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元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です ~平凡スキル《索敵》を極めたおじさん~  作者: アカメノコバチ


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第24話 先生を呼んでください(前編)

 第五階層の退避所へ、担架が運び込まれた。


「ゆっくり下ろします」


 白石ひなたが声をかける。


 担架の上には、第七階層で足を負傷した男性探索者が横になっていた。


 黒瀬慎吾は担架の横を歩きながら、男性の呼吸と顔色を確認する。


「もう大丈夫だよ」


 男性が黒瀬を見る。


「ありがとうございました」


「ここからは搬送班が地上まで運んでくれるから」


 退避所で待っていた搬送班が、担架を引き継いだ。


「負傷箇所は右足首です。腫れが強くなっていますが、意識ははっきりしています」


「分かりました」


 黒瀬が救助の経過を伝える。


 搬送班は担架を持ち上げ、地上へ向かう通路へ入っていった。


 白石が、その背中を見送る。


「無事に引き渡せましたね」


「うん」


 黒瀬は使用した救助用品を確認した。


 包帯を補充し、ロープの傷みを見る。


 退避所には、休憩中の探索者が何人かいた。


 そのうちの一人が、黒瀬の顔を見て仲間へ耳打ちする。


「あの人じゃないか?」


「配信に映ってた?」


「元世界三位の……」


 声を抑えているつもりなのだろうが、黒瀬のところまで聞こえていた。


 白石が黒瀬を見る。


「やっぱり、気づかれていますね」


「そうみたいだね」


「気にならないんですか?」


「見られるだけなら、特には」


 黒瀬は救助用ナイフを腰へ戻した。


 そのとき、退避所に設置された緊急通信端末が鳴った。


 短い音が、何度も繰り返される。


 白石の表情が変わった。


 黒瀬が端末の前へ向かう。


 画面には、地上の救助管理所にいる管制員が映った。


『第五階層退避所、応答してください』


「黒瀬です。聞こえています」


『第十四階層で崩落事故が発生しました。探索者一名が行方不明です』


「第十四階層……」


 白石が呟いた。


 管制員が画面を切り替える。


 映像が乱れたあと、岩壁を背に立つ女性の姿が映った。


 肩まで伸びた黒髪。


 胸と腕を守る軽装の防具には、土と血が付着している。


 額にも細い傷があった。


 その背後では、床の一部が大きく崩れ落ちていた。


『こちら、第十四階層南区画です』


 女性が息を整えながら話す。


『探索者三名で行動中、床が崩落しました。高崎修也が穴の中へ落下しています』


 現役S級探索者、結城玲奈。


 名前だけなら、白石も知っていた。


 国内で最年少に近い年齢でS級へ昇格し、現在も深層攻略の第一線にいる探索者だ。


『落下したのは、いつですか?』


 管制員が尋ねる。


『二十分ほど前です』


『高崎さんからの応答は?』


『ありません。呼びかけにも、通信にも反応しません』


 玲奈が映像を動かす。


 画面に、崩落した穴が映った。


 穴の底は暗く、携帯ライトを向けても何も見えない。


 奥から、低い水音だけが響いている。


『探知用の端末も使用しました。しかし、岩盤に遮られて反応を確認できません』


『同行者の状態は?』


『佐伯遼が左肩を負傷しています。意識はあります。歩行も可能です』


 画面の端に、岩壁へ背を預けた男性が映った。


 左腕を胸元へ固定している。


『地上で深層救助の対応を検討しています。現場の維持を――』


「待ってください」


 玲奈が管制員の言葉を遮った。


『黒瀬慎吾さんは、今どこにいますか』


 退避所の中が静かになった。


 白石が黒瀬を見る。


 画面の中の管制員も、一瞬答えに詰まった。


『黒瀬さんですか?』


『はい』


『どうして黒瀬さんを?』


 玲奈は崩落した穴を見た。


『あの人の《索敵》なら、高崎を見つけられる可能性があります』


 黒瀬が通信機を手に取る。


「久しぶり、結城さん」


 画面の中で、玲奈が目を見開いた。


 張りつめていた表情が、ほんの少しだけ崩れる。


『先生……』


「まだその呼び方なんだ」


『黒瀬さん』


 玲奈はすぐに言い直した。


 それでも、声には十年前の響きが残っていた。


「最後に高崎さんを見た場所は?」


『この崩落地点です。床が崩れた瞬間、佐伯をこちらへ突き飛ばしました』


 画面の端で、佐伯が顔を伏せる。


『高崎だけが穴へ落ちました』


「穴の深さは?」


『分かりません。携帯ライトを落としましたが、途中で横へ流されました』


「横へ?」


『下に水が流れています。水音も、少しずつ大きくなっています』


「落下した人の装備は?」


『第十四階層用の防具と簡易呼吸器を持っています。ただし、呼吸器が使える状態かは分かりません』


「高崎さんは探知系のスキルを?」


『持っていません』


 黒瀬が地図を開く。


 第十四階層南区画。


 崩落地点の周辺には、地図に記録されていない空洞がいくつも存在していた。


「水はどちらへ流れてる?」


『穴の中なので確認できません』


「分かった」


 黒瀬は地図を閉じた。


 玲奈が画面越しに頭を下げる。


『高崎を見つけてください』


「うん」


 黒瀬は短く答えた。


「今から行くよ」


 ◇


 黒瀬は救助袋を開き、中身を入れ替えた。


 通常の包帯や固定具に加え、長いロープ、簡易呼吸器、防水ライトを入れる。


 白石も自分の装備を手に取った。


「私も行きます」


 黒瀬は首を横に振る。


「白石さんは、さっきの人を地上までお願い」


「でも、黒瀬さん一人では……」


「現場には結城さんがいるよ」


 白石の動きが止まった。


「現役のS級探索者ですね」


「うん。高崎さんを見つけられれば、救出は結城さんと一緒にできる」


 黒瀬がロープの留め具を確認する。


「俺は見つけるために呼ばれたんだ」


「でも、第十四階層まで一人で向かうんですよね」


「急いだ方がいいからね」


 第十四階層は遠い。


 第十階層を越えれば、一つの階層を抜けるだけでも時間がかかる。


 地上から出発するより、すでに第五階層にいる黒瀬が向かう方が早い。


 それでも、すぐに到着できる距離ではなかった。


 白石は何かを言おうとして、口を閉じた。


「分かりました。第五階層で待っています」


「うん」


「必ず、連れて帰ってきてください」


 黒瀬は救助袋を背負った。


「そのために行くんだよ」


 黒瀬は退避所を出た。


 ◇


 第六階層。


 黒瀬は足を止めずに通路を進んだ。


 《索敵》を広げ、前方にいる魔物の位置を確認する。


 右の通路に二体。


 左の通路にはいない。


 黒瀬は迷わず左へ曲がった。


 第七階層。


 岩壁の陰に潜んでいた魔物が、黒瀬の接近に気づいて顔を上げる。


 黒瀬は魔物が動き出す前に、別の横穴へ入った。


 戦う必要はない。


 今は、一分でも早く第十四階層へ到着することが優先だった。


 第八階層。


 第九階層。


 上層を抜ける間、黒瀬は走り続けた。


 第十階層へ入る。


 そこから、階層の広さが大きく変わった。


 下層へ続く通路は、入口から離れた区画にある。


 道は複数に分かれ、大型の魔物も増える。


 地図に記録された通路が、崩落によって塞がっている場所もあった。


 黒瀬は《索敵》で、壁の向こうまで確認する。


 近道には大型魔物が三体。


 遠回りをすれば、十分以上余計にかかる。


 黒瀬は腰のナイフへ手をかけた。


「通してもらうよ」


 通路を塞いでいた魔物が振り返る。


 黒瀬は速度を落とさなかった。


 ◇


 第十四階層。


「高崎!」


 玲奈の声が、深い穴の中へ響く。


「聞こえたら返事をして!」


 返事はない。


 水の流れる音だけが返ってくる。


 佐伯が左肩を押さえながら、穴へ近づいた。


「玲奈さん」


「下がっていて」


「でも――」


「崩落が広がっています」


 穴の縁から、小さな石が落ちていく。


 玲奈は佐伯の前へ腕を出した。


「高崎が助けた人まで落ちたら、戻ってきたときに怒られるでしょう」


 佐伯は唇をかんだ。


「俺が落ちるはずだったんです」


 床が割れた瞬間、高崎は佐伯を突き飛ばした。


 佐伯が安全な場所へ倒れた直後、高崎の立っていた床が崩れた。


「高崎さんが、俺を助けたから……」


「だったら、今度は私たちが助けます」


 玲奈は穴から目を離さない。


「黒瀬さんが来るまで、このままでいましょう」


「はい」


 崩落した床の反対側から、低い鳴き声が聞こえた。


 血の匂いを嗅ぎつけた魔物が近づいている。


 佐伯が剣へ手を伸ばす。


「俺が行きます」


「肩が動かないでしょう」


 玲奈が剣を抜いた。


「ここにいてください」


 通路の奥から、二体の大型魔物が姿を現した。


 玲奈は一人で前へ出る。


 現役S級探索者。


 高崎の居場所を見つけることはできない。


 それでも、黒瀬が到着するまで現場を守ることはできる。


「ここから先へは行かせません」


 玲奈が地面を蹴った。


 ◇


 第十一階層を抜けたところで、黒瀬は初めて足を止めた。


 壁へ手をつき、短く息を整える。


 救助袋から水を取り出し、一口だけ飲んだ。


 すでに一件の救助を終えた直後だった。


 脚には疲労がたまっている。


 通信端末が鳴った。


『せ、黒瀬さん』


 玲奈の声だった。


「聞こえてるよ」


『水音が大きくなっています』


「高崎さんの声は?」


『まだ聞こえません』


「穴の周辺は?」


『崩落が少し広がりました。こちらで抑えています』


「佐伯さんは?」


『意識ははっきりしています』


「分かった」


 黒瀬は水の容器を救助袋へ戻した。


『あと、どれくらいですか』


「もう少しだよ」


 黒瀬が立ち上がる。


『先生』


 玲奈が言い直さずに呼んだ。


『お願いします』


「うん」


 黒瀬は再び走り出した。


 ◇


 事故発生から、二時間近くが経過していた。


 第十四階層の通路に、足音が響く。


 玲奈が振り返った。


 通路の奥から、救助服姿の黒瀬が現れる。


 呼吸はわずかに乱れている。


 額には汗が浮かんでいた。


 それでも、足取りは止まらない。


「先生……」


「先生はやめてよ」


 黒瀬は玲奈の前を通り過ぎ、崩落地点へ向かった。


「状況を教えて」


「崩落後、水音が大きくなっています。穴も少し広がりました」


「魔物は?」


「三体倒しました。しばらくは来ないと思います」


「佐伯さんの肩は?」


「動かせませんが、歩けます」


 黒瀬が佐伯を見る。


「高崎さんが最後にいた場所は?」


「ここです」


 佐伯が穴の手前を指す。


「床が割れたとき、俺を突き飛ばしました。その直後に落ちました」


「落下する姿は見た?」


「途中までは。でも、暗くて……」


 黒瀬は穴の縁へしゃがんだ。


 奥から冷たい空気が上がってくる。


 水音は一つではない。


 複数の流れが、穴の下で合流している。


 黒瀬は目を閉じた。


 《索敵》を広げる。


 穴の下。


 厚い岩盤。


 水中を動く小さな魔物。


 岩の隙間に潜む生き物。


 一つずつ、反応を確認していく。


 人間の反応はない。


 黒瀬はさらに深く《索敵》を伸ばした。


 穴の真下。


 そこにも、高崎の反応はなかった。


「黒瀬さん?」


 玲奈が声をかける。


 黒瀬は答えない。


 範囲を横へ広げる。


 水中にいる小型魔物の反応が、一定方向へ流されている。


 穴の下に落ちた水は、その場にたまっていない。


 岩盤の奥へ続く地下水路へ流れ込んでいる。


「見つかりましたか?」


 佐伯が尋ねる。


 黒瀬は目を閉じたまま、地下水の流れを追う。


 五十メートル。


 百メートル。


 水路は途中で大きく曲がっている。


 さらに先。


 二百メートル。


「黒瀬さんでも、見つけられないんですか」


 玲奈の声に、初めて不安が混じった。


 黒瀬は穴の底ではなく、東側の岩壁へ顔を向けた。


「違う」


「何がですか?」


「高崎さんは、この下にはいない」


 佐伯が目を見開く。


「でも、ここから落ちたんです」


「落ちたあとに流されたんだ」


 黒瀬はさらに《索敵》を伸ばす。


 曲がりくねった地下水路。


 三百メートル近く離れた場所。


 岩と水に囲まれた小さな空間。


 そこに、弱い反応があった。


 人間の反応。


 消えかけているが、まだ残っている。


 黒瀬が目を開く。


「いたよ」


 玲奈が黒瀬へ近づいた。


「どこですか?」


 黒瀬は東側の岩壁を指した。


「ここから三百メートルくらい先」


「この壁の向こうですか?」


「地下水路の途中に、空気が残ってる場所がある」


 黒瀬は、壁の向こうにある弱い反応を見つめた。


「高崎さんは、そこにいる」


「生きているんですか?」


 黒瀬はうなずいた。


「反応は弱い」


 岩壁の向こうから、水が流れる低い音が響いていた。


「でも、まだ生きてるよ」



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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