第28話 救助員ですよね?
第九階層。
探索を終えた四人組は、帰還ルートの途中で足を止めていた。
「……まだいるな」
桐谷航平が、岩壁の陰から通路の先を覗く。
広い通路の中央に、大型の魔物が伏せていた。
全長五メートルほど。
全身を鉄のように硬い鱗で覆われた、大型のトカゲ型魔物。
《アイアンリザード》。
第九階層でも危険度の高い、A級指定の魔物だ。
幸い、まだこちらには気づいていない。
「どうする?」
隣にいた長谷川亮が、小さな声で尋ねた。
桐谷は地図を開く。
「別ルートはある」
指で迂回路をなぞる。
「でも、かなり遠回りになる」
「何時間くらい?」
「今いる場所からなら、三時間以上は余計にかかると思う」
相沢千尋が後ろを振り返った。
岩壁に座り込んでいる野村圭太が、水筒へ口をつけている。
「野村は?」
「大丈夫です」
野村が答える。
「歩くくらいなら。ただ、魔法はほとんど使えません」
今回の探索は、ここまで順調だった。
目標にしていた素材も手に入れた。
大きな怪我人もいない。
野村の魔力をかなり消耗したことを除けば、予定どおりの探索だった。
今回からリーダーを任された桐谷も、帰路へ入ったところでようやく肩の力を抜いていた。
あとは第五階層まで戻るだけ。
そのはずだった。
「水も、そんなに余裕ないよ」
相沢が言う。
「このまま迂回して、途中でまた戦闘になったら危ない」
「分かってる」
桐谷はもう一度、アイアンリザードを見る。
動く気配はない。
完全に通路を塞いでいる。
「俺と長谷川でやる」
長谷川が顔を向けた。
「マジか?」
「二人で前から引きつける。相沢が横から援護。野村は最後の魔力を温存しておいてくれ」
「待って」
相沢が止めた。
「あれ、A級指定だよ」
「分かってる」
「倒せるの?」
「やってみないと分からない」
「それ、倒せるとは言わないでしょ」
桐谷が黙る。
「救助管理所に連絡しよう」
長谷川が言った。
「まだ誰も怪我してない」
「だから今のうちに呼ぶんだよ」
「俺たちだけで帰れる可能性もある」
桐谷はアイアンリザードから目を離さない。
「俺がリーダーなんだ。俺が連れてきたんだから、俺が何とかしないと」
今回、初めて任されたリーダーだった。
これまで四人を率いていた先輩探索者がパーティーを抜け、その役目を桐谷が引き継いだ。
出発前にも何度も地図を確認した。
全員の装備も確認した。
野村の魔力残量も、帰還できるよう計算していたつもりだった。
だからこそ、ここで他人に助けを求めることが、桐谷には失敗のように思えた。
「桐谷」
相沢が通信端末を取り出した。
「何してる?」
「救助要請」
「待てよ」
相沢はそのまま通信をつなぐ。
「こちら第九階層、西区画――」
「相沢」
「今なら全員無傷なの」
桐谷が言葉を止める。
相沢は桐谷をまっすぐ見る。
「誰かが怪我してから呼ぶ必要ある?」
桐谷は何も言えなかった。
◇
「第九階層で、帰還ルートを塞がれた?」
救助管理所で、白石ひなたが確認する。
「うん」
黒瀬慎吾は救助袋を背負った。
「探索者は四人。怪我人はいないみたい」
「魔物は?」
「アイアンリザード」
白石の表情が少し変わる。
「A級指定ですよね」
「そうだね」
「怪我人が出る前に呼んだんですね」
「うん。いい判断だと思うよ」
黒瀬は救助用ナイフを腰へ差した。
「行こうか」
「はい」
◇
黒瀬と白石が第九階層へ到着した頃、アイアンリザードはまだ同じ場所にいた。
黒瀬が《索敵》を広げる。
通路の先に、大きな反応が一つ。
そのさらに奥。
少し離れた場所に、人間の反応が四つ集まっている。
「いましたか?」
白石が尋ねる。
「うん。四人ともいるよ」
「怪我は?」
「動けてる。今のところは大丈夫そうだね」
黒瀬は足を止めた。
前方の通路を、大型のアイアンリザードが塞いでいる。
四人の探索者がいるのは、その向こう側だった。
「ここを通らないと、合流できませんね」
「そうだね」
黒瀬が通信端末を取り出した。
「こちら救助員の黒瀬。桐谷さん、聞こえる?」
少し間があって、返事が来る。
『はい! 聞こえます!』
「今、アイアンリザードの反対側まで来たよ」
『反対側……』
桐谷の声が少し明るくなる。
『じゃあ、もう近くにいるんですね』
「うん。四人とも、その場から動かないで」
『分かりました』
黒瀬はアイアンリザードを見る。
巨体は通路の中央に伏せたままだ。
まだこちらには気づいていない。
『あの』
桐谷の声が続く。
「どうしたの?」
『救助員は、何人来ていますか?』
「俺と白石さんの二人だよ」
通信の向こうが静かになった。
『……二人だけですか?』
「うん」
『相手はA級指定ですよ』
「聞いてるよ」
『応援は?』
「今回は俺たちだけ」
桐谷の声に不安が混じる。
『でも、あれを越えないと、こっちには来られないですよね』
「そうだね」
黒瀬は周囲へ《索敵》を広げた。
ほかに近づいてくる魔物はいない。
戦うなら今がいい。
「桐谷さん」
『はい』
「四人とも怪我してないんだよね?」
『はい』
「分かった」
黒瀬は少し考えてから言った。
「救助を呼んだの、いい判断だったと思うよ」
『……でも』
「何?」
『俺がリーダーなのに、仲間に救助を呼ばせました』
黒瀬はアイアンリザードから目を離さない。
『俺がもっと強ければ、自分たちで帰れたかもしれません』
「でも、今は四人とも怪我してないんでしょう?」
『はい』
「なら、十分だよ」
桐谷は何も答えなかった。
黒瀬もそれ以上は言わない。
「じゃあ、道を開けるね」
『え?』
黒瀬が通信端末を白石へ渡した。
「白石さん、ここで待ってて」
「分かりました」
『ちょっと待ってください』
桐谷の声が通信端末から聞こえる。
『道を開けるって、どうするんですか?』
黒瀬は救助用ナイフを抜いた。
「倒してくるよ」
『一人でですか?』
「うん」
『無茶ですよ!』
黒瀬は歩き始める。
『あれ、A級指定ですよ!』
「そうみたいだね」
『そうみたいって……』
白石が通信端末を持ったまま、黒瀬の背中を見送る。
『止めなくていいんですか?』
桐谷が尋ねる。
「大丈夫です」
『何でそんなに落ち着いてるんですか?』
白石は少しだけ笑った。
「見ていれば分かります」
◇
アイアンリザードが顔を上げた。
黒瀬の存在に気づいたらしい。
ゆっくりと巨体を起こす。
硬い爪が岩の床をこする。
低い唸り声が通路へ響いた。
黒瀬は足を止めない。
アイアンリザードが大きく口を開く。
一気に地面を蹴った。
五メートルの巨体が、黒瀬へ向かって突進する。
黒瀬は直前で身体を横へずらした。
巨大な頭が、すぐ横を通り抜ける。
すれ違いざまに、救助用ナイフを振る。
硬い鱗へ刃が当たった。
金属を叩いたような音が響き、ナイフが弾かれる。
アイアンリザードが身体を反転させた。
長い尾が横薙ぎに振られる。
黒瀬は一歩だけ後ろへ下がる。
尾が目の前を通過した。
再び、アイアンリザードが黒瀬へ向き直る。
黒瀬は《索敵》を広げたまま、その動きを捉えていた。
四本の脚。
首。
尾。
硬い鱗に覆われた巨体。
正面からナイフを通すのは難しい。
二度目の突進。
黒瀬はかわした。
今度は攻撃しない。
アイアンリザードの身体の動きだけを見る。
三度目。
巨体が地面を蹴った。
黒瀬は動かない。
アイアンリザードが目前まで迫る。
その瞬間、半歩だけ横へずれた。
巨体の懐へ入る。
首の付け根。
鱗と鱗が重なる、わずかな隙間。
黒瀬のナイフが深く突き刺さった。
アイアンリザードの身体が大きく跳ねる。
黒瀬はすぐにナイフを抜き、距離を取った。
巨体が数歩よろめく。
そして、そのまま地面へ倒れた。
大きな音が、第九階層に響いた。
黒瀬は《索敵》で反応が消えたことを確認する。
ナイフについた血を拭き、腰へ戻した。
「白石さん」
「はい」
「通れるよ」
白石が歩き出した。
アイアンリザードの巨体を越え、その先の通路へ入る。
黒瀬も続いた。
少し進むと、岩壁の陰から四人の探索者が姿を現した。
全員、黒瀬たちではなく、その後ろに倒れているアイアンリザードを見ている。
桐谷が口を開いた。
「……あの」
「うん?」
「救助員ですよね?」
「うん」
白石が小さく笑った。
相沢が黒瀬の顔をじっと見る。
「ちょっと待って……」
「どうした?」
長谷川が尋ねる。
「この人、黒瀬慎吾じゃない?」
桐谷が首をかしげる。
「誰?」
「元世界三位」
「……は?」
四人が一斉に黒瀬を見る。
黒瀬は救助袋を背負い直した。
「四人とも歩ける?」
「は、はい」
「じゃあ帰ろうか」
◇
第五階層へ向かう途中。
桐谷はしばらく黙っていた。
やがて歩く速度を上げ、黒瀬の隣へ並ぶ。
「黒瀬さん」
「うん?」
「一つ、聞いていいですか?」
「いいよ」
桐谷は少し迷ってから口を開いた。
「黒瀬さんなら、さっきの状況で救助を呼びましたか?」
「さっきの状況?」
「アイアンリザードに帰り道を塞がれたときです」
黒瀬は少し考える。
「一人だったら、呼ばないかもしれないね」
「やっぱり……」
桐谷が視線を落とした。
「でも」
黒瀬が続ける。
「仲間が三人いるなら、呼ぶかな」
桐谷が顔を上げた。
「黒瀬さんでも?」
「うん」
「でも、黒瀬さんなら倒せるじゃないですか」
「俺一人ならね」
黒瀬は前を歩く白石たちを見る。
「戦ってる間に仲間が襲われるかもしれないし、別の魔物が来るかもしれない」
桐谷は黙って聞いている。
「一人で勝てるのと、みんなを無事に帰せるのは別だからね」
「……そうですか」
桐谷が少し後ろを振り返る。
相沢と目が合った。
「相沢」
「何?」
「さっきは悪かった」
「何が?」
「救助呼んだとき」
「ああ」
「ちょっと怒った」
長谷川が横から口を挟む。
「かなり怒ってたぞ」
「うるさい」
野村も笑う。
「俺、あの魔力残量でA級と戦わされるのかと思いましたよ」
「そこまで無茶じゃない」
「俺と長谷川でやるって言ってたでしょう」
「俺を勝手に入れるなよ」
長谷川が笑う。
四人の間から、笑い声が上がった。
黒瀬はその声を聞きながら、前を歩いた。
◇
第五階層の退避所へ到着する。
四人とも怪我はない。
野村も少し休めば問題ない状態だった。
桐谷たちは地上へ戻る前に、退避所で休憩を取ることになった。
「桐谷」
相沢が水筒を持ちながら尋ねる。
「何?」
「次もリーダーやる?」
桐谷は三人を見る。
少し考えてから答えた。
「……みんながまだ任せてくれるなら」
長谷川が笑う。
「じゃあ次は、もう少し早く助け呼べよ」
「そこは俺が決める」
「また意地張ってるじゃん」
「それとこれは別だ」
四人が笑った。
少し離れた場所で、白石がその様子を見ている。
「いいリーダーになりそうですね」
「うん」
黒瀬も四人を見る。
「次も、ちゃんと四人で帰れそうだね」
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