第13話 人生を変える石
午後五時十二分。
奥多摩第一ダンジョン、第一階層。
「すごい人ですね」
白石ひなたが、換金所の前にできた人だかりを見る。
普段から探索者でにぎわう場所ではあるが、今日はいつも以上だった。
若い探索者たちが換金所の中をのぞき込み、何人かはスマホを掲げて撮影している。
「何か大物が出たみたいだな」
坂井が言った。
黒瀬慎吾たちは、第四階層で負傷した探索者を救助し、地上へ戻ってきたところだった。
黒瀬と田所が担架を運び、白石と坂井がその両側を歩いている。
担架に乗っているのは、二十八歳の探索者だった。
意識はある。
だが、左脚は固定され、探索服の脇腹には血がにじんでいた。
「少しだけ止まってもらえますか」
救護所の職員が、人だかりを避ける経路を確認する。
その間に、換金所の奥から大きな歓声が上がった。
「三億だ!」
「三億一千二百万!」
「一回の探索でかよ!」
白石が驚いて振り返る。
換金所の中央に、泥と傷だらけの四人組が立っていた。
全員、三十歳前後。
防具には爪痕やへこみが残り、一人は右腕を吊っている。
その前に置かれた運搬箱の中で、人の頭ほどもある鉱石が青白く輝いていた。
高純度の星脈鉱。
ダンジョンの深層で、ごくまれに発見される鉱石だった。
壁に設置された大型画面には、鑑定結果が表示されている。
――買い取り価格 三億一千二百万円。
四人組のリーダーらしい男性が、画面を見上げたまま動かない。
「本当に……三億ですか?」
鑑定担当者がうなずく。
「はい。これほど大きく、純度の高い星脈鉱はめったにありません」
「手数料とかを引いても?」
「かなりの金額が残ります」
四人は顔を見合わせた。
次の瞬間、一人が両手で顔を覆った。
「店を出せる……」
「店?」
「ずっと、自分の店を持ちたかったんだ」
別の男は、その場にしゃがみ込んだ。
「借金、全部返せる」
腕を吊った女性は、端末を握りしめている。
「母さんに電話していいですか?」
「もちろんです」
鑑定担当者が答える。
換金所の周囲から拍手が起こった。
名前も知られていなかったB級探索者のパーティーが、一度の探索で人生を変える金額を手にした。
「十二階層で見つけたらしいぞ」
「俺たちも、もう少し級が上がれば行ける」
「三億あれば、何でもできるな」
若い探索者たちが興奮した声で話している。
担架の上にいた探索者が、わずかに顔を上げた。
「三億……」
「無理に動かないでください」
白石が声をかける。
探索者は大型画面を見たまま、乾いた笑いを漏らした。
「そりゃ、みんな潜るよな」
黒瀬は担架の前を持ったまま答える。
「そうだね」
「俺も、あれを見つけるつもりだったんです」
「うん」
「十二階層まで行けば、何かあるかもしれないって」
探索者は固定された左脚を見る。
「持って帰ってきたのは、これだけでしたけど」
「命も持って帰ってきたでしょう」
黒瀬が言った。
探索者は少しだけ笑った。
「それは、黒瀬さんたちが持って帰ってくれたんじゃないですか」
「じゃあ、落とさないように救護所まで運ぶよ」
黒瀬が歩き始める。
人だかりに気づいた探索者たちが、少しずつ道を空けた。
三億円の星脈鉱が置かれた換金台のすぐ横を、担架が通っていく。
歓声が静かになった。
星脈鉱を持ち帰った四人組も、黒瀬たちを見る。
担架の上の探索者は、壊れた防具を身につけたままだった。
左脚は動かない。
脇腹には血がにじんでいる。
それでも、意識はある。
黒瀬たちは人だかりの間を抜け、救護所へ入っていった。
◇
負傷した探索者を救護所へ引き渡し、黒瀬たちは換金所の前へ戻った。
人だかりはまだ消えていない。
三億円の星脈鉱を持ち帰った四人は、換金の手続きを続けていた。
白石が大型画面を見る。
「本当に、あれ一つで三億円になるんですね」
「高純度だからな」
田所が答える。
「あの大きさは、俺も見たことない」
四人組の一人が、仲間へ話している。
「俺は家を買う」
「まず借金を返してからだろ」
笑い声が上がる。
だが、腕を吊った女性だけは、先ほど担架が通った方を見ていた。
「私たちも、少し違ってたら、あっちだったよね」
仲間たちの笑いが止まる。
リーダーが星脈鉱を見る。
「ああ」
「もう深層には行かない?」
店を出すと言っていた男が尋ねる。
「俺は行かない」
借金を返すと言っていた男も答えた。
「俺も、これで十分だ」
だが、もう一人の男性は、青白く光る鉱石から目を離さなかった。
「十三階層より下には、もっと大きい物があるのかな」
「やめとけよ」
「いや、まだ行くと決めたわけじゃない」
そう答えながらも、その目はまだダンジョンの奥を見ているようだった。
白石は四人を見つめる。
「三億円を手に入れても、もっと深く行きたい人がいるんですね」
「いるだろうね」
黒瀬が答える。
「どうしてですか?」
「次は、もっと大きいものが見つかるかもしれないからじゃないかな」
「でも、今ので十分でしょう」
「十分かどうかは、その人が決めることだからね」
白石は納得できないような顔をした。
「黒瀬さんも、昔は星脈鉱を探していたんですか?」
「探してたよ」
「高い物を見つけたことも?」
「あるよ」
「いくらになったんですか?」
「正確には覚えてないけど、その年に働いて稼いだ金額より多かったかな」
白石が目を見開く。
「それを何に使ったんですか?」
「何に使ったんだっけ?」
「忘れちゃったんですか?信じられませんね」
「うん」
黒瀬は換金所へ集まる探索者たちを見る。
「いい装備を買えば、もっと深く行ける。深く行けば、もっと高い物が見つかるかもしれない」
「それを繰り返していたんですか?」
「最初の頃はね」
「怖くなかったんですか?」
「怖かったよ」
黒瀬はすぐに答えた。
「それでも行ったんですね」
「怖いのと、行きたいのは別だからね」
◇
翌朝。
奥多摩第一ダンジョンの入口は、普段より早い時間から混雑していた。
前日に三億円の星脈鉱が持ち込まれた話は、すでに多くの探索者へ広まっている。
第一階層の装備店では、採掘用のつるはしや深層用の防具が売れていた。
「これ、十一階層でも使えますか?」
「予備の回復薬もください」
「もっと軽い採掘道具はありませんか?」
若い探索者たちが次々と店員へ尋ねている。
黒瀬と白石は、入口近くの救助管理所からその様子を見ていた。
昨日、換金所で三億円の画面を撮影していたD級探索者たちもいる。
三人組の一人が、新しい防具を身につけていた。
「十層壁を越えたら、俺たちも星脈鉱を探そう」
「三億を見つけるまで、何年かかるんだよ」
「見つければ一日だろ」
三人は笑いながらダンジョンへ入っていく。
白石がその背中を見送る。
「昨日、担架で運ばれた人も見ていましたよね」
「見てたね」
「それでも、自分たちも深く行こうと思うんですね」
「三億円も見たからね」
白石は、ダンジョンの入口を見る。
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