黒瀬です」


 木戸は振り返らない。


「ちょうどいい。手を貸してくれ」


「何を探してるの?」


「相田だ。この奥にいる」


 木戸は瓦礫の隙間を指した。


「落石に脚を挟まれてる。さっきまで声が聞こえていた」


 黒瀬は崩れた通路へ意識を集中させた。


 人の反応はない。


「相田さんは、今回の受講生?」


「そうだ」


「今の講習には何人参加してた?」


「七人」


「名前を教えて」


 木戸は苛立ったように黒瀬を見る。


「そんなことをしている場合じゃない」


「誰を捜してるのか確認したいんだ」


 木戸は荒い呼吸を整えながら、名前を挙げた。


「大西、北村、瀬川、藤野、高瀬、山本……」


 そこで一度言葉が止まる。


「相田直人」


 白石が端末を操作する。


 現在の名簿にはない。


 過去の事故記録を検索すると、一件の情報が表示された。


 白石の表情が変わる。


「黒瀬さん」


 白石が声を落とす。


「相田直人。十年前、第六階層で行われた講習に参加しています」


「今は?」


「落石事故で死亡しています」


 黒瀬は小さくうなずいた。


 木戸は再び瓦礫へ手を伸ばす。


「今度は置いていかない」


 岩を持ち上げようとしたが、右肩に力が入らない。


 身体が傾き、黒瀬が腕をつかんで支えた。


「離せ」


「今の木戸さんじゃ、岩は動かせないよ」


「相田が待ってる」


「声は聞こえる?」


 木戸は瓦礫の奥へ顔を向ける。


 耳を澄ませる。


 何も聞こえない。


「さっきまでは……」


 木戸の声が弱くなった。


 黒瀬は木戸の額にライトを向けた。


 傷口からの出血が続いている。


 受け答えにも混乱が見られる。


「白石さん、退避所とつないで」


「はい」


 白石が無線機を取り出す。


「何をするつもりだ」


 木戸が尋ねる。


「まず、今日の受講生を確認しよう」


「相田が先だ」


「相田さんを捜すためにも、今いる人を確認しないと」


 黒瀬は木戸から離れず、その場へ座らせた。


 白石の無線が退避所につながる。


『こちら退避所。聞こえます』


「木戸先生と一緒にいます。受講生の点呼をお願いします」


 白石が木戸へ無線機を差し出した。


「先生。みんなが待っています」


 木戸は無線機を見つめた。


 やがて受け取り、口元へ運ぶ。


「大西」


『はい。無事です』


「北村」


『はい』


「瀬川」


『はい』


「藤野」


『はい』


「高瀬」


『はい』


 木戸は一人ずつ名前を呼んだ。


 五人目の返事が終わり、最後の名前を呼ぶ。


「山本」


 無線の向こうで、少し間があった。


『はい』


 若い声が返ってくる。


『先生が助けてくれました。怪我もありません』


 木戸の手が震えた。


 六人全員から返事があった。


「全員います」


 白石が言った。


 木戸は無線機を握ったまま、崩れた通路を見た。


「違う」


 かすれた声が漏れる。


「相田がまだいる」


 ◇


 十年前。


 木戸は同じ第六階層で、七人の受講生を引率していた。


 今よりも救助設備は少なく、通路の安全調査も十分ではなかった。


 小さな振動のあと、天井が崩れた。


 相田直人だけが逃げ遅れ、落石に右脚を挟まれた。


 十九歳だった。


 点呼では、いつも一番大きな声で返事をする青年だった。


『先生、俺は大丈夫です』


 相田は痛みに顔を歪めながら、それでも笑おうとしていた。


 崩落は続いていた。


 残る六人の受講生も、いつ通路に閉じ込められるか分からない。


 木戸は相田のそばへ残ろうとした。


 だが相田が首を横へ振った。


『みんなを先に連れていってください』


『救助を呼んだら、すぐ戻る』


『はい。待ってます』


 木戸は六人を連れて退避した。


 救助班へ引き渡し、すぐに相田のもとへ戻った。


 けれど、間に合わなかった。


 相田は、返事をしなくなっていた。


 木戸は冷たくなった身体を岩の下から出した。


 自分の背中へ負い、地上まで運んだ。


 それでも木戸の中には、相田を地上へ連れ帰った記憶より、一人で待たせた時間だけが残った。


 それから十年間。


 分岐を通るたび、人数を数えた。


 休憩を終えるたび、名前を呼んだ。


 全員の顔を見なければ、先へ進めなくなった。


 もう二度と、返事をする人間を一人だけ残さないために。


 ◇


「木戸さん」


 黒瀬の声で、木戸は顔を上げた。


「十年前、相田さんを地上まで運んだのは誰?」


 木戸は答えない。


「相田さんを、あの場所に置いて帰ったの?」


「違う」


 木戸の唇が動く。


「戻った」


「うん」


「救助班と戻った。でも、間に合わなかった」


 木戸は両手を見つめる。


「あいつを岩の下から出して……俺が背負った」


「どこまで?」


「地上までだ」


 黒瀬がうなずく。


「相田さんは、もう帰ってるよ」


 木戸の目から涙がこぼれた。


「でも、生きて帰せなかった」


「そうだね」


 黒瀬は否定しなかった。


「助けられなかった」


「うん」


「俺が置いていったからだ」


「一度は離れた。でも、戻ったんでしょう」


 木戸は崩れた通路を見た。


 そこに相田はいない。


 十年前、自分が背負って地上へ連れ帰った。


 分かっていたはずなのに、記憶はいつも、相田へ背を向けた場面で止まっていた。


 黒瀬が木戸の肩へ手を置く。


「今日の六人は退避所にいる」


 木戸は小さくうなずいた。


「でも、まだ一人帰ってない」


 木戸の顔が強張る。


「誰だ」


「木戸さんだよ」


 黒瀬は木戸の額の傷を見る。


「受講生だけ帰して、先生が残ったら、全員じゃない」


 白石と坂井が担架を広げる。


「頭も脚も診てもらわないといけない。帰ろう」


 木戸はまだ瓦礫を見ていた。


「相田は……」


「十年前に帰ったよ」


 黒瀬が答える。


「今日は木戸さんの番だ」


 木戸の肩から力が抜けた。


 白石と坂井が身体を支え、担架へ移す。


 木戸はもう抵抗しなかった。


 ◇


 第五階層側の退避所へ着くと、六人の受講生が一斉に立ち上がった。


「先生!」


 担架の上で、木戸が目を開ける。


 受講生たちは、いつもの点呼と同じ順番で一列に並んでいた。


 事故の際、木戸に突き飛ばされて助かった山本が前へ出る。


「先生。人数確認をお願いします」


 木戸は一人ずつ顔を見た。


「大西」


「はい」


「北村」


「はい」


「瀬川」


「はい」


「藤野」


「はい」


「高瀬」


「はい」


「山本」


「はい。」


 六人全員の返事がそろった。


 それでも木戸は、次の名前を呼ぼうとして口を開いた。


 声は出なかった。


「木戸先生」


 横にいた黒瀬が呼ぶ。


 木戸は、ゆっくりと黒瀬を見る。


「はい」


「これで七人だね」


 木戸はしばらく何も言わなかった。


 やがて、目元を押さえるように腕を上げる。


「ああ」


 かすれた声で答えた。


「全員いる」


 担架が持ち上げられる。


 六人の受講生は、その周りを囲むように歩き始めた。


 今度は誰も残らなかった。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

少しでも何かを感じて頂けたら評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ