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元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です ~平凡スキル《索敵》を極めたおじさん~  作者: アカメノコバチ


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第16話 食べた人だけ

 午後九時五十六分。


 奥多摩第一ダンジョン、第十階層。


「うっ……」


 十層野営地の中央で、一人の男性探索者が腹を押さえてしゃがみ込んだ。


「どうした?」


 仲間が駆け寄った直後、男性は床へ吐いた。


 周囲で休んでいた探索者たちが振り返る。


「食べすぎたんじゃないか?」


「違う……急に、腹が……」


 男性は額に汗を浮かべ、身体を丸めた。


 そのとき、少し離れた長椅子から女性の声が上がった。


「誰か……来て……!」


 女性も腹を押さえ、床へ倒れ込んでいる。


「こっちもです!」


「水を持ってきて!」


 仲間が駆け寄る。


 異変は、それで終わらなかった。


 三人目。


 四人目。


 野営地のあちこちで、探索者たちが吐き気や腹痛を訴え始める。


 第十階層には、十一階層より先を目指す探索者たちが休息や野営に使う広い区画があった。


 通称、《十層野営地》。


 魔物が入り込みにくい岩壁に囲まれ、管理所が設置した簡易照明や通信機、水場が置かれている。


 その夜は六つのパーティー、十七人の探索者が滞在していた。


「水が汚染されてるんじゃないか?」


「俺も同じ水を飲んだぞ。何ともない」


「毒を持った魔物が入ったんじゃないのか?」


「空気かもしれない。ここから出た方がいい!」


「勝手に動くな! 外の方が危険だ!」


 野営地が混乱する。


 無事だった探索者の一人が、壁際の非常用通信機へ走った。


『こちら十層野営地! 複数人が急に倒れました!』


 男性の声が震えている。


『原因は分かりません! 毒かもしれません!』


 ◇


 午後十時十四分。


『症状が出ているのは九人です』


 管制員の声が、黒瀬慎吾の端末から聞こえる。


 その日、夜勤だった黒瀬、田所、坂井、白石ひなたは、第十階層へ続く通路を急いでいた。


 後方からも、複数の救助班が向かっている。


「意識は?」


『二人は呼びかけへの反応が弱くなっています。

ほかの七人は会話できますが、嘔吐や腹痛を繰り返しています』


「同じパーティー?」


『いいえ。複数のパーティーに分かれています』


「分かった。担架を追加で準備して」


『すでに地上側から搬送を始めています』


 通信が切れる。


 白石が黒瀬を見る。


「九人が一度に倒れたなら、同じ毒でしょうか」


「同じ原因はあると思うよ」


「野営地全体が危険なんですか?」


「それなら、もっと多くの人に症状が出てもおかしくないね」


 同じ場所に十七人いた。


 だが、倒れたのは九人だけだ。


「倒れた人と、倒れていない人の違いを探すんですね」


「うん」


 四人は速度を上げた。


 ◇


「救助管理所です!」


 夜中、十層野営地へ到着した黒瀬が、全体へ声をかける。


「動ける人は、中央の照明の下へ集まって。具合が悪い人は無理に立たせなくていいよ」


「ここに毒があるかもしれないんです!」


 一人の探索者が叫んだ。


「外へ出た方がいいんじゃないですか?」


「原因を確認する。それまでは、勝手に野営地から出ないで」


 体調の悪い者が第十階層の通路へ散らばれば、さらに危険になる。


 田所は床に横たわる男性のそばへしゃがんだ。


 坂井は人数を確認し、管制へ報告する。


 白石は一人ずつ名前と症状を聞いて回った。


「お名前を言えますか?」


「小西……美咲です」


「聞こえますか、小西さん」


「はい……」


 返事はある。


 だが、声が弱い。


 小西は横向きに倒れたまま、目を開けていられなくなっていた。


「黒瀬さん」


 白石が呼ぶ。


「小西さんの反応が鈍いです」


 黒瀬がすぐに駆け寄る。


「小西さん、聞こえる?」


「……はい」


「今日は何時頃から具合が悪い?」


 小西は口を動かしたが、声が出なかった。


「この人を最優先で運ぼう」


 黒瀬が言う。


 田所も、別の男性を確認していた。


「黒瀬、こっちも立たせられない。吐き続けてる」


「その二人が先だね」


 大きな声で痛みを訴える者だけが、重症とは限らない。


 反応が弱く、声を出せなくなっている者の方が危険だった。


 重い症状が二人。


 支えがなければ歩けない者が三人。


 自力で歩ける者が四人。


 黒瀬たちは、九人を状態によって分けていった。


 ◇


「水が原因ですよ!」


 症状の軽い探索者が言った。


「この水場、昨日までは大丈夫だったんですか?」


「今日、水場の水を飲んだ人は?」


 黒瀬が尋ねる。


 ほとんどの探索者が手を上げた。


 倒れていない者も、同じ水を飲んでいる。


「夕食は?」


「俺たちは携帯食です」


「こっちは鍋を作りました」


「私はパンだけです」


 食べたものは、パーティーごとに違う。


 倒れた九人も、同じ食事を取っていたわけではなかった。


 白石が黒瀬のそばへ来る。


「具合の悪い人に、今日食べた物を聞きますか?」


「先に、元気な人へ聞こう」


「元気な人にですか?」


「倒れた人が食べた物より、元気な人が食べなかった物を探した方が早いからね」


 黒瀬は症状の出ていない八人を集めた。


「今日、ほかのパーティーから何かもらった人はいる?」


「水なら少し分けてもらいました」


「回復薬を交換しました」


「食べ物は?」


 探索者たちは顔を見合わせる。


 すぐには誰も答えなかった。


 そのとき、一人の男性が、野営地の端に置かれた保存容器を指した。


「そういえば、焼き菓子を配ってた人がいました」


「焼き菓子?」


「カスタードを挟んだ、小さいやつです」


 黒瀬が保存容器へ近づく。


 中には、焼き菓子が二つだけ残っていた。


「あなたは食べた?」


「いえ。甘いものは苦手なので」


「食べなかった人は?」


 症状の出ていない者へ確認する。


 八人全員が、焼き菓子を食べていなかった。


 黒瀬は、具合の悪い者たちを一人ずつ確認する。


 一人目。


 二人目。


 三人目。


 症状の出た九人全員が、同じ焼き菓子を口にしていた。


「休憩所の空気じゃない」


 黒瀬が言った。


「食べた人だけだね」


 その言葉を聞き、壁際に座っていた男性の顔色が変わった。


 腹部を押さえ、額に汗を浮かべている。


「それ……俺が配りました」


 周囲の探索者たちが男性を見る。


「名前は?」


「藤田です」


 症状の軽い探索者が声を荒らげる。


「何を入れたんだよ!」


「何も入れてません!」


「だったら、何で食べた人間だけ倒れてるんだ!」


「普通の材料です。カスタードも、家で作った物で……」


「どうやって持ってきたんですか?」


 白石が尋ねた。


「保冷袋に入れてきました」


 藤田の声が止まる。


 黒瀬が尋ねる。


「途中で何かあった?」


「第八階層で魔物に追われて、袋を岩にぶつけました」


「中は確認した?」


「保冷剤が割れてました」


 藤田は床を見る。


「でも、見た目も匂いも変わってなかったから……大丈夫だと思ったんです」


 周囲が静かになる。


 藤田は両手を床についた。


「俺のせいです」


 黒瀬は否定しなかった。


「藤田さん。焼き菓子を配ったのは何時頃?」


「七時前です」


「誰に渡したか覚えてる?」


「はい……たぶん」


「教えて」


「でも、俺のせいで――」


「その話は地上でできるよ」


 黒瀬は藤田の前へしゃがんだ。


「今は、食べた人を全員確認したい」


 藤田は顔を上げた。


 そして、焼き菓子を渡した相手を一人ずつ指した。


 その中には、まだ自分で歩ける探索者もいた。


「この人も食べてるね」


 黒瀬が白石へ言う。


「今は軽くても、途中で悪くなるかもしれない。状態を見ておいて」


「分かりました」


 藤田が覚えていたことで、焼き菓子を食べた九人全員を把握できた。


 ◇


 追加の救助班が到着する。


 二台の担架が広げられた。


 意識の弱い小西と、嘔吐を繰り返している男性を最初に運ぶ。


 田所と坂井が小西を担架へ乗せる。


 もう一台の担架が、藤田の前で止まった。


「次は藤田さんです」


 救助員が声をかける。


 藤田は首を振った。


「俺は最後でいいです」


「立てませんよね?」


「俺が食べさせたんです」


 藤田は周囲に横たわる探索者たちを見る。


「先に、ほかの人を運んでください」


「藤田さんも状態が悪いです」


 白石が言った。


「先に助けてもらう資格なんてありません」


 黒瀬が藤田の前へしゃがむ。


「運ぶ順番は、悪いと思っている順じゃないよ」


「でも、俺のせいで九人も……」


「責任があるかどうかと、治療が必要かどうかは別だよ」


「俺は……」


「地上へ帰らないと、謝ることもできないでしょう」


 藤田は何も言えなくなる。


「今は帰ろう」


 黒瀬の言葉に、藤田はゆっくりとうなずいた。


 ◇


 九人全員を、一度に地上まで運ぶことはできなかった。


 重症者は担架へ乗せる。


 自力で歩けない者は、救助員が身体を支える。


 症状の軽い者は、無事な探索者に付き添われて歩く。


 荷物は、症状の出ていない者たちがまとめて持った。


「第八階層で、次の救助班へ引き継ぐよ」


 黒瀬が全員へ伝える。


「苦しくなったら、我慢せずすぐに言って」


 十層野営地を出発する。


 白石は列の中を行き来しながら、歩いている探索者たちの状態を確認していた。


 その途中、最後尾にいた男性が急に足を止めた。


「大丈夫ですか?」


「少し……目が回って……」


 先ほどまで自力で歩けていた探索者だった。


 白石が腕を支える。


「黒瀬さん、この人の状態が悪くなっています」


 黒瀬が列を止める。


 担架に乗っている藤田と、悪化した男性の状態を確認した。


「藤田さん、少しだけ歩ける?」


「歩きます」


 藤田がすぐに身体を起こそうとする。


「無理はしないで。両側から支えるよ」


 救助員二人が藤田を支え、悪化した男性を担架へ乗せる。


 最初に決めた順番へ固執せず、状態が変われば入れ替える。


 複数の救助班が階層ごとに引き継ぎ、九人は順番に地上へ運ばれた。


 ◇


 翌日。


 検査の結果、九人の症状は、藤田が配った焼き菓子による食中毒の可能性が高いと判断された。


 カスタードが傷んでいた。


 幸い、全員が治療を受け、命に別状はなかった。


 救護所の廊下で、藤田は焼き菓子を渡した探索者たちへ頭を下げていた。


「本当に、すみませんでした」


 怒りを抑えられない者もいる。


「もう二度と、手作りの物なんて配らないでください」


「はい」


 藤田は反論しなかった。


 黒瀬も、


「悪くないよ」


 とは言わなかった。


 保冷剤が壊れた食品を、大丈夫だと判断して配った。


 その判断に責任がないとは言えない。


 全員への謝罪を終えたあと、藤田は救護所の外にある長椅子へ座った。


 黒瀬がその隣に立つ。


「まだ具合が悪い?」


「いえ」


 藤田は両手を見つめた。


「あの焼き菓子、妻と娘が作ってくれたんです」


「うん」


「深層へ行く探索者たちに配るって話したら、たくさん作ってくれて」


 藤田は小さく息を吐く。


「前に、深層で食料を落としたことがあるんです」


「そうなんだ」


「地上へ戻る分までなくなって、困ってたら、知らない探索者が自分の食料を分けてくれました」


 藤田はうつむいた。


「名前も聞いてません。でも、あの人が食べ物をくれなかったら、俺は帰れなかったかもしれない」


「それで、今度は自分が配ろうと思ったんだね」


「はい」


 藤田は膝の上で手を握った。


「もう、誰にも何も渡さない方がいいですよね」


 黒瀬は少し考えた。


「持ってき方は間違ってたね」


「……はい」


「保冷剤が壊れた時点で、配るのはやめた方がよかった」


 藤田の表情が沈む。


 黒瀬は続けた。


「でも、食べ物を分けてもらって助かったことまで、間違いにしなくていいんじゃないかな」


 藤田が顔を上げる。


「やり方を間違えたなら、次はやり方を変えればいいよ」


 藤田はしばらく何も言わなかった。


 やがて、小さくうなずいた。


 ◇


 三週間後。


 十層野営地の壁に、新しい注意書きが貼られていた。


 ――個人が調理した食品を、不特定の探索者へ配布しないでください。


 深層探索へ復帰した藤田は、野営地の管理担当者の前に立っていた。


 手には、市販のエネルギーバーが入った箱を持っている。


「全部未開封です。期限も切れてません」


「冷蔵も必要ありませんね」


「はい」


「これなら、共有棚へ置いて大丈夫です」


「ありがとうございます」


 藤田が箱を共有棚へ置く。


 少し離れた場所に、以前食中毒になった男性探索者がいた。


 藤田はその姿に気づき、気まずそうに目をそらした。


 男性は共有棚の箱を見る。


「それ、市販のやつですか?」


「はい」


「未開封?」


「はい」


 男性は箱から一本を取った。


「じゃあ、一つもらいます」


 藤田が顔を上げる。


「いいんですか?」


「腹が減ってるんで」


 男性は包装を確認し、エネルギーバーを鞄へ入れた。


「今度は、地上へ帰るときに食べます」


「……ありがとうございます」


「礼を言うのは、もらった方でしょう」


 男性はそう言い残し、仲間のもとへ戻っていった。


 野営地の入口で、白石がその様子を見ていた。


「また食べ物を置くんですね」


 隣にいた黒瀬が答える。


「勝手には配ってないよ」


「管理担当者へ確認していましたね」


「うん」


 黒瀬は共有棚に置かれた箱を見る。


「やり方を間違えたなら、やり方を変えればいいからね」



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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