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元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です ~平凡スキル《索敵》を極めたおじさん~  作者: アカメノコバチ


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第27話 暗くても、出口は分かる

 第二階層の照明が、一斉に消えた。


 壁や天井を照らしていた魔力灯が失われ、観光区画の一つである水晶回廊が暗闇に包まれる。


「皆さん、その場から動かないでください!」


 案内員の女性が声を上げた。


 手にしていた携帯灯をつける。


 淡い光が、周囲にいた観光客の顔を照らした。


 親子連れを中心とした、十二人の見学ツアーだった。


「お母さん、暗い……」


「大丈夫よ。ここにいるから」


 母親が幼い娘を抱き寄せる。


 別の場所では、男の子が父親の服を握りしめていた。


「停電?」


「すぐ直るんじゃないか?」


 大人たちも落ち着こうとしていたが、声には不安が混じっている。


 案内員が通信端末を取り出した。


「こちら、第二階層水晶回廊です。区画内の魔力灯がすべて消えました」


『現在、設備担当が原因を確認しています。負傷者はいますか?』


「負傷者はいません。見学者十二名と案内員一名、全員同じ場所にいます」


『非常灯は作動していますか?』


 案内員が周囲を見回す。


 携帯灯の届かない場所は、何も見えない。


「いいえ。非常灯もついていません」


『その場で待機してください。救助員を向かわせます』


「分かりました」


 通信を切る。


 案内員は観光客へ振り返った。


「救助員が迎えに来ます。それまで、ここで待ちましょう」


 小さな女の子が、母親の腕の中で尋ねた。


「いつ来るの?」


「もうすぐよ」


「本当に?」


 母親は答えようとしたが、言葉が出なかった。


 暗闇の奥から、水滴が落ちる音が響いた。


 誰かが小さく息をのむ。


 ◇


「第二階層の照明が落ちた?」


 黒瀬慎吾は通信端末を受け取りながら尋ねた。


『水晶回廊を含む三つの区画です。魔力供給装置に異常が出た可能性があります』


「見学者は?」


『案内員を含めて十三名。全員、水晶回廊の中央で待機しています。怪我人はいません』


「分かりました」


 黒瀬が通信を切る。


 隣にいた白石ひなたは、すでに救助袋を手にしていた。


「照明が消えただけですよね?」


「今のところはね」


「案内員さんがいれば、携帯灯で戻れないんでしょうか」


「子どもも多いみたいだからね」


 暗闇の中で十三人を連れて歩く。


 一人が転び、列から外れれば、さらに混乱が広がるかもしれない。


 何も起きていないうちに救助員を呼んだ案内員の判断は正しい。


「行こうか」


「はい」


 二人は携帯灯と誘導用のロープを持ち、第二階層へ向かった。


 ◇


 水晶回廊へ続く通路も、照明が消えていた。


 白石の携帯灯が、前方だけを丸く照らしている。


「真っ暗ですね」


「うん」


 黒瀬が《索敵》を広げた。


 通路の奥に、十三人分の反応が集まっている。


 全員、同じ場所にいた。


 周辺に魔物の反応はない。


「みんな待ってるよ」


「ここから分かるんですか?」


「うん。一人も動いてない」


「案内員さん、しっかりしていますね」


 二人が歩き始める。


 しばらく進むと、暗闇の奥に小さな光が見えた。


「救助管理所です!」


 白石が声を上げる。


 携帯灯の明かりが動いた。


「こちらです!」


 案内員の声が返ってくる。


 黒瀬と白石が近づくと、岩壁のそばに座っている観光客たちが見えた。


 子どもが五人。


 残る七人は、その保護者だった。


 案内員は全員を壁際へ集め、勝手に動かないようにしていた。


「お待たせしました。救助管理所の黒瀬です。こちらは白石です」


「来てくださって、ありがとうございます」


 案内員が頭を下げる。


「全員、怪我はありません」


「気分が悪くなった人は?」


「今のところはいません。ただ……」


 案内員が視線を向ける。


 母親に抱かれた女の子が、顔を伏せていた。


 肩が小さく震えている。


 黒瀬は女の子の前にしゃがんだ。


「こんにちは」


 女の子が、母親の服に顔を隠す。


「お名前を聞いてもいい?」


「……ゆい」


「ゆいちゃんか」


 黒瀬は少し離れた場所に携帯灯を置いた。


 強い光が直接目に入らないよう、岩壁へ向ける。


「暗いの、怖い?」


 ゆいが小さくうなずく。


「出口まで行ける?」


「行けるよ」


「見えないのに?」


 黒瀬が暗い通路を見た。


「うん。暗くても、出口は分かるからね」


 ゆいが、少しだけ顔を上げる。


 近くにいた男の子も黒瀬を見た。


「救助員さんは、暗いところでも見えるの?」


「目で見てるわけじゃないよ」


「じゃあ、どうやって分かるの?」


「みんながどこにいるか、見つけるのが得意なんだ」


 黒瀬が立ち上がる。


 白石は救助袋から、太い誘導用ロープを取り出していた。


「全員で、このロープを持って歩きます」


 白石がロープを伸ばす。


「黒瀬さんが先頭、私が最後尾につきます。お子さんは保護者の方と一緒に、間を空けないようにしてください」


 案内員も立ち上がった。


「私が中央で人数を確認します」


「お願いします」


 黒瀬はロープの先端を腰へ固定した。


 観光客たちが順番にロープを握っていく。


 ゆいは母親と一緒に立ったが、なかなかロープへ手を伸ばせない。


 黒瀬が戻り、ロープの端を差し出した。


「これを持てる?」


 ゆいが恐る恐る握る。


「離さなかったら、出口まで行ける?」


「うん」


「救助員さんも離さない?」


「離さないよ」


 ゆいは両手でロープを握った。


 黒瀬が全員の位置を確認する。


「それじゃあ、ゆっくり歩きます」


 ◇


 黒瀬を先頭に、十三人の列が暗い通路を進んだ。


 携帯灯の光は、黒瀬の足元までしか届かない。


 その先は何も見えない。


 それでも黒瀬は迷わず歩いた。


「右側に少し段差があります」


 黒瀬が声をかける。


「一人ずつ、ゆっくり越えてください」


 黒瀬が段差を越える。


 その後を、観光客たちが続く。


 白石は最後尾から、一人ずつ足元を照らしていた。


「大丈夫です。急がなくていいですよ」


 途中で、列が止まった。


 ゆいがその場に立ち尽くしている。


「どうしたの?」


 母親が尋ねる。


「音がした……」


 通路の奥から、水が流れる音が聞こえていた。


 暗闇の中では、普段なら気にしない音も大きく感じられる。


「何かいるの?」


 ゆいがロープを強く握る。


 黒瀬が《索敵》を広げた。


「何もいないよ」


「本当?」


「うん。水が流れてるだけ」


「見えるの?」


「水は見えないけど、生きてるものがいないのは分かるよ」


 ゆいはしばらく動かなかった。


 隣にいた男の子が、ロープを握ったまま振り返る。


「早く行こうよ。出口、分かるって言ってたじゃん」


「……うん」


 ゆいが一歩踏み出す。


 列は再び動き始めた。


 少し進むと、子どもたちの間から声が上がった。


「救助員さん、出口まであとどれくらい?」


「もう半分くらいかな」


「まだ半分?」


「そんなのすぐだよ」


「救助員さんは怖くないの?」


 別の子どもが尋ねる。


「今は怖くないかな」


「暗いのに?」


「みんながちゃんとロープを持ってるからね」


 子どもたちは自分の手元を見る。


 一本のロープを、全員が握っている。


「一人もいなくなってない?」


「うん。十三人、全員いるよ」


 黒瀬が答えると、後ろから白石の声がした。


「救助員も二人いますよ」


「あ、十五人だ!」


 子どもたちの間から、小さな笑い声が上がった。


 暗闇の中の空気が、少しだけ軽くなる。


 ◇


 しばらく歩いたところで、通路の先に淡い光が見えた。


「あっ!」


 子どもの一人が声を上げる。


「明るい!」


 停電していない区画の魔力灯だった。


 列の歩く速度が上がりそうになる。


「走らないでね」


 黒瀬が声をかける。


「出口は逃げないから、ゆっくり行こう」


 光が少しずつ近づく。


 一人ずつ、暗い通路から明るい区画へ出ていった。


 最後尾の白石が通路を抜ける。


「全員、到着しました」


 案内員が人数を数える。


「見学者十二名。全員います」


 緊張していた大人たちから、安堵の息が漏れた。


 子どもたちは手にしていたロープを離し、明るい魔力灯を見上げている。


 ゆいだけは、まだロープを握っていた。


 黒瀬が近づく。


「もう大丈夫だよ」


 ゆいが黒瀬を見上げる。


「暗かったけど、途中から怖くなかった」


「そうなの?」


「うん」


「どうして?」


 ゆいは握っていたロープを持ち上げた。


「救助員さんが、ずっといたから」


 黒瀬が少し笑う。


「ちゃんと歩けたね」


「うん!」


 ゆいはようやくロープを離し、母親のところへ駆けていった。


 白石が誘導用ロープを巻き取る。


「今日は、誰も背負いませんでしたね」


「そうだね」


「全員、自分の足で帰れました」


 黒瀬は明るい通路を歩いていく観光客たちを見た。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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