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元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です ~平凡スキル《索敵》を極めたおじさん~  作者: アカメノコバチ


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11/25

第11話 置いていくもの

 午後一時二十六分。


 奥多摩第一ダンジョン、第九階層。


「黒瀬さん、こちらは交換できました」


 白石ひなたが脚立の上から声をかけた。


 壁に取り付けられた救難誘導灯が、淡い緑色の光を放っている。


「点滅は?」


「正常です」


「じゃあ、次は通信端末を確認しようか」


「はい」


 黒瀬慎吾は点検表へ印をつけた。


 今日は白石と二人で、第九階層に設置された救難設備の点検に来ていた。


 第十階層より深い場所で事故が起きた場合、救助隊が最初に立ち寄るのが、この退避所だった。


 担架。


 応急処置用品。


 飲料水。


 携帯用の通信端末。


 どれも使わずに済むのが一番だが、必要になったときに動かなければ意味がない。


 白石が脚立から下りたところで、黒瀬の端末が鳴った。


『黒瀬さん、聞こえますか』


「聞こえてるよ」


『第十一階層から救難信号です。三名の探索者が帰還困難と訴えています』


 白石が点検道具を置き、黒瀬のそばへ来る。


「負傷者は?」


『大きな外傷はないとのことです。ただし、三名とも体力と魔力を消耗し、自力での帰還が難しい状態です』


「現在地は?」


 黒瀬の端末へ、第十一階層の地図が送られてくる。


 救難信号は、北側の採掘区画付近から出ていた。


『周辺で複数の魔物反応が確認されています。

管理所から救助班を出すより、お二人の方が早く到着できます』


「分かった。俺たちが行くよ」


『お願いします』


 通信が切れる。


 白石は救助鞄を背負った。


「怪我はしていないんですよね」


「今のところはね」


「休めば、戻れないでしょうか」


「十一階層で長く休むのは危ないよ」


 黒瀬も点検道具をまとめる。


「帰れないなら、迎えに行く理由としては十分じゃないかな」


「はい」


 二人は退避所を出た。


 ◇


 第十階層を越え、第十一階層へ入る。


 岩壁には、青白い光を放つ細い筋がいくつも走っていた。


 白石が走りながら、その一つを見る。


「これが、十一階層より下で採れる鉱石ですか?」


「星脈鉱だね」


 ダンジョンの魔力を長い時間吸収して作られる鉱石。


 探索者用の武器や防具、魔導具の材料として使われる。


 純度の高いものなら、拳ほどの大きさでも高値で取引される。


「この辺りの物も売れるんですか?」


「売れないことはないけど、純度が低いね」


「見ただけで分かるんですか?」


「昔、よく見てたから」


 黒瀬は走りながら《索敵》を使った。


 前方に、三つの生命反応が集まっている。


 ほとんど動いていない。


 それとは別に、少し離れた場所を移動する反応が四つ。


 黒瀬は正面の通路から外れた。


「こっちだよ」


「救難信号は、まっすぐ先では?」


「途中に魔物がいる」


 白石は黒瀬のあとを追う。


 二人は細い岩場を抜け、別の通路へ入った。


 魔物との距離を保ったまま、三人の反応へ近づいていく。


 ◇


 三人は、岩壁のくぼみに座り込んでいた。


 近くには、小型の魔物の死骸が二体転がっている。


 黒瀬たちの姿に気づき、中央にいた青年が立とうとした。


「救助管理所です」


 黒瀬が声をかける。


「パーティーの代表は?」


「俺です。真壁亮介です」


 真壁は立ち上がりかけたが、膝に力が入らず、再び地面へ手をついた。


「すみません」


「そのままでいいよ」


 黒瀬は三人の前へしゃがんだ。


 真壁亮介、二十二歳。


 固有スキルは《身体強化》。


 その隣で剣を抱えている青年は、神谷蓮、二十一歳。固有スキルは《剣術》。


 岩壁へ背中を預けている女性は、吉岡紗良、二十歳。固有スキルは《索敵》。


 三人とも探索者資格を取得してから、それほど年数がたっていない。


「どこか痛いところは?」


「怪我はしてません」


 真壁が答えた。


「少し疲れただけです」


「少しには見えないね」


 真壁の両脚は、小さく震えていた。


 神谷は剣の柄を握っているが、右手の指にほとんど力が入っていない。



 吉岡は目を開けているだけでもつらそうだった。


「吉岡さん、気分は?」


 白石が尋ねる。


「少し、頭が痛いです」


「吐き気は?」


「ありません」


「魔力は残っていますか?」


「ほとんど……」


 吉岡は目を閉じる。


「近くなら探せます。でも、もう一度使ったら、立てなくなると思います」


 黒瀬は三人の周囲を見る。


 足元には、膨らんだ探索用鞄が三つ並んでいた。


「十一階層へ入ってから、何回戦ったの?」


「四回です」


 真壁が答えた。


「最初の二回は問題ありませんでした。三回目から少しきつくなって……」


「それでも進んだ?」


「星脈鉱の鉱床を見つけたんです」


 真壁が鞄を見る。


「初めて見つけたから、取れるだけ取ろうと思って」


「帰る途中でも、魔物に遭いました」


 神谷が続けた。


「倒せました。でも、そのあと腕が動かなくなりました」


 黒瀬は鞄の一つへ手をかけた。


 持ち上げる。


 二十キロ以上はある。


 三つとも、同じくらい膨らんでいた。


「星脈鉱だけ?」


「はい」


 真壁が答える。


「純度の高い物もあります」


 白石が別の鞄を持ち上げ、表情を変えた。


「これを持って、地上まで戻るつもりだったんですか?」


「そのつもりでした」


「これを置けば、かなり楽になります」


 三人の表情が固まる。


 真壁が鞄を自分のそばへ引き寄せた。


「置いてはいけません」


「ですが、このままでは帰れません」


「だから救助を呼びました」


 神谷が黒瀬を見る。


「俺たちだけじゃ無理でも、救助員なら運べますよね」


 白石が何か言おうとする。


 黒瀬はその前に答えた。


「俺たちは、三人を帰しに来たんだよ」


「鉱石は?」


「鉱石を運ぶために来たわけじゃない」


 神谷の表情が険しくなる。


「それを捨てたら、何のためにここまで来たのか分からない」


「黒瀬さんなら持てるでしょう」


 真壁が言った。


「元S級探索者なら、このくらい」


「持てるよ」


 三人の表情が少し明るくなる。


 しかし、黒瀬は鞄を地面へ戻した。


「でも、鉱石を背負ったら、誰かが歩けなくなったときに背負えない」


 真壁が黙る。


「白石さんにも、鉱石は持たせないよ」


 白石が黒瀬を見る。


「私は運べます」


「うん。でも、誰かが倒れたときに支えてほしい」


「……分かりました」


 黒瀬は三人を見る。


「まず、鞄を置いたまま立ってみようか」


 ◇


 真壁は岩壁へ手をつき、立ち上がった。


 一歩。


 二歩。


 三歩目で、膝が崩れかける。


 白石がすぐに腕を取った。


「大丈夫ですか?」


「はい……」


「座った方がいいです」


 神谷も立ち上がる。


 右手が使えないため、左手で岩壁へ触れながら歩く。


 数歩進んだところで、呼吸が乱れた。


 吉岡は立ち上がっただけで、身体が傾いた。


 白石が真壁から離れ、吉岡の身体を受け止める。


「無理をしないでください」


「すみません」


 吉岡はその場へ座り込んだ。


 黒瀬は三人の状態を見て言った。


「鉱石を全部置いても、ぎりぎりだね」


 真壁が鞄を見る。


「全部……」


「ここで完全に回復するまで待つのは難しいよ」


 黒瀬は《索敵》を使う。


 先ほどの四つの反応が、少しずつ近づいている。


「魔物が来てる」


「どのくらいですか?」


 吉岡が尋ねた。


「十五分くらい」


 三人の顔に緊張が走る。


「戦えます」


 神谷が剣を持ち上げようとする。


 右腕が途中で止まった。


「今の腕で?」


 黒瀬が尋ねる。


 神谷は答えられない。


「俺が前に出ます」


 真壁が言う。


「身体強化を使えば、もう一度くらいなら」


「脚が動かなくなるよ」


「でも――」


「次に勝てても、その次は?」


 真壁は口を閉じた。


 黒瀬は三つの鞄を見る。


「置いていこう」


「無理です」


 神谷が即座に答える。


「これがないと、装備を持っていかれる」


「装備?」


「全部、借金で買ったんです。次の支払いができなかったら、剣も防具も手放すことになります」


 真壁も鞄を握る。


「うちの工場の機械も、もう限界なんです」


「工場?」


「母が一人でやってます。父が残した加工所です。これを持って帰れば、新しい機械を買えるかもしれない」


 吉岡は自分の鞄を見つめた。


「弟が専門学校に行きたがってるんです」


「弟さんに頼まれたの?」


「違います。でも、うちにはお金がないから」


 白石は何も言わなかった。


 三人とも、ただ大金が欲しくて潜ったわけではない。


 持ち帰れば、地上で何かを変えられると思っていた。


「お金が必要なのは分かったよ」


 黒瀬が言った。


「だったら、運ぶのを――」


「でも、ここで死んだら使えないでしょう」


 強い声ではなかった。


 それでも、三人は黙った。


 黒瀬は鞄の口を開いた。


 青白い光が漏れる。


 大小さまざまな星脈鉱が、隙間なく詰められていた。


「全部は持って帰れない」


 黒瀬は三人を見る。


「持って帰る分は、自分たちで決めて」


「全部捨てろとは言わないんですか?」


 吉岡が尋ねた。


「自分で歩ける重さまでだよ」


 三人は互いの顔を見る。


 最初に真壁が、自分の鞄から小さな鉱石を取り出した。


 地面へ置く。


 神谷と吉岡も、それに続いた。


 小さな石を一つ。


 もう一つ。


 それでも、鞄はほとんど軽くならない。


 大きな鉱石が重さの大半を占めていた。


 真壁が、両手で一つの鉱石を持ち上げた。


 ほかよりも強く青白い光を放っている。


「これは、かなり純度が高いです」


「そうだね」


「これ一つで、機械を買えるかもしれない」


 真壁の手が動かない。


 神谷も、大きな鉱石を抱えたまま俯いている。


 吉岡は鉱石を膝の上へ載せ、唇を噛んでいた。


 黒瀬は《索敵》を使った。


「あと十分」


 急かす声ではない。


 ただ、近づいている危険を伝えた。


 真壁が目を閉じる。


 やがて、大きな鉱石を地面へ置いた。


「これを持ってたら、歩けない」


 神谷が真壁を見る。


「亮介」


「死んだら、工場にも帰れない」


 真壁は残りの鉱石も取り出していく。


 最後に、片手に収まる小さな鉱石を一つだけ残した。


 神谷はまだ動かなかった。


 右腕を使えないため、左腕だけで大きな鉱石を抱えている。


「これを置いたら、剣を取られます」


 黒瀬は何も言わない。


「探索者を続けられなくなる」


 神谷の声が震える。


「でも、持って帰れない」


 真壁が言った。


「分かってる」


 神谷は低い声で答えた。


 しばらくして、抱えていた鉱石を地面へ置く。


 手元には、小さな一つだけを残した。


 吉岡も、大きな鉱石を鞄から出した。


 地面へ置く前に、長い間見つめていた。


「紗良」


 真壁が呼ぶ。


「分かってる」


 吉岡は鉱石を置いた。


 青白い光が、地面に並んでいる。


 三人が苦労して掘り出した星脈鉱のほとんどが、そこに残された。


 黒瀬は三人の鞄を確認した。


 中にあるのは、小さな鉱石が一つずつ。


 水。


 食料。


 必要最低限の装備。


「これなら行けるかな」


 真壁は、地面に置いた鉱石を見つめたまま答えた。


「はい」


 ◇


 白石は三人分の予備装備と水をまとめて持った。


 神谷の予備の剣も預かる。


 ただし、鉱石には触れなかった。


 黒瀬が先頭に立つ。


「俺から離れないでね」


 三人が立ち上がる。


 鉱石を下ろしても、足取りは重い。


 それでも、先ほどよりは歩けていた。


 黒瀬は《索敵》を短く使い、分岐の先を確認する。


 正面から近づいていた魔物を避け、別の通路へ入った。


 吉岡が黒瀬の背中を見る。


「黒瀬さんも、《索敵》なんですか?」


「うん」


「ずっと使ってるのに、魔力は大丈夫なんですか?」


「ずっと広く探してるわけじゃないよ」


「でも、魔物の位置まで」


「次に必要な場所だけ見てるんだ」


 黒瀬は曲がり角の手前で足を止める。


 短く索敵する。


 反応はない。


 そのまま通路へ入る。


「曲がり角の先。逃げ道。休める場所。魔物が来そうな方向」


 黒瀬が言った。


「全部を一度に見ようとすると、魔力を使いすぎるからね」


 吉岡は俯いた。


「私、怖くてずっと全方向を探ってました」


「初めての階層なら、怖いよね」


「でも、それで魔力を使い切った」


「次は、必要なところを一つずつ見ればいいよ」


「次……」


 吉岡は小さくつぶやいた。


 ◇


 第十階層へ続く上り道に差しかかる。


 高い岩場から、先ほどまでいた採掘区画が見えた。


 置いてきた星脈鉱が、遠くで青白く光っている。


 神谷が立ち止まった。


「あれだけあれば、全部返せたのに」


 真壁も動かない。


 吉岡は胸元に残した小さな鉱石を握っている。


 白石は三人を急かさなかった。


 黒瀬も黙って待った。


 しばらくして、吉岡が鉱石から目を離した。


「帰ろう」


 真壁が吉岡を見る。


「紗良」


「ここにいたら、残した意味がないよ」


 吉岡は歩き出す。


 真壁も、そのあとに続いた。


 神谷は最後まで鉱石を見ていたが、やがて背を向けた。


 三人が納得したわけではない。


 それでも、自分たちで帰ることを選んだ。


 ◇


 第十階層を抜ける手前で、真壁の足が止まった。


「どうしたの?」


 黒瀬が振り返る。


「脚が……」


 真壁の膝が崩れる。


 白石がすぐに身体を支えた。


「真壁さん!」


「すみません。力が入りません」


 《身体強化》を使いすぎた反動だった。


 筋肉が限界を迎えている。


 黒瀬は真壁の鞄を受け取った。


「白石さん、肩を貸してあげて」


「はい」


 白石が真壁の腕を自分の肩へ回す。


 身体強化を使い、真壁の体重を支えた。


 神谷と吉岡が、その様子を見ていた。


 もし白石が大量の鉱石を背負っていたら。


 もし黒瀬が鉱石を運んでいたら。


 すぐに真壁を支えることはできなかった。


 真壁も同じことに気づいたのだろう。


「置いてきて、よかったです」


 白石が言った。


 真壁は悔しそうに唇を噛む。


 それでも、うなずいた。


「はい」


 ◇


 第九階層の退避所へ戻ると、三人はベンチへ座り込んだ。


 白石が水と栄養補給用の飲料を渡す。


 黒瀬は管制へ無事を報告した。


 真壁は、手の中の小さな星脈鉱を見つめている。


「これだけになりました」


 黒瀬は隣のベンチへ座った。


「初めての十一階層で、帰るのに必要なものは分かったでしょう」


「帰るための体力を残すことですか」


「それもあるね」


「魔力も」


 吉岡が言った。


「荷物の余裕もです」


 神谷は小さな鉱石を握ったまま、黒瀬を見る。


「置いてきた鉱石は、回収できますか?」


「約束はできないよ」


「回収班に頼むことは?」


「あそこは採掘区画だから、誰かが拾うかもしれない。魔物に荒らされるかもしれないし、地形が変わることもある」


 黒瀬は希望を持たせるための嘘を言わなかった。


「そうですか」


 神谷は俯いた。


 三人の手元には、小さな星脈鉱が一つずつ残っている。


 大金にはならない。


 だが、初めて第十一階層まで下り、地上へ帰った証しではあった。


 ◇


 地上へ戻った三人は、救護室で診察を受けた。


 大きな怪我はなかった。


 ただし、真壁は身体強化の使いすぎで脚を痛め、神谷は右腕に強い炎症を起こしていた。


 吉岡も魔力を大きく消耗している。


 三人とも、しばらく探索は禁止となった。


 救護室を出たところで、真壁が黒瀬へ頭を下げた。


「ありがとうございました」


 神谷と吉岡も続く。


「もう少し遅かったら、また魔物と戦ってました」


「次は勝てなかったと思います」


 吉岡が小さく言った。


 真壁は手の中の鉱石を見る。


「俺たち、もう十一階層には行かない方がいいですか?」


 黒瀬は三人を見た。


 無謀だった。


 帰るための体力も、魔力も、荷物の余裕も考えていなかった。


 だが、魔物から逃げずに戦い、仲間を置いていくこともなかった。


 失敗したあとには、鉱石を置いて帰ることも選べた。


「ダンジョンは逃げないよ」


 三人が顔を上げる。


「次はちゃんと準備していこうね」



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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