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元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です ~平凡スキル《索敵》を極めたおじさん~  作者: アカメノコバチ


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第30話 知らない人です

 第七階層。


 大野拓海は、岩壁の脇にしゃがみ込んでいた。


「聞こえますか?」


 返事はない。


 目の前には、一人の若い男が倒れている。


 二十歳くらいだろうか。


 探索服は泥で汚れ、背負っていた荷物は少し離れた場所へ転がっていた。


 大野が見つけた時には、すでにこの状態だった。


「……まずいな」


 呼吸はある。


 胸も動いている。


 だが、何度呼びかけても目を覚まさない。


 大野は通信端末を取り出した。


 救助要請を送る。


 しばらくして、応答があった。


『こちら奥多摩第一ダンジョン救助管理所です。状況を教えてください』


「第七階層です。人が倒れています」


『通報者のお名前をお願いします』


「大野拓海。B級探索者です」


『大野さんご本人に怪我はありますか?』


「ありません」


『倒れている方は、同じパーティーの方ですか?』


「いえ」


 大野は男を見る。


「知らない人です」


『……面識のない方ということですか?』


「はい。さっき見つけました」


 通信の向こうで、管制員が状況を整理している。


『負傷者の意識はありますか?』


「ありません。ただ、呼吸はしています」


『出血は?』


「見える範囲ではありません」


『無理に動かさず、その場で待機してください』


「分かりました」


『上着や毛布などはありますか?』


 大野は自分の装備を見る。


「上着なら」


『可能であれば、体温が下がらないよう掛けてください』


「はい」


 通信を切る。


 大野は自分の上着を脱いだ。


 倒れている男へ掛ける。


「……まったく」


 これで自分は少し寒い。


 だが、仕方ない。


 大野は剣を手元へ置き、周囲を見る。


 第七階層。


 長時間、一か所に留まるのは危険だ。


 救助員が来るまで、魔物が現れない保証はない。


「なんでこんなところで倒れてるんだよ」


 もちろん答えはない。


 大野は小さく息を吐いた。


 ◇


「大野拓海、二十八歳。B級探索者」


 黒瀬慎吾は走りながら通信端末を見る。


「本人は無傷。第七階層で倒れている探索者を発見」


 隣を走る白石ひなたが聞いた。


「パーティーの人じゃないんですよね?」


「うん」


「知り合いでもない?」


「そうみたい」


 白石が少し驚いた顔をする。


「それでも残ってるんですね」


「一人にするのが心配だったんじゃないかな」


 倒れていた探索者については、まだ身元も分かっていない。


 黒瀬は《索敵》を広げる。


「この先だね」


「分かりますか?」


「人間の反応が二つ」


 一つはしっかりしている。


 もう一つは弱い。


「急ごうか」


「はい」


 二人は走る速度を上げた。


 ◇


 大野は岩壁に背中を預けていた。


 何度目か分からないほど、通信端末の時計を見る。


「まだか……」


 倒れている男の様子は変わらない。


 呼吸はしている。


 それだけは何度も確認した。


 その時。


 遠くから、何かの鳴き声が聞こえた。


 大野が立ち上がる。


 剣を抜く。


「勘弁してくれよ」


 音はまだ遠い。


 だが、近づいてくる可能性はある。


 大野は倒れている男を見る。


 もし戦闘になったら。


 守りながら戦わなければならない。


「知らないやつのために、何やってんだろうな」


 そう呟いてから。


 自分でも少しおかしくなった。


「まあ、仕方ないか」


 倒れていた。


 見つけた。


 それだけだ。


 もう一度剣を握り直す。


 その時だった。


「大野さん」


 声がした。


 大野が振り返る。


 通路の向こうから、救助服を着た男女が近づいてくる。


「救助員の黒瀬です。こっちは白石さん」


「……助かった」


 大野が大きく息を吐いた。


 黒瀬は倒れている男のところへ向かう。


 その途中で、大野を見る。


「大野さん」


「はい」


「寒くない?」


「え?」


「上着」


 大野は自分が薄着になっていることを思い出した。


「ああ。俺は大丈夫です」


「そう?」


「それより、この人を見てください」


「うん。もちろん」


 黒瀬がしゃがみ込む。


 白石も横についた。


 呼吸。


 脈。


 瞳。


 目立つ外傷がないかを確認する。


「大きな出血はなさそうですね」


 白石が言った。


「うん」


 黒瀬が男の荷物を見る。


 水筒。


 中身はほとんど残っていない。


 食料袋も空だった。


「長いこと歩いてたのかもしれないね」


「魔力反応もかなり弱いです」


 白石が答える。


 黒瀬が男へ呼びかける。


「聞こえますか?」


 反応はない。


「今すぐ命が危ない感じではないけど、ここに置いておくのはまずいね」


 黒瀬が立ち上がる。


「搬送しよう」


「はい」


 白石が折り畳み式の担架を広げ始める。


 大野が近づいた。


「俺も手伝います」


 黒瀬が大野を見る。


「大野さんは歩いて帰る担当で」


「でも、俺は怪我してません」


「知ってるよ」


「なら運べます」


「うん」


 黒瀬は少し笑う。


「でも、一人増えると俺たちの仕事も増えるからね」


「……仕事?」


「大野さんまで疲れて歩けなくなったら、二人運ばないといけないでしょう?」


「それは……」


「だから、自分で歩いて帰ってくれると助かる」


 大野は少し黙ったあと、剣を収めた。


「分かりました」


「ありがとう」


 黒瀬と白石が男を担架へ移す。


「じゃあ帰ろうか」


 ◇


 三人と一台の担架が、第七階層を進む。


 黒瀬が先頭。


 担架を白石と大野の間で運ぶことはせず、搬送用の補助器具を使い、黒瀬と白石が中心になって運んでいた。


 大野はその横を歩く。


「さっき」


 白石が大野へ声をかけた。


「はい?」


「どれくらい待ってたんですか?」


「結構、待ってました」


「ずっと一緒に?」


「まあ」


「先に帰ろうとは思わなかったんですか?」


 大野は少し考える。


「思いましたよ」


「そうなんですね」


「救助要請は出したし、俺がいても治療できるわけじゃないですから」


「じゃあ、どうして残ったんですか?」


「……なんでしょうね」


 大野が頭をかく。


「一人にするのが、なんとなく嫌だったんです」


「それだけ?」


「それだけです」


 黒瀬は前を向いたまま聞いていた。


 大野が続ける。


「起きた時に誰もいなかったら、不安じゃないですか」


「そうですね」


「まあ、起きなかったですけど」


 その時だった。


「……う……」


 小さな声。


 三人が同時に担架を見る。


 倒れていた男の瞼がわずかに動いた。


「止まろう」


 黒瀬が言った。


 担架を静かに下ろす。


 白石が男の横へしゃがむ。


「聞こえますか?」


「……ここ……」


 男が薄く目を開ける。


「大丈夫です。救助員です」


「救助……」


「今、第五階層へ戻っています」


 男はぼんやりと周囲を見る。


 そして、大野と目が合った。


「……誰ですか?」


 大野が少し困った顔をする。


「知らない人です」


「……え?」


「俺も、あなたのこと知らないんで」


 男がさらに混乱した顔になる。


 黒瀬が横から言った。


「その知らない人が、倒れてるあなたを見つけてくれたんだよ」


 男が大野を見る。


「……俺を?」


「はい」


「どうして……」


「どうして?」


「助けてくれたんですか?」


 大野が黙る。


 質問の意味が分からないような顔をした。


「いや……倒れてたからですけど」


「でも……知らない人ですよね」


「そうですね」


 大野は少し考える。


「知らない人だったら、置いて帰っていいんですか?」


 男が黙った。


「俺には無理ですよ」


 大野はそれだけ言った。


 黒瀬も白石も、何も付け足さなかった。


「名前、分かりますか?」


 白石が尋ねる。


「……佐藤……悠馬」


「佐藤さん。今は無理に話さなくて大丈夫です」


「はい……」


「何があったか覚えていますか?」


 佐藤はゆっくり目を閉じる。


「素材……」


「素材?」


「もう少し……採れると思って」


 途切れ途切れに話す。


「帰ろうと思った時には……水がなくて……」


「一人だった?」


「はい」


「途中から覚えてない?」


「……あんまり」


 黒瀬が頷く。


「じゃあ、その話は地上でしよう」


 佐藤が黒瀬を見る。


「怒られますか?」


「誰に?」


「救助員に……」


 黒瀬は少し考える。


「それも地上に帰ってからでいいんじゃない?」


 佐藤が少しだけ笑った。


「……はい」


「もう少し休んでて」


 再び担架を上げる。


 三人は第五階層を目指した。


 ◇


 しばらくして。


 佐藤はまた眠っていた。


 大野がその顔を見る。


「大丈夫なんですか?」


「今のところはね」


 黒瀬が答える。


「脱水と疲労、それに魔力を使いすぎたのが重なってそう」


「俺が見つけなかったら?」


 黒瀬は少し黙る。


「分からない」


「……そうですか」


「でも」


 黒瀬が前を見る。


「見つけてもらえてよかったね」


 大野は何も言わなかった。


 少しして。


「俺、本当は素材探してたんですよ」


「うん」


「結構いい場所見つけてて」


「へえ」


「時間も使ったし、今日は稼げると思ってました」


「うん」


「全部諦めて待ってたんですけど」


 大野が笑う。


「まあ、いいか」


 黒瀬も少し笑った。


「また来ればいいからね」


「そうですね」


 ◇


 第五階層の退避所。


 佐藤はすぐに治療担当へ引き渡された。


「脱水がかなり進んでいます。魔力消耗も大きいですね」


 治療担当が状態を確認する。


「ただ、意識は戻っています。このまま休ませれば大丈夫でしょう」


 大野が息を吐く。


「よかった」


「大野さんも」


「俺?」


「温かいもの飲んでください」


「いや、俺は別に」


「上着をずっと貸してたでしょう」


「ああ……」


 白石が飲み物を渡す。


「あなたも救助対象です」


「俺までですか?」


「黒瀬さんがそう言ってました」


「いつの間に」


 少し離れた場所で、佐藤が目を開けた。


「……大野さん」


 大野が振り返る。


「はい?」


「さっき名前、聞きました」


「そうですか」


 佐藤がゆっくり身体を起こそうとする。


「起きなくていいですよ」


「でも」


「そのままで」


 佐藤は諦めて横になる。


「ありがとうございました」


「はい」


「本当に……」


「もういいですよ」


 大野が少し照れくさそうに言う。


「次から、もう少し早く帰った方がいいです」


「はい」


「水も多めに持って」


「はい」


「あと素材を見つけても、欲張らない」


「……はい」


「俺も人のこと言えないですけど」


 佐藤が笑った。


 それを見て、大野も笑う。


 白石は少し離れた場所から二人を見ていた。


「黒瀬さん」


「うん?」


「今日は、私たちが着く前にもう助けられてたんですね」


 黒瀬も大野を見る。


「そうだね」


「大野さんが見つけなかったら、もっと危なかったかもしれません」


「うん」


 黒瀬は少しだけ笑った。


「今日は、俺たちは迎えに行っただけだね」


 その少し先では。


 名前も知らなかった二人が、まだ話をしていた。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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