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元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です ~平凡スキル《索敵》を極めたおじさん~  作者: アカメノコバチ


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第41話 百三十八個目

 丹沢第二ダンジョン、第十一階層。


「ここからです」


 丹沢第二救助隊の相馬が足を止めた。


 黒瀬慎吾は周囲を見回す。


 幅の狭い通路がいくつも枝分かれし、岩壁の奥へ伸びている。壁際には小さな穴や亀裂も多かった。


「藤木さんが最後に確認されたのは?」


「もう少し先です。同行者の二人と魔物から逃げて、この辺りで別れました」


「魔物は?」


「《赤牙犬》が四体。すでに討伐されています」


「藤木さんの血痕とか、落とした装備は?」


「見つかっていません」


「救難信号もなし?」


「はい」


 相馬の隣には、三十代くらいの女性救助員がいる。


「丹沢救助隊の木内です」


「黒瀬です」


「私も《索敵》を持っています」


「三人で捜索したって聞きました」


「はい。交代しながら、この一帯を何度も確認しました。ただ……」


「反応が多すぎる?」


「そうです」


 木内は周囲を見回した。


「《洞窟ネズミ》が大量にいます。岩の隙間にも入るので、弱い反応が重なると判別が難しくて」


「一度、同じ場所で使ってもらっていい?」


「もちろんです」


 木内が目を閉じる。


 数秒後、ゆっくり息を吐いた。


「この地点を中心に百五十メートル。生体反応は百三十七です」


「全部《洞窟ネズミ》?」


「私が判別できる範囲では、そうです。人間らしい反応はありません」


「分かった」


 黒瀬も同じ範囲へ《索敵》を広げた。


 すぐに大量の反応が入ってくる。


 岩陰。


 水路の脇。


 細い横穴の奥。


 動いているものもいれば、巣の中でほとんど動いていないものもいる。


 黒瀬は範囲を変えず、一つずつ反応を拾っていった。


「……百三十七」


 木内が黒瀬を見る。


「同じですね」


「うん」


 少なくとも、この見方では人間らしい反応は拾えない。


「黒瀬さんでも分かりませんか?」


 相馬が尋ねる。


「今のままだと分からないね」


「そうですか……」


 相馬の表情が曇る。


「藤木さんと一緒だった二人は?」


「第五階層の退避所で待機してもらっています」


「話を聞きたいです。二人とも」


「分かりました」


 相馬が無線を取った。


 ◇


 三十分後。


 第十一階層手前の中継地点。


 藤木と一緒に潜っていた二人が、椅子に座っていた。


 一人は三十一歳の男性。


 もう一人は二十七歳の女性。


 二人とも軽傷で、腕や頬に小さな傷が残っている。


「奥多摩から来た黒瀬です」


 男性が顔を上げた。


「黒瀬慎吾……?」


「はい」


「本当に来てくれたんですか」


「藤木さんを探したくて」


 二人が頭を下げる。


「お願いします」


 黒瀬は向かいの椅子へ座り、地図を広げた。


「何個か聞いていい?」


「はい」


「魔物に襲われた時、三人はどう動いた?」


 男性が地図の一点を指した。


「最初は一緒に逃げました。でも、ここで《赤牙犬》が二方向から来て、藤木だけ右へ入りました」


「その時、何か言ってた?」


「『あとで合流する』って」


「追えなかった?」


「間に《赤牙犬》が入ったので……」


「そっか」


 黒瀬は次に女性を見る。


「藤木さんって、危ない時にどう動く人?」


「どういう意味ですか?」


「無理して突破しようとするのか、安全な場所を探して待つのか」


「待つ方です」


 女性はすぐに答えた。


「昔から、危なくなったらまず隠れます。無理に戦う人じゃないです」


 男性も頷く。


「安全な場所を確保して、落ち着いてから動くタイプですね」


「狭いところは?」


「平気です」


「暗い場所も?」


「問題ないと思います」


「一人で長く待つこともできそう?」


「できます」


 黒瀬は地図へ目を落とした。


「救難信号を出さなかった理由、何か思い当たる?」


 二人は少し考える。


「端末を落としたのかもしれません」


 女性が言った。


「どうして?」


「逃げる直前まで、藤木が地図を見てたんです。端末を手に持ってました」


「なるほど」


「それと、装備も一部落としてるかもしれません」


「何を持ってたか分かる?」


「通常の探索装備です。回復薬と食料、水、それから魔物除けの忌避剤が一本」


「忌避剤?」


「はい。第十一階層だと《洞窟ネズミ》が多いので、三人とも持ってました」


 黒瀬は小さく頷いた。


「藤木さんのスキルは?」


「《軽量化》です。装備品を軽くできます」


「本人には使えない?」


「使えません」


「ありがとう」


 黒瀬は立ち上がった。


「もう一回行ってみます」


 男性も立ち上がろうとする。


「俺も行きます」


「今日は休んでて」


「でも」


「藤木さんを見つけたら、帰りに人手が必要になるかもしれない。その時に元気な方が助かるよ」


 男性はしばらく迷ったあと、座り直した。


「……分かりました」


 女性が黒瀬を見る。


「見つけてください」


「うん」


 黒瀬は短く答え、中継地点をあとにした。


 ◇


 第十一階層へ戻る。


「何か分かりました?」


 木内が聞く。


「藤木さんは、危なくなったら隠れて待つ人らしい」


「では、横穴でしょうか」


「たぶん」


 相馬が地図を開く。


「人が入れそうな横穴は、ほとんど確認しています」


「じゃあ、人が入れそうに見えないところも見たい」


 相馬が黒瀬を見る。


「見えないところ?」


「うん。昨日の水量とか崩れ方次第で、入口が分かりにくくなってるかもしれないし」


 三人は再び歩き始めた。


 黒瀬は《索敵》を使う。


 ただし、今度は藤木を直接探さなかった。


 見るのは《洞窟ネズミ》だ。


 どこへ入るのか。


 どこから出てくるのか。


 群れがどのように散らばっているのか。


「黒瀬さん」


「うん?」


「何を見てるんです?」


 木内が尋ねる。


「ネズミ」


「藤木さんじゃなくて?」


「うん」


 木内は不思議そうな顔をしたが、それ以上は聞かなかった。


 黒瀬は歩きながら、群れ全体の動きを追った。


 《洞窟ネズミ》は、人間なら手も入らないような亀裂にも入り込む。


 岩の割れ目。


 崩れた石の隙間。


 水路沿いの穴。


 ほとんど至るところに反応があった。


 しばらく進んだところで、黒瀬の足が止まった。


「……ここ、変だね」


「どうしました?」


 相馬が戻ってくる。


 黒瀬は右手の岩壁を見た。


 周囲には十数匹の《洞窟ネズミ》がいる。


 すぐ近くの穴には二匹。


 少し離れた亀裂にも数匹。


 だが、目の前にある細い亀裂だけ、奥へ入っていく反応がない。


「木内さん、この辺り見てみて」


「はい」


 木内が《索敵》を使う。


「周囲に十三。全部《洞窟ネズミ》だと思います」


「この亀裂の奥は?」


 木内がさらに集中する。


「何もありません」


「そうだよね」


「何かおかしいんですか?」


「周りの穴には全部入ってるのに、ここだけ避けてる」


 相馬が岩壁へ近づく。


 亀裂は二十センチもなく、人間が入れる幅ではない。


「藤木さんがいるから?」


「まだ分からない」


 黒瀬はしゃがみ込み、亀裂へ顔を近づける。


 わずかだが、奥から空気が流れている。


「向こうに空間があるね」


「地図にはありません」


「入口は別のところかも」


 黒瀬は立ち上がった。


 そこで、中継地点で聞いた話を思い出す。


「相馬さん」


「はい」


「藤木さん、忌避剤を持ってたよね」


「同行者の話では」


「もしここで使ってたら?」


 木内が岩壁を見る。


「《洞窟ネズミ》が寄らなくなる……」


「うん」


 それだけで藤木がいる証拠にはならない。


 ただ、探す理由にはなる。


「この空間につながる入口を探そう」


 三人は亀裂を中心に周囲を調べ始めた。


 ◇


 壁沿いを進む。


 黒瀬は《洞窟ネズミ》の動きを追い、相馬と木内は地形を確認していく。


 十分ほどして。


「黒瀬さん!」


 相馬の声がした。


 狭い通路の奥。


 腰ほどの高さに、小さな横穴が開いている。


 人一人なら、身体を低くすれば入れそうだった。


「これ、地図に載ってます?」


「ありません」


 黒瀬が横穴の前へしゃがむ。


「さっきの亀裂とは?」


「方角的には、この奥で近づくと思います」


「見てみるね」


 黒瀬は《索敵》を使った。


 最初は広く。


 すぐに大量の反応が押し寄せてくる。


 《洞窟ネズミ》。


 百を超える反応が重なり、奥にある弱いものほど輪郭がぼやけていく。


 黒瀬はそこで範囲を削った。


 広い範囲を一度に見れば、拾える反応は増える。


 その代わり、一つ一つの動きは粗くなる。


 今は広く探す必要はない。


 見るべき場所は、この横穴の奥だけだ。


「木内さん」


「はい」


「この横穴を中心に、百五十メートルで《索敵》してみて」


「分かりました」


 木内が目を閉じた。


 黒瀬も同じ範囲に合わせる。


 数秒後。


「……百三十七です」


 木内が答えた。


 黒瀬は何も言わず、一つずつ反応を切り分けていく。


 大半は動いている。


 壁の中を走るもの。


 巣で身体を寄せ合っているもの。


 重なって一つに見える反応もある。


 黒瀬はそれらを分け、さらに横穴の奥へ意識を絞った。


 百三十五。


 百三十六。


 百三十七。


 木内が拾ったものは、黒瀬にも全部分かる。


 そして、そのさらに奥。


 岩を何枚も挟んだ先に、ごく弱い反応があった。


 ほとんど動いていない。


 《洞窟ネズミ》より大きいが、距離と岩盤のせいで輪郭が崩れている。


 広い範囲で探していた時は、大量の反応に埋もれていた。


 ここまで場所を絞ったから、ようやく拾えた。


「……百三十八」


 木内が目を開ける。


「え?」


 黒瀬は横穴の奥を見た。


「俺には百三十八ある」


「どこです?」


「一番奥」


 木内ももう一度《索敵》を使う。


 しばらく集中するが、やがて首を振った。


「分かりません」


「かなり弱いからね」


「《洞窟ネズミ》ですか?」


「たぶん違う」


 相馬が一歩近づく。


「藤木さん?」


 黒瀬はその反応だけを追った。


 完全に止まってはいない。


 ほんのわずかに位置が揺れた。


「たぶん」


「生きてる?」


 黒瀬は数秒、その反応を確認する。


 もう一度、微かに動いた。


「うん」


 黒瀬は立ち上がり、横穴の奥へライトを向けた。


「行こう」



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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