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元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です ~平凡スキル《索敵》を極めたおじさん~  作者: アカメノコバチ


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18/24

第18話 帰ったことになっていた人

 午後七時十五分。


 奥多摩第一ダンジョン、第四階層。


『最終見学ツアーの退場を確認しました』


 黒瀬慎吾の端末から、管制員の声が聞こえる。


『設備会社の作業員三名も退場済みです。現在、第四階層に残っているのは救助管理所の二名だけです』


「了解。こっちも異常なし」


 黒瀬が通信を切る。


 隣では、坂井が壁際の非常灯を確認していた。


「点滅も止まりました。さっきの接触不良で間違いなさそうです」


「じゃあ、帰ろうか」


「はい」


 二人は地上へ続く通路へ向かって歩き始めた。


 第四階層は、魔法植物の見学区画として一般に開放されている。


 昼間は発光花や、触れると葉を閉じる植物を目当てに、多くの見学客が訪れる。


 だが、一般開放が終わったあとの通路は静かだった。


 案内灯は夜間用へ切り替わり、柵の向こうにある植物の淡い光だけが、薄暗い通路を照らしている。


 坂井が肩を回した。


「今日はこれで終わりですかね」


「たぶんね」


「田所さん、先に休憩室で飯を食べてるそうですよ」


「急がないと、俺たちの分まで食べられるな」


「田所さん、そこまではしませんよ」


 二人が見学路の出口へ近づいたところで、黒瀬が足を止めた。


 坂井が数歩先で振り返る。


「黒瀬さん?」


 黒瀬は左手にある扉を見た。


 扉の先は、設備作業員以外立入禁止の保守区画だった。


「坂井」


「はい」


「まだ一人いる」


 坂井が扉へ目を向ける。


「人がですか?」


「うん」


「でも、管制では全員退場済みだと」


「そう言ってたね」


 黒瀬は目を閉じ、意識を扉の向こうへ広げた。


 《索敵》。


 近くにいる坂井の反応。


 少し離れた場所で閉鎖作業をしている管理員たち。


 柵の向こうを動く小型の魔物。


 そして、保守区画の奥。


 弱い反応が一つだけあった。


 ほとんど動いていない。


「やっぱりいるよ」


 坂井が端末を取り出す。


「管制に確認します」


 ◇


『設備会社から入った作業員は三名です』


 管制員が記録を読み上げる。


『森下勇一さん、佐野和也さん、田辺雅人さん。三名とも午後六時五十二分に退場処理されています』


「監視映像は?」


『確認します』


 しばらくして、管制員が答えた。


『午後六時四十八分、作業員二名が資材を持って地上へ向かっています。

佐野さんと田辺さんです』


「森下さんは?」


『映像には映っていません。ただ、入場証は退場処理されています』


 坂井が黒瀬を見る。


「入場証だけ帰ってるってことですか」


「みたいだね」


『小型魔物の反応ではありませんか?』


 管制員が尋ねる。


 黒瀬はもう一度《索敵》を使った。


 反応は弱い。


 だが、小型魔物とは大きさも動き方も違う。


「人だと思う」


『保守区画のどの辺りですか?』


「通常の点検路より奥。少し下だね」


『その先には、現在使われていない旧換気通路があります』


「扉を開けて」


『遠隔操作します』


 扉の上にある表示灯が赤から黄色へ変わる。


 内部で錠が動く音がした。


 だが、扉は開かなかった。


「換気異常の表示が出ています」


 坂井が扉横の操作盤を見る。


『保護装置が作動しています。強制解除すると、保守区画の換気が完全に停止する可能性があります』


 第四階層の魔法植物は、微量の胞子を放っている。


 通常は換気設備によって濃度が管理されているため、人体に影響はない。


 だが、閉ざされた通路で長時間吸い続ければ、せきや目の痛み、意識の低下を起こす可能性があった。


 黒瀬は扉の奥へ意識を向ける。


 先ほどより、反応が弱くなっている。


「開けよう」


『黒瀬さん、換気が止まります』


「中にいる人の反応が落ちてる」


 管制員が一瞬黙る。


『……強制解除を許可します。防護マスクを装着してください』


「了解」


 黒瀬と坂井は防護マスクを着けた。


『解除します』


 警告音が鳴り、扉の錠が外れる。


 黒瀬が扉を開けると、湿った空気が流れ出してきた。


「行こう」


「はい」


 二人は保守通路へ入った。


 ◇


 通路の照明は半分以上消えていた。


 坂井が携帯灯で足元を照らす。


 壁沿いには太い配管が走り、その隙間から植物の根が伸びている。


「森下さん!」


 坂井が呼びかけた。


 返事はない。


 通路は途中で二つに分かれていた。


「図面では、右が送風機室です。左は旧点検路で、途中までしか載っていません」


 黒瀬は《索敵》を使う。


「左だね」


「距離は?」


「まだ少し先。ここより下にいる」


 二人は左の通路へ進んだ。


 奥へ進むほど、空気が重くなる。


 防護マスク越しでも、植物の青臭い匂いが分かった。


 床には、使われなくなった工具箱や資材が残されている。


 坂井が足元を見ながら言う。


「誰かが最近通った跡があります」


 埃の上に、一人分の靴跡が残っていた。


「森下さんだろうね」


 二人は靴跡と生命反応を追って進む。


 やがて、前方に壊れた携帯灯が見えた。


 その奥。


 壁際に人影があった。


「森下さん!」


 坂井が駆け寄ろうとする。


「待って」


 黒瀬が止めた。


 天井から外れた金属架台が、壁へ斜めに倒れかかっている。


 その間に、一人の男性が座り込むような姿勢で挟まれていた。


 左肩と上腕が架台と壁の間から抜けなくなっている。


 黒瀬は周囲を確認してから近づいた。


「森下さん、聞こえる?」


 男性のまぶたがゆっくり動く。


「……誰だ」


「救助管理所の黒瀬です」


「救助……?」


「うん。迎えに来たよ」


 森下勇一は、苦しそうに息を吐いた。


「どうして……分かったんですか」


「まだ一人いたからね」


 ◇


 坂井が森下へ新しい防護マスクを着ける。


 森下は六十二歳。


 顔色は悪く、呼吸も浅い。


 左肩と上腕には金属架台が食い込んでいる。


「指は動かせますか?」


 坂井が尋ねる。


 森下が左手の指をわずかに動かした。


「感覚は?」


「あります」


 森下の通信端末は、数メートル離れた場所に落ちていた。


 画面が割れ、電源も入らない。


「これを上げれば、腕は抜けます」


 森下が架台を見る。


「そのままは上げられないね」


 黒瀬が答えた。


 架台の上には、外れかけた換気ダクトが引っかかっていた。


 架台を持ち上げれば、ダクトが森下の頭や胸へ落ちる可能性がある。


「先に上を固定しよう」


 坂井が救助用ロープを回し、ダクトを天井の金具へ固定する。


 その間も、森下は換気設備の奥を気にしていた。


「送風機も……止まっているはずです」


「今は話さなくていいよ」


「明日の見学開始までに、直さないと」


「今日はもう作業しなくていい」


「腕を抜いたあとなら――」


「森下さん」


 黒瀬が遮った。


「左腕が動かない人に、修理はさせられないよ」


 森下は目を閉じた。


「少し異音がしたんです」


「換気設備から?」


「はい。すぐに戻るつもりでした」


「誰かに言った?」


 森下は首を横に振る。


「佐野たちは、もう作業を終えていました」


「それで一人で来たんだね」


「すぐ終わると思ったんです」


 森下は壁に頭を預けた。


「架台が落ちて、端末も壊れました」


「うん」


「誰も来ないと思ってました」


「どうして?」


「記録じゃ、俺はもう帰っているはずです」


 黒瀬は森下を見る。


「そうみたいだね」


 森下が小さく笑った。


「なら、よく見つけましたね」


「記録上は帰ってても、森下さんは帰ってなかったからね」


「黒瀬さん、固定できました」


 坂井が言った。


「じゃあ、架台を少しだけ浮かせよう」


 救助用の小型ジャッキを差し込み、森下の腕が挟まれている側だけを持ち上げる。


「全部は上げない。腕が抜ける分だけでいい」


「分かりました」


 坂井がゆっくりジャッキを上げた。


 金属がきしみ、森下の左肩と架台の間に隙間ができる。


「森下さん、今から抜くよ。力を抜いて」


 黒瀬が左腕を支え、坂井が身体を引き寄せる。


 森下が痛みに顔をゆがめた。


「あと少し」


 肩が架台から抜ける。


 二人は森下を安全な場所へ移動させた。


 左肩と上腕は強く腫れているが、指先は動いている。


「骨折してる可能性はあるね」


「送風機は……」


「それはあとで話そう」


 黒瀬は森下の左腕を固定した。


「今は森下さんが帰る番だよ」


 ◇


 森下を簡易担架へ乗せ、二人は保守通路を引き返した。


 坂井が前を持ち、黒瀬が後ろを持つ。


 しばらく進んだところで、森下が口を開いた。


「俺たちの仕事は、誰にも気づかれない方がいいんです」


「設備の仕事?」


「はい」


 森下は天井を見たまま続ける。


「照明がついて、換気が動いて、水が流れていれば、誰も設備のことなんて考えません」


「そうだね」


「呼ばれるのは、壊れたときだけです」


 森下が小さく息を吐く。


「それでいいと思ってました」


 黒瀬は足元を確かめながら、担架を運ぶ。


「誰にも気づかれないように、何も起こさず終わらせる。それが俺たちの仕事です」


「うん」


「でも、自分まで気づかれないとは思いませんでした」


 森下が苦笑する。


 黒瀬は少し間を置いてから答えた。


「設備がちゃんと動いていれば、森下さんの仕事に気づかない人もいると思う」


「はい」


「でも、森下さんが帰ってないことまで、見過ごしていいわけじゃないよ」


 森下は目を閉じたまま、小さくうなずいた。


「そうですね」


 ◇


 地上では、一人の男性が救護所の前で待っていた。


 作業服を着た佐野和也だった。


 担架で運ばれてくる森下の姿を見ると、顔を青ざめさせる。


「森下さん!」


 佐野が駆け寄った。


「本当にすみません!」


「佐野……」


「森下さんの入場証、俺が退場処理しました」


 森下は左腕を固定されたまま、佐野を見る。


「どうしてだ?」


「作業中に預かったままだったんです。

森下さんが別の通路から先に戻ったと思って……」


 佐野は深く頭を下げる。


「田辺さんと地上へ戻ったとき、三枚まとめて通しました」


「顔も見ずにか」


「はい……」


「俺も、予定外の点検へ行くことを誰にも言わなかった」


「でも――」


「どっちも確認しなかった」


 森下は一度せきをした。


「次からは、カードじゃなくて顔を見てから帰ったことにしよう」


「はい。本当にすみませんでした」


 佐野は何度もうなずいた。


「換気設備は?」


 森下が尋ねる。


「明日の見学開始は遅らせます。全部点検することになりました」


「俺が戻ったら――」


「森下さんが戻るまでに、俺たちで調べます」


 佐野が言った。


「森下さんに教わった手順でやります」


 森下は口を開きかけた。


 だが、佐野の顔を見て言葉を止める。


「分かった」


 佐野が驚いたように顔を上げた。


「任せる」


「はい」


 森下を乗せた担架が、救護所の中へ運ばれていった。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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