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朝五時。
ユートは目を覚ますと、ベッドの上でしばらく天井を見つめていた。
昨日の夜に見た数字が頭から離れない。
【経験値】18/100
それが19/100になった。
魔物は倒していない。
特別なことをしたつもりもない。
ただ、昨日と同じように一日を過ごしただけだった。
「……本当に努力を記録してるのか?」
声に出してみても答えは返ってこない。
ステータスを開く。
【名前】ユート・アルヴェイン
【年齢】15
【職業】なし
【レベル】1
【経験値】19/100
【HP】11.2
【MP】6.1
【筋力】4.70
【体力】5.01
【敏捷】5.40
【知力】6.80
【精神】6.30
【剣術】Lv.1
【走術】Lv.1
【魔力操作】Lv.0
【気配察知】Lv.0
【称号】なし
【???】
昨日とほとんど変わらない。
それでも、経験値だけは確かに一つ増えている。
ユートはノートを開いた。
そして今日の日付を書いた。
『三日目』
その下に続ける。
『同じ鍛錬を続けた場合、何が起こるか確認する』
今日の目的が決まった。
木剣を手に取る。
昨日と同じように千回振る。
一回。
二回。
三回。
身体は重かった。
腕には昨日までの疲れが残っている。
それでも、ユートは途中で止めなかった。
百回。
二百回。
五百回。
八百回。
九百九十九。
「千」
最後の一振り。
木剣を下ろす。
昨日まではここでステータスを確認していた。
今日は確認しなかった。
代わりに、もう一度だけ同じ動きをする。
十回。
二十回。
三十回。
千回やったあとに追加で百回。
そしてステータスを開く。
【筋力】4.70
変化なし。
「やっぱりか」
ユートは少し考える。
同じことを繰り返せば、いつでも数字が上がるわけではない。
それは昨日までにも何となく分かっていた。
けれど今日は、もう一つ気づいた。
昨日より木剣が軽く感じる。
同じ木剣。
同じ千回。
同じ身体。
それなのに、動きやすい。
ユートはもう一度木剣を振った。
昨日より少しだけ速い。
「……これが成長なのか?」
数字には出ていない。
けれど身体は覚えている。
昨日よりほんの少しだけ、思った場所へ剣が動く。
ユートはその感覚を忘れないようにノートへ書き込んだ。
『筋力は変化なし』
『ただし、剣が少し軽く感じる』
次は走る。
五キロ。
昨日と同じ道。
昨日と同じ距離。
だが今日は、少しだけ速度を上げてみた。
最初の一キロ。
問題ない。
二キロ。
まだ走れる。
三キロ。
呼吸が荒くなる。
四キロ。
足が重くなる。
それでも昨日より少し速い。
最後の一キロは苦しかった。
何度も歩こうと思った。
それでも走った。
そして五キロを走り終えた。
ユートは膝に手をつきながら、ステータスを開く。
【体力】5.02
「……!」
初めて、自分の目を疑った。
5.01だった数字が5.02になっている。
たった0.01。
それだけだ。
けれどユートにとっては大きかった。
「上がった……」
思わず笑ってしまう。
昨日は五キロ走っても変わらなかった。
今日は少しだけ速く走った。
それだけで、体力が0.01増えた。
もちろん、本当にそれだけが原因なのかは分からない。
昨日までの努力が今日になって反映された可能性もある。
だから、まだ結論は出せない。
それでも。
数字が一つ増えた。
昨日の自分にはなかった数字だ。
ユートはその場でノートを取り出した。
『五キロ走』
『体力5.01→5.02』
その横に大きく丸をつけた。
「……少しだけ、強くなった」
昨日も同じ言葉を書いた。
今日も同じ言葉を書く。
けれど、昨日とは意味が違う。
昨日はそう思いたかっただけだった。
今日は数字が証明している。
少しだけ。
本当に少しだけ。
自分は強くなった。
ユートは町へ戻ると、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
「おはようございます」
「おはようございます、ユートさん」
受付のミレイが笑顔で迎えてくれる。
「今日も薬草採取ですか?」
「はい。ただ、その前に一つ聞いてもいいですか?」
「もちろんです」
「冒険者のステータスって、どれくらい細かく変化するものなんですか?」
ミレイは少し考えた。
「人によって違いますね。ただ、能力値が小数点以下まで表示される人は珍しくありません」
「そうなんですか?」
「はい。ただ、自分の能力値がどういう条件で上がるのかは、人によって感覚が違います。訓練をしてもすぐ上がる人もいれば、しばらく何も変わらない人もいますから」
「才能によって違うんですか?」
「そう言われています」
ユートは黙って考えた。
才能。
自分にはあるのだろうか。
少なくとも、剣を始めたばかりの自分が才能に恵まれているとは思えない。
昨日ゴブリン一体を倒すだけで精一杯だった。
「……じゃあ、努力しても上がらないことはあるんですか?」
「ありますよ」
ミレイはあっさり答えた。
「同じ訓練を何年続けても、ほとんど変わらない人もいます」
「……」
「逆に、少しの訓練で大きく伸びる人もいます」
その言葉を聞いて、ユートは少しだけ俯いた。
才能の差。
昨日までなら、あまり気にしなかった。
でも今は数字を見ることができる。
自分がどれだけ努力して、どれだけ成長したのか。
それが分かるようになったからこそ、他人との差もいつか気になるのかもしれない。
「ユートさん?」
「……いえ」
ユートは顔を上げた。
「ありがとうございます」
それ以上は聞かなかった。
今の自分に必要なのは、他人の数字ではない。
昨日の自分より、今日の自分がどうなのか。
それだけだった。
薬草採取の依頼を受け、東の草原へ向かう。
昨日と同じ場所。
昨日と同じように薬草を探す。
だが今日は、一つだけ違った。
昨日見つけた足跡を警戒しながら歩いていると、遠くから小さな物音が聞こえた。
ユートは立ち止まった。
草が揺れる。
風ではない。
一定の間隔で揺れている。
「……何かいる」
木剣を抜く。
昨日の自分なら、すぐに近づいていたかもしれない。
今日は違う。
少し離れた場所から観察する。
しばらくすると、草むらから小さな影が出てきた。
ゴブリンではない。
昨日見た兎でもない。
灰色の毛をした小型の魔物だった。
こちらにはまだ気づいていない。
ユートは息を殺した。
逃げるか。
戦うか。
迷った。
魔物は一体。
自分は昨日、ゴブリン一体を倒している。
なら、戦えるかもしれない。
しかし、昨日のゴブリンとは違う。
知らない相手だ。
ユートは剣を構えたまま、一歩だけ後ろへ下がった。
魔物が顔を上げる。
目が合った。
「……!」
次の瞬間、魔物がこちらへ走り出した。
ユートは反射的に構える。
距離が縮まる。
昨日なら、ここで剣を振っていた。
だが今日は違った。
相手の動きを見る。
右足。
左足。
身体の向き。
そして――。
「そこだ!」
横へ跳ぶ。
魔物の爪が目の前を通り過ぎた。
ユートは驚いた。
避けられた。
偶然ではない。
昨日までなら、こんな動きはできなかった。
身体が勝手に動いた。
魔物が振り返る。
今度は、ユートのほうから距離を取った。
まだ勝てるとは限らない。
だからこそ、今は戦わない。
「……今日は帰る」
ユートは魔物に背を向けないまま、ゆっくりと後退した。
魔物も追ってこない。
十分な距離を取ってから、ユートはようやく剣をしまった。
町へ戻る道で、ユートは何度も自分の手を見た。
さっきの動きが頭から離れない。
避けられた。
数字は変わっていない。
けれど、確かに昨日とは違う。
家に戻り、ノートを開く。
『五キロ走』
『体力5.01→5.02』
『未知の魔物と遭遇』
『攻撃を避けることができた』
そして最後に、今日一番重要だと思ったことを書く。
『数字が変わらなくても、昨日の自分とは違う』
ペンを置く。
ユートはステータスを開いた。
【レベル】1
【経験値】19/100
【体力】5.02
その数字をしばらく眺める。
そして、最後に【???】を見る。
昨日までとは違う。
今は少しだけ、怖くなかった。
分からないものなら、自分で調べればいい。
努力も。
成長も。
このステータスも。
いつか全部、自分の目で確かめる。
そのときだった。
【???】
文字が静かに揺れた。
新しい一行が浮かぶ。
【成長条件――未達】
ユートは目を細めた。
「……成長条件?」
続けて、その下にもう一行。
【次回記録まで――残り一日】
そして表示は消えた。
ユートはしばらく動かなかった。
初めて、このステータスが自分に何かを求めているように感じた。
何をすればいいのかは分からない。
けれど一つだけ確かなことがある。
明日になれば、また何かが記録される。
なら――。
「明日もやるしかないな」
ユートは木剣を壁に立てかける。
そしてノートの最後に、いつもの言葉を書いた。
『今日より少しだけ強くなった』
だが、その文字の下にはもう一行だけ続いていた。
『明日は、何をすればもっと強くなれる?』




