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元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です ~平凡スキル《索敵》を極めたおじさん~  作者: アカメノコバチ


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第25話 先生を呼んでください(後編)

「でも、まだ生きてるよ」


 黒瀬の言葉に、玲奈が大きく息を吐いた。


 黒瀬が指した先には、黒い岩壁がある。


 玲奈が岩壁へ近づいた。


「ここを壊せば行けますか?」


「ここから高崎さんのところまで、ほとんど岩だよ」


「では、別の入口を探します」


「もう見つけた」


 黒瀬は崩落地点から東へ続く通路を見た。


「この先に細い裂け目がある。そこから地下水路へ下りられると思う」


「案内してください」


 玲奈が剣を握り直す。


「私も行きます」


 黒瀬は返事をせず、岩壁にもたれている佐伯を見た。


 左腕は胸元へ固定され、額には汗が浮かんでいる。


「佐伯さん」


「はい」


「身体の状態は?」


「左肩以外は大丈夫です。歩けます」


 佐伯は壁から身体を離した。


「俺も行きます。高崎さんは、俺を助けて落ちたんです」


 一歩踏み出したところで、顔がゆがむ。


 左肩だけではない。


 崩落に巻き込まれた際、身体のあちこちを打っているのだろう。


「ここで待ってて」


 黒瀬が言った。


「でも――」


「また魔物が来るかもしれない。崩落が広がる可能性もある」


 黒瀬は玲奈を見る。


「結城さんは、佐伯さんとここにいて」


「高崎は瀕死なんですよね」


「うん」


「一人で運び出せるんですか?」


「そのための装備は持ってきたよ」


 黒瀬が救助袋を開いた。


「それに、一人の方が早い」


 高崎がいる地下水路は狭い。


 玲奈が同行すれば、佐伯を一人で残すことになる。


 佐伯は戦えないわけではない。


 だが、左肩が動かない状態で、魔物と崩落の両方へ対応するのは難しい。


「結城さんは、ここを守って」


 玲奈は黒瀬を見たまま動かなかった。


「俺が高崎さんを連れて戻るよ」


「……分かりました」


 玲奈はようやく剣を下ろした。


「必ず連れて戻ってください」


「そのために来たんだよ」


 黒瀬は東側の通路へ向かった。


 ◇


 東へ百メートルほど進んだところで、通路の幅が急に狭くなった。


 岩壁に、人一人がかろうじて通れそうな裂け目がある。


 黒瀬は防水ライトを取り出し、奥を照らした。


 光は数メートル先で岩に遮られる。


 身体を横にしなければ進めない広さだった。


 黒瀬が《索敵》を広げる。


 裂け目の先には、細い空間が続いている。


 高崎の反応も捉えている。


 先ほどより、さらに弱い。


「急がないとね」


 黒瀬は救助袋を身体の前へ固定した。


 岩壁の隙間へ身体を滑り込ませる。


 肩が両側の岩へ擦れる。


 足元では、冷たい水が流れていた。


 一歩ずつ、身体を横向きにしたまま進む。


 裂け目は何度も曲がっている。


 通信端末を確認する。


 玲奈たちとの通信は、すでに途切れていた。


 それでも、高崎の反応は消えていない。


 黒瀬は《索敵》を頼りに進んだ。


 足元の水が、徐々に深くなる。


 くるぶし。


 膝。


 腰。


 水の流れも強くなっていた。


 通路の先に、小さな魔物の反応がある。


 細長い身体を岩の隙間へ潜ませ、近づいてくる黒瀬を待っている。


 通り過ぎることはできない。


 黒瀬は救助用ナイフを抜いた。


 水面の下で、黒い影が動く。


 飛びかかってきた魔物の頭を避け、首元へナイフを入れた。


 一度だけ。


 黒い影が水の中へ沈む。


 黒瀬は振り返らず、先へ進んだ。


 高崎の反応が、わずかに揺らいだ。


 弱くなっている。


「高崎さん」


 黒瀬が声を上げた。


「聞こえる?」


 返事はない。


 代わりに、前方から大きな水音が聞こえた。


 通路の一部が完全に水没している。


 黒瀬は岩壁へ手を当て、《索敵》で先の空間を確認した。


 水没している距離は十メートルほど。


 その先に、わずかな空間がある。


 高崎は、さらに奥だ。


 黒瀬は簡易呼吸器を口元へ装着した。


 救助袋の留め具を確認する。


 深く息を吸い、水の中へ潜った。


 真っ暗な水中。


 防水ライトの光も、濁った水に遮られる。


 目ではほとんど見えない。


 黒瀬は《索敵》で、岩壁と水中の魔物の位置を捉える。


 右側に突き出た岩。


 低くなっている天井。


 狭い隙間を身体を縮めて抜ける。


 流れに押され、肩が岩壁へぶつかった。


 痛みが走る。


 それでも止まらない。


 水面が見えた。


 黒瀬が顔を出す。


 荒い呼吸が、狭い空間へ響いた。


 高崎の反応は近い。


 ◇


 水路の先に、岩棚があった。


 その上に、男の身体が引っかかっている。


 下半身は水の中。


 上半身も半分ほど水につかり、顔だけが水面の上に出ていた。


「高崎さん」


 黒瀬が水をかき分けて近づく。


 高崎の防具は、胸元や肩の部分が大きく割れていた。


 額から血は流れ、口元にも血がにじんでいた。


 黒瀬は高崎の首へ指を当てる。


 脈はある。


 だが、弱い。


 呼吸も浅く、間隔が不規則だった。


「救助管理所です。聞こえる?」


 反応はない。


 黒瀬は高崎の顔を水面より高い位置へ動かし、気道を確保した。


 簡易呼吸器を装着する。


 首を不用意に動かさないよう、固定具を当てた。


 高崎は落下したあと、激しい水流で何度も岩へ叩きつけられたのだろう。


 身体のどこを損傷しているか、ここでは分からない。


 本来なら、複数人で身体を水平に保ったまま運ぶべき状態だった。


 黒瀬が高崎の頬へ触れる。


「高崎さん」


 まぶたが、わずかに動いた。


「……佐伯……」


 かすれた声だった。


「生きてるよ」


 黒瀬が答える。


「左肩を怪我してるけど、結城さんと待ってる」


「そう……ですか……」


 高崎の身体から力が抜けた。


 安心したように、再び目を閉じる。


「今度は高崎さんが帰る番だよ」


 黒瀬は高崎の身体を確認した。


 大きな外出血はない。


 だが、呼吸の弱さと全身の状態を見る限り、体内を損傷している可能性がある。


 時間をかけられない。


 水面が少しずつ上がっている。


 先ほどまで高崎の胸元にあった水が、すでに顎の近くまで迫っていた。


 ここに残れば、間もなく空間全体が水で満たされる。


「少し揺れるよ」


 黒瀬は搬送帯を取り出した。


 高崎の首と胴体がなるべく動かないよう、身体へ慎重に巻いていく。


 胸を強く圧迫しない位置へ通す。


 高崎の背中と黒瀬の身体の間にも、折りたたんだ固定具を挟んだ。


 一人で運ぶのに適した状態ではない。


 それでも、ここへ置いていくよりはいい。


 黒瀬は高崎の身体を、自分の背中へ固定した。


 ゆっくりと立ち上がる。


 全身へ重さがかかった。


 高崎の身体が大きく揺れていないことを確認する。


「帰ろうか」


 黒瀬は来た道へ向き直った。


 ◇


 帰りは、行きよりも時間がかかった。


 狭い水路では、高崎を背負ったまま身体を横向きにしなければ進めない。


 黒瀬は岩壁と高崎の間に自分の肩を入れ、負傷した身体が岩へ当たらないように進んだ。


 一歩進むたび、肩と腕が岩へ擦れる。


 足元の水は、さらに強く流れていた。


 高崎の反応が弱くなる。


 黒瀬が足を止めた。


「高崎さん」


 返事はない。


 首元へ指を当てる。


 脈は残っている。


「もう少しだよ」


 意識のない高崎へ声をかける。


「結城さんたちが待ってるからね」


 水没した通路の前へ戻った。


 黒瀬は簡易呼吸器の状態を確認する。


 高崎の口元にも、もう一つの呼吸器を固定した。


 水位は行きよりも上がり、流れも強くなっている。


 黒瀬は高崎の身体を片腕で支えた。


 もう片方の手で岩壁をつかむ。


 水の中へ入った。


 流れが黒瀬の身体を押す。


 足が岩から離れかける。


 黒瀬は身体をひねり、高崎を壁とは反対側へ向けた。


 自分の背中と肩が、突き出た岩へぶつかる。


 鈍い痛みが走った。


 高崎の身体は岩へ当たっていない。


 黒瀬は岩壁をつかみ直し、少しずつ前へ進む。


 出口の空間が近づく。


 水面へ顔を出した。


 呼吸器を外し、すぐに高崎の状態を確認する。


 呼吸はある。


 黒瀬が短く息を吐いた。


「まだ、ここにいるね」


 再び高崎を背負い直す。


 暗い裂け目の中を進んだ。


 ◇


 第十四階層の崩落地点。


 玲奈は、通路の奥へ剣を向けていた。


 倒した魔物の死体が、少し離れた場所に転がっている。


 佐伯が崩落した穴のそばに座っていた。


「どれくらいたちましたか?」


「もうすぐ一時間です」


「遅すぎませんか」


 玲奈は答えなかった。


 通信は途切れたまま。


 黒瀬が高崎を見つけたのか。


 高崎はまだ生きているのか。


 確認する方法がない。


 佐伯が立ち上がろうとする。


「見に行きます」


「座っていてください」


「でも――」


「黒瀬さんが一人で行ったのは、早く戻るためです」


 玲奈の声も、普段より硬かった。


「私たちが動いて、入れ違いになる方が危険です」


 佐伯が拳を握る。


 玲奈が暗い通路を見る。


 その時、東側の通路から小さな音が聞こえた。


 岩を踏む音。


 玲奈が剣を構える。


 暗闇の中に、一人の人影が現れた。


 救助服は水に濡れ、肩や腕の一部が破れている。


 背中には、男の身体が固定されていた。


「先生!」


 玲奈が走った。


「高崎さん!」


 佐伯も立ち上がる。


 黒瀬は二人の前まで歩き、高崎を背負ったまま腰を落とした。


「ゆっくり外すよ」


 玲奈が高崎の身体を支える。


 黒瀬は搬送帯を外し、崩落地点から離れた平らな場所へ寝かせた。


「高崎!」


 玲奈が首元へ指を当てる。


 弱いが、脈がある。


「生きてる……」


「かなり危ないよ」


 黒瀬は呼吸器の状態を確認する。


「落下したあと、全身を何度も岩に打ちつけてる。

身体の中も傷ついてるかもしれない」


 佐伯が高崎のそばへ膝をついた。


「高崎さん……」


 高崎のまぶたが、わずかに動く。


「……佐伯……?」


「はい。ここにいます」


「肩は……」


「大丈夫です。高崎さんが助けてくれたから」


 高崎の口元が、ほんの少し動いた。


「そうか……よかった……」


 再び目を閉じる。


「高崎さん?」


 佐伯が呼びかける。


「意識を失っただけだよ」


 黒瀬が脈を確認する。


「まだ反応はある」


 玲奈が立ち上がった。


「すぐに第五階層へ戻ります」


「うん」


 黒瀬は救助袋から折りたたみ式の簡易担架を取り出した。


 二人で高崎を担架へ固定する。


 首と胴体が動かないよう、固定帯を何本も通した。


「私が前を持ちます」


 玲奈が担架の前側へ回る。


 黒瀬が後ろを持つ。


 佐伯が立ち上がった。


「俺も運びます」


「佐伯さんは歩くだけでいいよ」


「でも――」


「高崎さんを地上まで運んだあと、佐伯さんまで動けなくなったら怒られるでしょう」


 黒瀬が言う。


 佐伯は何も言えず、右手で左肩を押さえた。


「行こう」


 三人は高崎を連れ、第十四階層を出発した。


 ◇


 黒瀬が《索敵》で進路を選ぶ。


 前方の通路に大型魔物が一体。


 別の道を使えば、遠回りになる。


「結城さん」


「はい」


「正面に一体いる」


「どのくらいですか?」


「大きいけど、一体だけ」


「分かりました」


 玲奈は担架を置くと、剣を抜いて一人で前へ進んだ。


 通路の奥から、巨大な魔物が姿を現した。


 玲奈は速度を落とさず、正面から踏み込む。


 一閃。


 魔物の身体が崩れ落ちた。


 玲奈は剣の血を払い、すぐに戻ってくる。


「行けます」


「さすがだね」


「先生に褒められるのは、久しぶりです」


「だから、先生はやめてよ」


 玲奈はわずかに笑い、再び担架を持った。


 二人は歩き続ける。


 第十三階層。


 第十二階層。


 高崎の呼吸が、さらに弱くなった。


「止めて」


 黒瀬が声をかける。


 二人で担架を下ろす。


 黒瀬が高崎の首元へ指を当てる。


 胸の動きが小さい。


 玲奈が高崎の顔を覗き込む。


「高崎?」


 返事はない。


「先生、高崎は……」


「生きてるよ」


 だが反応は弱い。


 今にも消えそうだ。


 黒瀬は簡易呼吸器を調整した。


 高崎の胸が、わずかに上下する。


「第五階層まで、あとどれくらいですか」


「まだかかる」


「急ぎます」


「うん」


 二人は担架を持ち上げた。


 ◇


 数時間後。


 第五階層の退避所。


 白石は、通路の奥を何度も見ていた。


 治癒術師と搬送班が、担架や救護用品を準備して待っている。


「まだですか」


 白石が管制員へ尋ねる。


「まだ連絡はありません」


「事故から、かなり時間がたっています」


「分かっていますよ」


 その時、通路の奥から、足音が聞こえた。


 白石が顔を上げる。


「来ました!」


 暗い通路から、三人の探索者と担架が現れた。


 黒瀬と玲奈が、前後で担架を持っている。


 その後ろを佐伯が歩いていた。


「黒瀬さん!」


 白石が駆け寄る。


「高崎さんの状態は?」


「呼吸が弱い。全身を強く打ってる」


「こちらへ!」


 治癒術師が担架へ駆け寄った。


 高崎の首元と胸へ手を当てる。


「脈が弱い。すぐに処置します!」


 淡い光が、高崎の身体を包む。


 別の救助員が佐伯を支え、左肩の状態を確認する。


 黒瀬と玲奈は、治癒術師のそばに立っていた。


 長い時間が過ぎたように感じた。


 治癒術師が顔を上げる。


「まだ危険な状態です」


 玲奈の表情が強張る。


「ただ、呼吸は安定し始めています」


「助かりますか?」


「まだ予断は許しません。ただ、命はつながっています」


 玲奈が大きく息を吐いた。


 佐伯は壁へ右手をつき、顔を伏せた。


「地上へ運びます!」


 搬送班が担架を引き継ぐ。


 高崎と佐伯が、地上へ向かう通路へ運ばれていく。


 玲奈は、その姿が見えなくなるまで見送っていた。


 ◇


「先生」


 玲奈が黒瀬へ向き直った。


「高崎を連れ戻してくださって、ありがとうございました」


 深く頭を下げる。


「まだ助かったとは決まってないよ」


「それでも、先生がいなければ見つけられませんでした」


「結城さんが呼んだから、見つけに行けたんだよ」


 玲奈が顔を上げる。


「昔から変わりませんね」


「何が?」


「自分が助けたとは、絶対に言わないところです」


 黒瀬は、高崎を運ぶ担架が消えた通路を見る。


「一人では連れて帰れなかったよ」


「それでも、地下水路へ一人で入り、高崎を見つけて戻ってきたのは先生です」


「救助員だからね」


 玲奈が小さく笑った。


「昔と変わりませんね」


「昔は救助員じゃなかったよ」


「肩書きの話ではありません」


 玲奈は黒瀬を見る。


「誰かが帰れなくなったら、必ず迎えに行くところです」


 黒瀬は何も答えなかった。


「先生を呼んで、よかったです」


「だから、先生はやめてよ」



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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