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ユートの指先が【技術】に触れた。


 その瞬間、ステータス画面が一度だけ白く揺れた。


【報酬――技術】


【対象技能を選択してください】


「……対象?」


 ユートは眉を寄せた。


 新しい表示の下には、今まで自分が持っている技能が並んでいる。


【剣術】Lv.1


【走術】Lv.1


【魔力操作】Lv.0


【気配察知】Lv.0


 ユートはその四つを見比べた。


 どれを選べばいいのか分からない。


 だが、昨日から続けてきたことを考えれば答えは一つだった。


「剣術」


 ユートが指を触れる。


 すると、剣術の表示が一瞬だけ揺れた。


【剣術】Lv.1


 何も変わらない。


「……?」


 ユートは首を傾げた。


 レベルは一のままだ。


 何かを間違えたのかと思ったそのときだった。


【技術経験値を記録します】


 その下に、小さな文字が追加された。


【剣術経験値 1/100】


「経験値……?」


 ユートは目を細めた。


 今まで剣術にはレベルしか表示されていなかった。


 それが今は、経験値という新しい数字が表示されている。


 さらにしばらく待つと、その文字は消えた。


 残ったのはいつものステータスだけだった。


「……何だったんだ?」


 ユートは何度かステータスを開き直した。


 しかし、もう【剣術経験値】という表示は出てこない。


 幻だったのかと思う。


 けれど、そんなはずはない。


 確かに見えた。


 1/100。


 ユートはノートを開いた。


 今日の記録の下に、新しい項目を作る。


『技術報酬を獲得』


『剣術経験値 1/100』


 そして、その横に疑問符を書く。


『なぜ1なのか?』


 考えても答えは出ない。


 なら、確かめるしかない。


 翌朝、ユートは木剣を手に取った。


「もう一回、剣を振ってみよう」


 昨日と同じように構える。


 ただし、今日は回数を数えなかった。


 一本一本の動きを確認する。


 足の位置。


 腰の向き。


 肩の力。


 剣先の軌道。


 そして、最後に身体が止まる位置。


 昨日までなら、ただ千回振ればいいと思っていた。


 けれど今日は違う。


 何を鍛えているのかを意識する。


 右足を半歩前へ。


 腰を回す。


 腕を振る。


 剣先が走る。


 最後まで振り切ったあと、すぐに構えへ戻る。


「……もう一度」


 同じ動きを繰り返す。


 今度は腰が少し早かった。


 剣先がぶれる。


「違う」


 もう一度。


 今度は足が遅れた。


 またやり直す。


 何度も繰り返しているうちに、昨日の回避練習で覚えたことが繋がってくる。


 攻撃したあとに身体が止まってはいけない。


 次に動ける姿勢を残す。


 相手に攻撃した直後、自分の身体も無防備になるからだ。


「避けるだけじゃない」


 ユートは木剣を構え直した。


「攻撃したあとも動けるようにする」


 一振り。


 二振り。


 三振り。


 今度は、振ったあとに必ず一歩だけ横へ動く。


 攻撃。


 移動。


 構え。


 また攻撃。


 移動。


 構え。


 最初はぎこちなかった。


 足と腕が別々に動いてしまう。


 何度もバランスを崩した。


 それでも続けた。


 しばらくすると、少しずつ動きが繋がってきた。


 そのときだった。


【剣術経験値 1/100】


 ほんの一瞬だけ、文字が浮かんだ。


「……!」


 ユートは動きを止めた。


 今度は見間違いではない。


 数字は確かに表示された。


 だが、1から変わってはいない。


「回数じゃないのか……?」


 千回振ったから増えるわけではない。


 昨日までできなかった動きができるようになった。


 だから技術として記録された。


 そんな考えが浮かぶ。


 ユートはノートに書いた。


『技術経験値は回数だけでは増えない?』


 そして、その下にもう一つ。


『できなかったことができるようになったときに増える?』


 まだ仮説だ。


 確かめるには時間が必要だ。


 ユートは木剣を壁に立てかけた。


 今日はもう十分だった。


 身体の疲れが大きい。


 昨日の回避訓練で肩や腕に残った痛みもある。


 ここで無理をすれば、明日の鍛錬ができなくなる。


 それでは意味がない。


「休むのも鍛錬……か」


 ユートはそう呟いて、布団に入った。


 翌朝。


 身体を起こした瞬間、肩に痛みが走った。


「痛っ……」


 思わず顔をしかめる。


 昨日は少しやりすぎた。


 ユートは腕を回してみる。


 痛みはある。


 だが、動かせないほどではない。


 今日は予定を変えることにした。


 剣を振る回数を減らす。


 その代わり、身体を休ませる時間を増やす。


 朝食を食べ、ゆっくり身体を動かしてから五キロを走る。


 昨日よりさらに遅い。


 途中で二度ほど歩いた。


 それでも五キロは走り切った。


 家へ戻ってステータスを見る。


【体力】5.02


 変化なし。


 ユートは少し考えたあと、納得した。


「今日は上げる日じゃない」


 昨日までなら、数字が変わらないことに焦っていたかもしれない。


 けれど今は違う。


 身体を壊せば、明日の努力ができない。


 それなら今日休むことにも意味がある。


 昼前、ユートは冒険者ギルドへ向かった。


 受付にいるミレイへ挨拶をする。


「おはようございます」


「おはようございます。今日は少し疲れているように見えますね」


「昨日、少し鍛錬をやりすぎました」


「ほどほどにしてくださいね」


「はい」


 ユートは依頼掲示板を見る。


 薬草採取。


 荷物運び。


 街道の見回り。


 そして、昨日までなかった依頼が一つ貼られていた。


『東の草原・魔物調査補助』


 ユートは足を止めた。


 依頼内容を読む。


 東の草原で灰狼の目撃情報が増えているため、付近の魔物の種類と数を確認する。


 討伐は必須ではない。


 危険を感じた場合は撤退。


 報酬は銀貨一枚。


「……調査」


 昨日、冒険者たちが話していた灰狼。


 自分も一度だけ見た。


 そして昨日の訓練で、少しだけ動けるようになった。


 ユートは依頼書を手に取った。


 だが、すぐには受付へ持っていかなかった。


 今の自分にできるのか。


 灰狼が複数いたらどうする。


 戦う必要はない。


 逃げればいい。


 それでも、危険であることに変わりはない。


 しばらく考えたあと、ユートは依頼書を戻した。


「……まだ早い」


 今の自分では、知らない魔物を調査するだけの余裕がない。


 まずは知識を増やす。


 そう決めた。


「今日は薬草採取にします」


「分かりました」


 ミレイが微笑む。


「慎重ですね」


「昨日、灰狼を見たので」


「それなら、その判断で正しいと思います」


 ユートは東の草原へ向かった。


 薬草を探しながら、今日は魔物の痕跡も確認する。


 足跡。


 爪痕。


 食べられた草。


 地面の乱れ。


 昨日までなら気にもしなかったものが、今は少しずつ意味を持って見える。


 そして薬草を十本集めたところで帰る。


 依頼を達成して報酬を受け取る。


 家へ戻る。


 夕食を食べる。


 そして夜。


 いつものようにステータスを開く。


【レベル】1

【経験値】19/100


【HP】11.2

【MP】6.1


【筋力】4.70

【体力】5.02

【敏捷】5.40

【知力】6.80

【精神】6.30


【剣術】Lv.1

【走術】Lv.1

【魔力操作】Lv.0

【気配察知】Lv.0


【称号】なし


【???】


 しばらく待つ。


 何も起こらない。


 ユートは少しだけ笑った。


「まあ、毎日変わるわけじゃないよな」


 ステータスを閉じようとした。


 そのとき。


【剣術経験値 2/100】


「……!」


 ユートの目が止まる。


 昨日は1だった。


 今日は2。


 たった一つ。


 それでも、確かに増えている。


 ユートはすぐにノートを開いた。


『剣術経験値 1→2』


 その下に今日の行動を書く。


『攻撃後の移動を練習』


『身体を休ませた』


『灰狼の痕跡を観察』


 そして最後に、今日気づいたことを書く。


『努力は全部同じではない』


 ペンを置いた。


 ユートはステータスを閉じようとした。


 しかし、その直前。


【???】


 の表示が一度だけ揺れた。


 その下に新しい文字が浮かび上がる。


【次の成長条件】


【未確認】


 そして、もう一行。


【条件を探してください】


「……探せ、ってことか」


 ユートは画面を見つめた。


 これまで、ただ努力を続けていればいいと思っていた。


 でも違う。


 何をすれば成長するのか。


 どんな努力が意味を持つのか。


 それを自分で考えなければならない。


 ユートはノートを開いた。


 新しいページの一番上に、大きく書く。


『成長条件を探す』


 その下に一つ目の仮説を書く。


『昨日までできなかったことをできるようにする』


 二つ目。


『同じことを繰り返すだけでは足りない』


 三つ目。


『自分に足りないものを考えて鍛える』


 そこまで書いたところで、ユートはペンを止めた。


 そして、昨日から気になっていた一つのことを思い出す。


 灰狼。


 あの魔物の速さ。


 自分に足りないもの。


 もし実際の戦いの中で、自分がまだできないことを見つけられたら。


「……次は、もう少し強い相手を知る必要がある」


 ユートはそう呟いた。


 ただし、戦うとは言わなかった。


 まず見る。


 知る。


 考える。


 そして、自分にできることを増やす。


 それが今のユートにとっての「努力」だった。


 翌朝。


 ユートはいつものように東の草原へ向かった。


 昨日までとは違い、薬草を探すためだけではない。


 魔物の痕跡を探すためだ。


 そして草原の奥へ進んだところで、ユートは地面に残された足跡を見つけた。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 そして、その先に――。


 昨日まで見たことのないほど大きな爪痕が残っていた。


 ユートはゆっくりと息を呑んだ。


 その爪痕は、灰狼のものではなかった。

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