表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です ~平凡スキル《索敵》を極めたおじさん~  作者: アカメノコバチ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/32

第2話 画面を消して、帰ろう

 午後七時四十三分。


 奥多摩第一ダンジョンの一般開放時間は、すでに終了していた。


「黒瀬さん、これを見てください」


 管制員に呼ばれ、黒瀬慎吾は休憩室から管制室へ向かった。


 大型画面には、暗い洞窟を歩く若い男が映っている。


 派手な赤い探索服。


 片手には自撮り棒。


 画面の横を、視聴者のコメントが流れていた。


『ここ、第七階層だろ?』


『探索者資格ないんじゃないの?』


『後ろの岩、動いてない?』


『逃げろ!』


 映像の中で、男が振り返る。


 灰色の岩だと思っていたものが、ゆっくりと四本の脚で立ち上がった。


 大型犬ほどの身体。


 岩肌に似た皮膚。


 小さな目の代わりに、顎の両脇に薄い膜が広がっている。


 《音追いトカゲ》。


 視力は弱いが、足音や声、地面を伝わる振動から獲物の位置を捉える魔物だ。


 男は悲鳴を上げて走りだした。


 その足元が崩れる。


 映像が激しく回転し、岩へ身体を打ちつける音がした。


『足が……動かない』


 うめき声のあと、画面は暗い岩壁を映したまま止まった。


「瀬尾陸、二十三歳。探索者資格はありません」


 管制員が言った。


「午後一時二十分に、一般利用者として入場しています。

第六階層の閉鎖区画から旧管理通路へ入り、無資格で第七階層まで下りたようです」


「事前に調べてたのかな」


「配信では、古い施設図を見つけたと話しています」


 第七階層から先は、探索者資格が必要になる。


 魔物の出現が増え、通路も整備されていない。


 原則として複数人で行動し、入場前には予定経路を届け出なければならない。


 瀬尾は、そのすべてを無視していた。


「滑落したのは?」


「二十分前です。本人からの救難信号はありません。

配信を見ていた視聴者から通報が入りました」


「位置は?」


「端末は第七階層北側で止まっています。ただ、高低差までは分かりません」


「対応できる班は?」


「第七階層はBクラス救助区域です。Bクラス救助員二名が別件から戻るまで、あと七分です」


「ちょうどいいね。その間に本人と話そう」


 管制員が回線を開いた。


「瀬尾さん。こちら奥多摩第一ダンジョン救助管理所です。聞こえますか」


 返事はない。


 黒瀬がマイクへ近づく。


「瀬尾君。救助員の黒瀬です。迎えに行くから、聞こえていたら返事をしてくれる?」


 しばらくして、かすかな声が返ってきた。


『……来るんですか』


「行くよ。どこが痛い?」


『右の足首です。動かせません』


「頭は打った?」


『少し。血も出てます』


「吐き気は?」


『ないです。でも、寒いし、眠いです』


 黒瀬は管制員と目を合わせた。


「眠らないでね。それから、配信は一度切ろう」


『でも……』


「救助が着くまで時間がかかる。電池を残しておきたいんだ」


『切ったら、誰も見てくれなくなる』


 黒瀬は画面を見た。


 視聴者は二万人を超えている。


『こんなに見てもらえたの、初めてなんです。いつもは百人も来ないのに』


「そうか」


『配信を切ったら、また誰も来なくなる。だから、もう少しだけ』


「瀬尾君。位置はもう分かってる。画面を消しても、俺たちは迎えに行けるよ」


『でも……』


 コメントは止まらない。


『配信続けろ』


『救助の瞬間まで映せ』


『演出だろ』


『もう切れ』


「どうして第七階層まで入ったの?」


『普通の場所じゃ、誰も見てくれないからです』


「配信を始めたのは、いつ?」


『会社を辞めた半年前です』


「辞めてまで、やりたかったんだ」


『最初は楽しかったんです。でも、全然伸びなくて。毎日やっても、誰も覚えてくれない』


 瀬尾の声が震えた。


『昨日より危ないことをしないと、見てもらえなくなって。

今日、初めて二万人が見てくれたんです。ここで切ったら、全部なくなる』


 黒瀬は少しだけ黙った。


 かつて日本最強と呼ばれていた頃、黒瀬の周囲にも、いつも大勢の人間がいた。


 もっと深く。


 もっと強い魔物を。


 期待に応え続けるうちに、引き返すべき場所を通り過ぎたことがある。


「分かるよ」


『え?』


「見てもらえるとうれしい。次も期待されると、もっとすごいことをしなきゃって思うよね」


『黒瀬さんも配信してたんですか』


「配信はしてないよ。でも、大勢の人に見られてた時期はあった」


『じゃあ、分かるでしょう? ここで切ったら、また誰もいなくなるんです』


「うん。でも、君が帰ってこなかったら、次の配信は絶対にできない」


 通信の向こうで、瀬尾が息を飲んだ。


「今日だけ見ている二万人より、君を待ってくれる一人の方が大事だよ」


 画面のコメントが、少しずつ変わっていく。


『切れ』


『帰ってからまた配信しろ』


『待ってる』


『生きて帰れ』


 瀬尾はしばらく黙っていた。


『……本当に、待ってくれますかね』


「それは帰ってから確かめよう」


『分かりました』


 瀬尾が小さく息を吐いた。


『画面、消します』


「ありがとう。通話は省電力に切り替える。

十五分ごとにこっちから呼ぶから、必ず返事をしてね」


 映像が暗くなった。


 その直後、Bクラス救助員二名の帰還を知らせる音が鳴った。


 午後七時五十五分。


 三人は管理所を出発した。


 ◇


 それから黒瀬は、十五分おきに瀬尾へ話しかけた。


 名前。


 今日の日付。


 痛む場所。


 吐き気の有無。


 同じ質問を繰り返し、返事の速さが変わっていないかを確かめる。


 午後十時四十五分。


 三人は第七階層へ到着した。


 黒瀬は足を止め、《索敵》を広げる。


 岩壁の向こうを動く、小さな生命反応。


 通路の奥に潜む魔物。


 その中に、人間の反応が一つあった。


 斜面の下。


 動いてはいないが、生命反応は残っている。


「瀬尾君は下にいる。近くに《音追いトカゲ》が三体」


 黒瀬はさらに意識を集中させた。


「少し離れた岩陰に、もう一体。大きいね」


「端末では斜面の位置まで分かりませんでした」


「だから最後は、目でも確認しよう」


 三人は滑落跡を追った。


 赤い探索服の切れ端が、岩の角に引っかかっている。


 黒瀬は端末へ文字を打った。


『近くまで来た。声は出さなくていい。端末を二回叩ける?』


 数秒後。


 コツ。


 コツ。


 斜面の下に、小さな光が見えた。


 瀬尾は岩棚にもたれ、右足を押さえている。


 周囲の岩陰には、《音追いトカゲ》が三体伏せていた。


 灰色の身体は、動かなければ岩とほとんど見分けがつかない。


「誘導杭を二本。反対側へ」


 Bクラス救助員が、振動を発生させる杭を通路の奥へ打ち込んだ。


 一定の間隔で、地面が震える。


 三体の《音追いトカゲ》が頭を上げ、振動の方角へ走っていった。


 だが、大型の反応だけは動かない。


「大きいのは?」


「瀬尾君の近くに残ってる。あの岩の向こうだ」


 黒瀬はロープを腰へ固定した。


「俺が下りる。二人は上で支えて」


「一人で大丈夫ですか」


「一人じゃないよ。上に二人いるでしょう」


 黒瀬は石を落とさないよう、斜面を下りた。


 瀬尾が黒瀬に気づき、泣きそうな顔をする。


「本当に来た……」


「うん。迎えに来たよ」


 黒瀬は額の傷を確認し、右足首へ固定具を巻いた。


「骨にひびが入ってるかもしれない。しばらく歩くのは無理だね」


「すみません」


「謝るのは地上でいいよ」


 救助帯を装着し、ロープをつなぐ。


 黒瀬の《索敵》には、岩の向こうに潜む大型個体の反応が映り続けていた。


 まだ動いていない。


「ゆっくり引いて」


 ロープが張り、瀬尾の身体が斜面を上がり始める。


 黒瀬は下から負傷した足を支えた。


 その途中、瀬尾の端末が震えた。


 ピロン。


 短い通知音が、静かな洞窟に響く。


 岩陰の反応が動いた。


「電源を切るよ」


 黒瀬が端末を止める。


 だが、もう遅い。


 全長二メートルほどの《音追いトカゲ》が、低い姿勢で岩陰から飛び出した。


 口を開き、瀬尾へ向かって斜面を駆け上がる。


「瀬尾君をそのまま引いて!」


 黒瀬は大型個体との間へ入った。


 非常用の誘導杭を奥へ投げる。


 激しい振動が地面を伝う。


 しかし大型個体は進路を変えなかった。


 一度、瀬尾の位置を捉えている。


「これは、どいてくれないか」


 黒瀬は救助用ナイフを抜いた。


 《索敵》の中で、魔物の反応が急激に加速する。


 黒瀬は姿を正面から見る前に、半歩だけ横へ動いた。


 巨大な顎が、黒瀬の脇を通り過ぎる。


 ナイフの柄で下顎を跳ね上げ、進路をそらす。


 《音追いトカゲ》は岩壁へぶつかったが、すぐに向きを変えた。


 狙っているのは黒瀬ではない。


 動けない瀬尾だ。


「黒瀬さん!」


「引き続けて!」


 大型個体が再び地面を蹴る。


 黒瀬は牽引ロープを投げ、前脚へ巻きつけた。


 ロープが張る。


 魔物が身体をひねり、黒瀬を地面へ引き倒そうとする。


 黒瀬は岩へ足をかけ、力を受け流した。


 それでも大型個体は止まらない。


 ロープを引きずりながら、瀬尾へ進もうとする。


「悪いね」


 黒瀬は魔物の肩口へナイフを入れた。


 深くは刺さない。


 前脚の動きを止めるための一撃だった。


 大型個体が地面へ崩れる。


 黒瀬はその隙にロープを岩柱へ回し、強く固定した。


「今日は君と戦いに来たんじゃないんだ」


 瀬尾の身体が、斜面の上へ引き上げられる。


 黒瀬もロープを伝って上がった。


「倒さないんですか」


 瀬尾が息を切らしながら尋ねる。


「追ってこられなければ十分だよ」


「でも、黒瀬さんなら倒せるんでしょう?」


「倒しに来たんじゃないからね」


 黒瀬は瀬尾を担架へ移した。


「君を地上へ帰せたら、それで俺たちの勝ちだよ」


 午後十一時三十五分。


 三人は危険区域を離れ、地上へ向かった。


 ◇


 瀬尾が地上へ戻ったのは、翌日の午前四時十分だった。


 救急車へ運ばれる前、瀬尾が黒瀬を呼び止める。


「俺、最低ですよね」


「探索者資格が必要だと分かっていて入ったのは、よくなかったね」


 黒瀬があっさり答えると、瀬尾は目を丸くした。


「怒らないんですか」


「怒る人は、あとでたくさん来ると思うよ」


「配信、やめた方がいいですか」


「それは俺には決められないなあ」


「またダンジョンを配信してもいいんですか」


「次は、入っていい場所でね」


 黒瀬は笑った。


「帰ってこられる場所にも、いい景色はたくさんあるから」


 瀬尾は電池残量二パーセントの端末を見た。


 最後に表示されたコメントが残っている。


『帰ってきたら、また見に行く』


「次の配信で、何を話せばいいと思います?」


「今日の失敗を話したら?」


「格好悪いですよ」


「うん。でも、生きて帰った人にしか話せないことだよ」


 瀬尾は画面を見つめた。


「俺、次も見てもらえますかね」


「分からない」


 黒瀬は正直に答えた。


「でも、次をやれるところまでは帰ってこられたよ」


 瀬尾は唇をかみ、静かにうなずいた。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

少しでも何かを感じて頂けたら評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
うーんw 自己責任の徒なので迷いなく見捨てるだろうから救助員には最も向かないタイプの自覚 登山なんかと一緒で自分の力が及ばない場所に行くのは自殺志願と変わらないと思ってしまう もちろん個人の嗜好です
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ