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元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です ~平凡スキル《索敵》を極めたおじさん~  作者: アカメノコバチ


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第19話 助ける人も、助けを呼んでいい

午後四時四十三分。


 奥多摩第一ダンジョン、第五階層。


「誰か、手を貸してください!」


 第六階層へ続く通路から、三人の探索者が現れた。


 二人が、血まみれの男性を両側から支えている。


 第五階層の退避所にいた管理員たちが、すぐに駆け寄った。


「こちらへ寝かせてください!」


 三人は負傷した男性を簡易ベッドへ横たえる。


 男性の脇腹には、厚く巻かれた布が押し当てられていた。


 傷口からの出血はほとんど止まっている。


 だが、顔は青ざめ、呼吸も浅い。


「何があったんですか?」


「第七階層で《黒牙犬》に襲われました」


 答えたのは、パーティーリーダーの石原大輔だった。


「脇腹をやられました。治癒魔法で傷は塞いであります。でも、早く地上へ運ばないと」


 管理員が負傷者の状態を確認する。


「四人パーティーで入場していますよね」


 石原の表情が止まった。


 管理員は、退避所へ入ってきた三人を見回す。


「もう一人は?」


 負傷した高橋啓介が、薄く目を開けた。


「宮本は……?」


 石原が、第六階層へ続く通路を振り返る。


 そこには誰もいない。


「まだ戻ってきてない」


「どこにいるんですか?」


「第七階層です」


 管理員の顔色が変わった。


「一人で残したんですか?」


「違う。あいつが先に行けって言ったんです」


 石原は拳を握った。


「高橋の傷を治したあと、少し休めば追いつくって」


「何分前ですか?」


「一時間くらいです」


「そんなに……」


「俺が残るって言ったんです。でも、宮本が高橋を先に運べって」


 高橋が身体を起こそうとする。


「迎えに行く」


「動かないでください!」


 管理員が肩を押さえた。


「今の状態で戻るのは無理です」


「でも、あいつは俺を治して――」


 管理員は壁際の非常用通信機へ走った。


「救助管理所へ連絡します」


 ◇


 黒瀬慎吾と白石ひなたが退避所へ到着したとき、高橋は地上へ運ぶための担架に乗せられていた。


 石原が二人へ駆け寄る。


「宮本を助けてください」


「最後に見た場所は?」


 黒瀬が尋ねた。


「第七階層へ入って、最初の分岐を右です。崩れた岩柱の近くで襲われました」


「宮本さんは怪我をしてた?」


「見える傷はありませんでした」


「最後に歩いているところは見た?」


 石原は答えられなかった。


「座ったままだったんだね」


「……はい」


 宮本は、高橋の脇腹へ両手を当てて治癒魔法を使い続けた。


 傷口が塞がったときには、顔から血の気が失われていた。


 岩壁にもたれ、立ち上がろうともしなかった。


 それでも、


「少し休めば歩けます」


 そう言って、石原たちを先に行かせた。


「俺が残るべきでした」


 石原が言った。


「高橋さんを早く運ぶ必要もあったんでしょう」


 黒瀬は責めなかった。


「でも、宮本は俺たちの仲間です」


「うん」


 黒瀬は第六階層へ続く通路を見る。


「だから今度は、俺たちが迎えに行くよ」


 ◇


 黒瀬と白石は第六階層を抜け、第七階層へ入った。


 整備された低層とは違い、足元には砕けた岩が多い。


 壁にも新しい亀裂が走っている。


 白石が黒瀬の隣を歩く。


「怪我をしていなくても、歩けなくなることがあるんですか?」


「治癒魔法を使いすぎればね」


「魔力切れですか?」


「たぶん」


 傷が深いほど、治療に必要な魔力も増える。


 限界を超えて使えば、めまいや寒気だけでは済まない。


 手足に力が入らなくなり、意識を失うこともある。


「自分では、少し休めば動けると思ったのかもしれないね」


「でも、時間がたっても戻れなかった」


「うん」


 白石は唇を結んだ。


「治癒術師は、自分の魔力切れも治せるんですか?」


「それができたら、魔力は減らないよ」


「そうですよね」


 二人は石原から聞いた分岐を右へ進んだ。


 ほどなくして、岩柱の近くに血の跡が見つかった。


 地面には、使い終えた包帯と空になった回復薬の容器が落ちている。


「ここですね」


 白石が周囲を見回す。


「宮本さんはいません」


 黒瀬は目を閉じた。


 《索敵》。


 岩陰を動く小型魔物。


 遠くを這う虫型の反応。


 少し離れた場所を移動する、《黒牙犬》の群れ。


 そして、岩場の奥。


 ほとんど動かない、人間の反応が一つあった。


「いた」


「どちらですか?」


「向こう。三十メートルくらい」


 黒瀬は別の方向へ顔を向けた。


「黒牙犬もいるね」


「何頭ですか?」


「五頭」


 群れは、宮本のいる方向へ近づいていた。


「急ごう」


「はい」


 ◇


 宮本悠真は、岩壁のくぼみに身体を押し込むようにして倒れていた。


 少しでも第五階層へ近づこうとしたのだろう。


 地面には、膝を引きずった跡が残っている。


「宮本さん」


 黒瀬がしゃがむ。


「聞こえる?」


 宮本がゆっくり目を開けた。


「……救助管理所?」


「うん。迎えに来たよ」


 宮本は黒瀬の顔を見たあと、周囲へ目を向ける。


「高橋さんは?」


「第五階層まで戻ってる」


「傷は……」


「地上へ運ぶ準備をしてる。宮本さんが治してくれたから、出血も止まってるよ」


 宮本の身体から力が抜けた。


「よかった……」


 そのまま目を閉じようとする。


 黒瀬が肩へ手を置いた。


「寝るのは地上へ戻ってからにしよう」


「少し休めば……歩けます」


「それ、さっきも言ってたんでしょう」


 白石が宮本の前へしゃがんだ。


 宮本は返事をしなかった。


「手を動かせますか?」


 白石が尋ねる。


 宮本は右手を持ち上げようとした。


 指先がわずかに動いただけだった。


「歩くのは無理ですね」


「でも……」


「私が背負います」


 白石が背負い帯を準備する。


 宮本は弱く首を振った。


「人を治す側なのに……運ばれて帰るなんて」


 黒瀬が尋ねる。


「治癒術師は、救助されちゃいけないの?」


「そういうわけじゃ……」


「なら、今日は助けられる側でいいよ」


 宮本は何も言えなかった。


 白石が宮本の腕を自分の肩へ回し、ゆっくり背負い上げる。


「軽いですね」


「白石さんが言うと、誰でも軽く聞こえるな」


「そういう意味ではありません」


 宮本が、かすかに笑った。


 そのとき、黒瀬が通路の奥へ顔を向ける。


「来たね」


 岩を踏む音が聞こえた。


 灰色の体毛に、黒く長い牙。


 五頭の《黒牙犬》が、岩陰から姿を現した。


 群れの視線が、白石に背負われた宮本へ向く。


「白石さん。そのまま戻って」


「黒瀬さんは?」


「すぐ追いつくよ」


 白石は一瞬迷ったが、うなずいた。


「分かりました」


 白石が宮本を背負い、来た道を進む。


 一頭の黒牙犬が、白石を追おうと地面を蹴った。


 黒瀬が進路へ入る。


 救助用ナイフを抜き、飛びかかってきた顎の下を斬った。


 黒牙犬が地面へ落ちる。


 二頭目が横から黒瀬の腕を狙う。


 黒瀬は半歩下がって牙を避け、前脚を切った。


 体勢を崩したところを、岩壁へ蹴り飛ばす。


 残る三頭が距離を取った。


 一頭が背後へ回り込む。


 黒瀬は振り返らない。


 《索敵》で動きは分かっていた。


 飛びかかる直前に身体をずらし、首元へナイフを滑らせる。


 黒牙犬が崩れ落ちた。


 先頭の三頭を失い、残った二頭が後退する。


 黒瀬は追わなかった。


 ナイフの血を払い、白石たちの後を追った。


 ◇


「黒瀬さん」


 白石が振り返る。


「怪我は?」


「ないよ」


 白石の背中で、宮本が目を開けた。


「黒牙犬は……」


「もう来ないと思う」


「俺のせいで、戦わせて……」


「宮本さん、関係ないよ。第七階層なら魔物はいる」


 黒瀬は白石の隣を歩く。


 宮本が目を閉じる。


「格好悪いですね」


「何が?」


「人を助ける仕事なのに、自分では歩けなくなって」


「高橋さんを助けたことは変わらないよ」


「でも、俺が残ったせいで、救助隊まで来ることになった」


 黒瀬は足元の岩を避けながら答える。


「高橋さんを助けても、宮本さんが帰れなかったら、仲間は安心できないよ」


 宮本が目を開ける。


「助ける側も、自分が帰るところまでが仕事だと思うよ」


「自分のために、魔力を残せってことですか?」


「それもあるけど」


 黒瀬は少し考える。


「全部を一人で背負わなくていいってことかな」


「でも、あの場で治療を止めていたら、高橋さんは――」


「治療を止めろとは言ってないよ」


 黒瀬が答えた。


「足りなくなりそうなら、仲間に言う。動けなくなる前に、一人残らない方法を考える」


「……はい」


 宮本はしばらく黙っていた。


 白石の背中で、ゆっくりとうなずく。


「次は、ちゃんと言います」


「うん」


「動けないって」


「動けなくなる前の方がいいね」


「……そうですね」


 ◇


 第五階層の退避所へ戻る。


「宮本!」


 担架の上にいた高橋が上半身を起こそうとした。


 管理員が肩を押さえる。


「動かないでください!」


 白石が宮本を長椅子へ下ろす。


 高橋は青ざめた顔で、宮本を見る。


「どうして一人で残ったんだ」


「高橋さんを、早く運ばないといけなかったからです」


「だからって、あんたが帰ってこなかったら……」


 高橋は言葉を詰まらせた。


「俺だけ助かってよかったってことにはならないだろ」


 宮本は何も言えない。


 石原が宮本の前へ立った。


「置いていって悪かった」


「俺が行けって言ったんです」


 石原は宮本の肩へ手を置く。


「四人で入ったなら、四人で帰ろう」


 宮本は石原を見上げた。


「でも、高橋さんみたいに急いで運ばないといけない人がいたら」


「そのときは、一人で残る以外の方法を考える」


 石原が答える。


「俺たちは四人でパーティーを組んでるんだ。治療だけしてもらうためじゃない」


 宮本がうつむく。


「すみません」


 高橋が言った。


「今は一緒に帰ろう」


 ◇


 地上で診察を受けた宮本は、重度の魔力枯渇と診断された。


 数日間は治癒魔法の使用を禁止され、安静にするよう言い渡される。


 高橋も追加の治療を受けたが、命に別状はなかった。


 救護所から出てきた宮本は、廊下で待っていた黒瀬を見つけた。


「黒瀬さん」


「具合は?」


「まだ少し身体に力が入りません。でも、休めば大丈夫だそうです」


「よかった」


「次からは、魔力の残りに気をつけます」


「それだけじゃないよ」


 宮本が首をかしげる。


「足りなくなったら、ちゃんと助けを呼んでね」


 黒瀬は少し笑った。


「助ける人も、助けを呼んでいいんだから」


 宮本は一度うつむき、顔を上げた。


「はい」



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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