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元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です ~平凡スキル《索敵》を極めたおじさん~  作者: アカメノコバチ


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第37話 三日間、見つからない(後編)

「まだ生きてる」


 黒瀬の言葉に、神崎の表情が変わった。


「間違いないか?」



「人間だとは思う。ただ、反応はかなり弱い」


 黒瀬は岩壁の向こうへ意識を向けたまま答える。


 森川も再び《索敵》を使っていたが、しばらくして首を振った。


「やっぱり、私には分かりません」


「無理に拾わなくていいよ」


「でも、同じ《索敵》ですよね?」


「うん」


 森川は納得できない様子だった。


 神崎が岩壁を軽く叩く。


「問題は、こいつの向こうにどうやって行くかだな」


 目の前にあるのは、切れ目のない岩盤だった。


 地図にも、この先に空間は記録されていない。


「厚さは分かるか?」


「そこまでは分からない」


「昔は何でも分かるみたいな顔してたのにな」


「神崎が勝手にそう思ってただけでしょう」


「そうだったか?」


「そうだよ」


 黒瀬は岩壁から視線を外し、脇を流れる細い水路を見た。


 水棲魔物の反応が十二。


 そのうちの一体が水路の奥へ移動していく。


「……森川さん」


「はい」


「ここの魔物って、ずっとこの水路にいる?」


「どうでしょう。地下河川全体にいる種類なので、ここだけというわけではないです」


「そっか」


 黒瀬は動いている反応を追った。


 小さな一体が、岩壁近くまで進む。


 そこで反応が一度弱くなった。


 数秒後。


 岩壁の向こう側へ移る。


「神崎」


「何だ?」


「この壁、どこかにつながってる」


「分かるのか?」


「魔物が一匹、向こうへ抜けた」


 森川が目を見開く。


「この岩盤を?」


「たぶん、人が通れないくらいの隙間があるんだと思う」


「水の流れか」


 神崎がしゃがみ、水路を覗き込んだ。


 今は膝より低い程度の水しか流れていない。


 三日前は、ここもかなりの水量だったはずだ。


「入口を探すぞ」


「うん」


 三人は水路沿いを調べ始めた。


 黒瀬は魔物の反応を追い、森川は地形を確認する。


 神崎は壁際まで入って、岩の隙間を一つずつ覗いていた。


 十数分後。


「慎吾」


 少し先から神崎の声がした。


「こっち来い」


 黒瀬と森川が向かう。


 神崎が指しているのは、水路脇に張り出した大きな岩だった。


 その裏側に、人ひとりが何とか入れそうな隙間がある。


「これ、地図に載ってます?」


 黒瀬が聞く。


「いえ」


 森川が首を振る。


「完全に見落としていました。水量が多い時は、入口そのものが水の中だったはずです」


「入れそう?」


 神崎が身体を横にして隙間へ近づく。


 肩が引っかかった。


「……俺は無理だな」


「昔から大きいからね」


「お前、今それ言うか?」


「確認しただけ」


「腹立つな」


 森川が思わず笑った。


 黒瀬は救助袋を下ろし、最低限必要な装備だけを取り出した。


「俺が先に行くよ」


「一人で?」


「小野寺さんの状態を見たい」


 神崎が隙間を見る。


「中で何かいたら?」


「今のところ、大きな反応はないよ」


「今のところ、な」


「うん」


「昔からその言い方嫌いなんだよ」


「そうだった?」


「覚えてないのか」


 神崎はため息をついた。


「無線はつなげとけ」


「分かった」


「見つけても、勝手に運ぶなよ。三日だぞ」


「それも分かってる」


 黒瀬は身体を横にし、岩の隙間へ入っていった。


 ◇


 通路は狭かった。


 場所によっては、這うようにしなければ進めない。


 三日前、この中を大量の水が流れたのだろう。壁も床も濡れている。


 黒瀬はライトで足元を確認しながら進んだ。


『慎吾、聞こえるか』


 無線から神崎の声がする。


「聞こえるよ」


『どうだ?』


「狭いけど通れる」


『何メートルくらいだ』


「まだ二十くらい」


 《索敵》を使う。


 あの弱い反応は、さっきより近い。


 間違いなくこの先だ。


 さらに進むと、少しずつ天井が高くなっていった。


 やがて黒瀬は立ち上がれる場所へ出た。


 ライトを向ける。


 そこには、小さな空洞が広がっていた。


 床の中央を細い水が流れている。


 壁際には、流木や破損した装備の一部が引っかかっていた。


 そして、その奥。


 岩壁にもたれるように、人が倒れている。


「見つけた」


『小野寺か?』


「確認する」


 黒瀬は駆け寄らなかった。


 足場を確かめながら近づき、その場にしゃがむ。


「小野寺さん」


 返事はない。


「小野寺亮さん」


 わずかに身体が動いた。


「聞こえる?」


 しばらくして。


「……誰……」


 かすれた声が返ってくる。


 黒瀬は少しだけ笑った。


「救助員の黒瀬です」


「救助……」


「うん」


 小野寺がゆっくり目を開けた。


 焦点が合うまで時間がかかる。


「……本当に?」


「本当だよ」


「何日……」


「事故から三日」


 小野寺の目から力が抜けた。


「やっぱり……三日か」


「覚えてる?」


「途中までは……」


 声が弱い。


 黒瀬は無理に話させず、状態を確認する。


 目立った大きな出血はない。


 ただ、身体は冷え切っている。


 右腕はほとんど動かしていなかった。


「腕、痛い?」


「肩が……」


「分かった。無理に動かさなくていいよ」


 小野寺は黒瀬の顔を見つめていた。


「……黒瀬慎吾?」


「うん」


「本物?」


「よく言われる」


 小野寺の口元がわずかに動く。


「何で……ここに」


「探しに来た」


「三日も……見つからなかったのに?」


「そうみたいだね」


 小野寺は目を閉じた。


「もう……来ないと思ってました」


 黒瀬は少し黙った。


「遅くなったね」


 小野寺の目が再び開く。


「……帰れますか?」


「帰ろうか」


 黒瀬は無線を取った。


「神崎」


『聞こえてる』


「小野寺さんで間違いない。意識あり」


 一瞬、無線の向こうが静かになった。


『……そうか』


「かなり衰弱してる。右肩も怪我してるみたい」


『そこから運べるか?』


 黒瀬は来た通路を見る。


 人が一人通るだけなら問題ない。


 だが、弱った小野寺をそのまま這わせるわけにはいかない。


「このままは難しいね」


『分かった。こっちで考える』


「入口の幅、広げられそう?」


『やってみる。ただし無茶に壊すと通路ごと落ちる』


「うん。急いでほしいけど、焦らないで」


『誰に言ってんだ』


 黒瀬が笑う。


「昔と同じだね」


『何が?』


「俺が見つけて、神崎が道を作る」


 無線の向こうで、神崎が少し笑った。


『そうだったな』


 ◇


 小野寺のそばで待っている間、黒瀬は必要以上に話しかけなかった。


 ときどき名前を呼び、反応を確かめる。


 小野寺もほとんど目を閉じていた。


「黒瀬さん」


「うん?」


「一緒にいた二人……」


「助かってるよ」


 小野寺がゆっくり息を吐いた。


「よかった……」


「その日のうちに見つかったって」


「俺だけ、流されて……」


「うん」


「背負い袋もなくなって」


 小野寺は近くを流れる細い水を見た。


「水だけは……あったから」


「飲んでた?」


「少しずつ」


「そっか」


「一日目は……声も出したんです」


 黒瀬は黙って聞く。


「誰か通る気がして」


「うん」


「二日目も……何回か」


「うん」


「でも、誰も来なくて」


 小野寺は天井を見る。


「三日目は……もういいかなって」


「何が?」


「叫ぶの」


 黒瀬は小野寺を見た。


「疲れるし……どうせ聞こえないから」


「そっか」


「それで寝てたら……黒瀬さんが来た」


「うん」


「変ですね」


「何が?」


「声出すのやめたら、見つかった」


 黒瀬が少し笑った。


「声は聞こえなかったからね」


「じゃあ、何で?」


「《索敵》」


「そんな遠くから?」


「頑張った」


 小野寺が小さく笑った。


「それだけ?」


「それだけだよ」


「世界三位って……もっと格好いいこと言うのかと思ってました」


「昔の話だからね」


 小野寺はまた目を閉じる。


 今度は、少し安心した顔をしていた。


 ◇


 三十分ほどして、無線が入った。


『慎吾』


「うん」


『入口を少し広げた。柔らかい搬送シートなら通せる』


「分かった」


『森川ともう一人入れる。そっちで固定して出すぞ』


「お願い」


 ほどなくして、狭い通路の向こうからライトが見えた。


「黒瀬さん!」


 森川だった。


 もう一人の救助員とともに、折り畳んだ搬送用シートを持っている。


 小野寺を慎重に移し、身体を固定する。


「小野寺さん」


 黒瀬が声をかける。


「今から少し揺れるよ」


「はい……」


「痛かったら教えて」


「分かりました」


 三人で少しずつ運び出す。


 狭い場所では一度止まり、向きを変える。


 外側では神崎たちが待っていた。


「もう少し!」


 声が聞こえる。


 シートの先端が隙間を抜ける。


 神崎が受け取った。


「よし。ゆっくり!」


 最後まで抜けたところで、森川が大きく息を吐いた。


「出た……」


 小野寺が薄く目を開ける。


 何人もの救助員が周囲にいる。


「小野寺さん」


 神崎が声をかけた。


「富士北麓の救助隊だ。ここから地上まで運ぶ」


 小野寺はしばらく神崎を見たあと、小さく頷いた。


「……お願いします」


「ああ」


 神崎が答える。


「帰ろう」


 ◇


 第十八階層から地上までの搬送には時間がかかった。


 途中で何度か状態を確認し、無理をしない速度で進む。


 その間、小野寺はほとんど眠っていた。


 それでも、名前を呼べば反応は返ってくる。


 地上へ出た時には、救急搬送の準備が整っていた。


 小野寺を乗せた担架が車両へ運ばれていく。


 扉が閉まる直前。


 小野寺が顔を少しだけこちらへ向けた。


「黒瀬さん」


「うん?」


「ありがとうございました」


 黒瀬は手を上げた。


「お大事に」


 車両が走り出す。


 その場にいた救助員たちが、黙って見送った。


 三日間。


 見つけられなかった人が、ようやく地上へ戻ってきた。


「黒瀬さん」


 森川が声をかける。


「うん?」


「一つ聞いてもいいですか?」


「何?」


「どうしたら、あんな《索敵》ができるようになるんでしょうか」


 黒瀬は少し考えた。


「たくさん使う」


「それだけですか?」


「それが一番かな」


「どのくらい?」


「二十年くらい?」


 森川が固まった。


「二十年……」


「毎日じゃなくてもいいと思うけど」


「そういう問題ですか?」


 横で神崎が笑う。


「真に受けるな。こいつは昔からおかしかった」


「ひどいな」


「嘘つけ。二十代の頃から、壁の向こうの魔物を数えてただろ」


「最初からできたわけじゃないよ」


「じゃあ何年目からだ?」


「覚えてない」


「ほらな」


 森川が苦笑する。


 それでも、もう一度富士北麓ダンジョンの入口を振り返った。


「私も、もう少し使ってみます」


「うん」


「今日みたいに、見つけられなかった人を見つけられるかもしれないから」


 黒瀬が頷いた。


「それがいいと思う」


 森川は頭を下げ、仲間のところへ戻っていった。


 残った神崎が、黒瀬の隣へ立つ。


「慎吾」


「何?」


「呼んでよかった」


「うん」


「昔も何度か言ったな、これ」


「そうだっけ?」


「忘れんなよ」


 神崎が呆れた顔をする。


「お前が見つけて、俺が道を作る」


「さっきも言ったね」


「昔からそうだった」


 黒瀬はダンジョンの入口を見た。


 七年前まで。


 ここへ来る時は、いつも先へ進むことばかり考えていた。


 もっと深く。


 もっと先へ。


 誰も行ったことのない場所へ。


 今日、久しぶりに潜った富士北麓ダンジョンで目指したのは、その逆だった。


 三日間、帰れなかった一人を見つけて。


 地上まで連れて帰る。


「また来いよ」


 神崎が言う。


「救助要請なしで?」


「できればな」


「考えとく」


「昔からそれで来ないんだよ、お前は」


 黒瀬は少し笑った。


「じゃあ、今度はちゃんと来るよ」


「約束な」


「うん」


 黒瀬は七年ぶりの富士北麓ダンジョンをあとにした。


 今度は、誰かを探すためではなく来られればいいと思いながら。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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