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翌朝。
ユート・アルヴェインは、いつも通り朝五時に目を覚ました。
昨日は初めて魔物を倒した。そのせいか身体のあちこちに疲れが残っていて、特にゴブリンの短剣がかすめた右腕には鈍い痛みがあった。それでもユートは布を巻き直すと、いつものように木剣を手に取った。
「今日も千回」
木剣を構える。
一振り。
二振り。
昨日と同じように、一定の速度で剣を振っていく。
ただ、昨日までとは少しだけ意識が違っていた。
ゴブリンとの戦いで、自分には足りないものが多すぎると分かったからだ。
剣を振る速さ。
相手との距離。
足の運び。
攻撃を受けたときの判断。
そして何より、魔物を前にしたときの恐怖。
昨日の戦いでは、四十七回も剣を振ってようやく一度だけまともに当てることができた。
もし相手がゴブリンより強かったら、四十七回目を迎える前に殺されていたかもしれない。
「……もっと考えないと」
ただ回数をこなすだけでは足りない。
そう思いながら、ユートは剣を振り続けた。
九百九十七。
九百九十八。
九百九十九。
「千」
最後の一振りを終える。
ユートは荒くなった呼吸を整えながら、ステータスを開いた。
【名前】ユート・アルヴェイン
【年齢】15
【職業】なし
【レベル】1
【経験値】17/100
【HP】11.2
【MP】6.1
【筋力】4.70
【体力】5.01
【敏捷】5.40
【知力】6.80
【精神】6.30
【剣術】Lv.1
【走術】Lv.1
【魔力操作】Lv.0
【気配察知】Lv.0
【称号】なし
「……何も変わらない」
昨日と同じだった。
筋力も4.70のまま。
剣術もLv.1のまま。
ユートは少し考えたあと、今度は五キロ走ることにした。
家を出て、いつもの道を走る。
昨日と同じ五キロ。
しかし、四キロを過ぎたあたりで足が重くなってきた。
昨日より明らかに身体が疲れている。
それでもユートは速度を落とさなかった。
最後の数百メートルはほとんど気力だけで走り、ようやく家へ戻る。
「……きつい」
地面に座り込んで息を整える。
しばらくしてからステータスを開いた。
【体力】5.01
「……上がらないか」
昨日は五キロ走ったあとに5.00から5.01へ上がった。
今日は変化なし。
ユートは数字を見つめながら考える。
同じことをすれば、同じだけ成長するわけではない。
なら、何が違うのか。
昨日と今日で違うもの。
走った距離は同じ。
時間も大きくは変わらない。
体調は今日のほうが悪い。
もしかすると、それが関係しているのかもしれない。
「……分からないな」
ユートは立ち上がった。
分からないなら、記録していけばいい。
そうすれば、いつか分かるかもしれない。
朝食を終えると、ユートは昨日と同じように冒険者ギルドへ向かった。
ギルドに入ると、昨日と同じ受付にミレイがいた。
「あら、おはようございます」
「おはようございます」
「今日は怪我、大丈夫そうですね」
「はい。もう問題ありません」
「それなら良かったです」
ミレイは依頼掲示板を指差した。
「今日はどうしますか?」
ユートは掲示板を見る。
薬草採取。
荷物運び。
街道の清掃。
そして昨日と同じ東の草原での薬草採取。
ユートは少し迷った。
昨日ゴブリンと戦った場所だ。
もう一度行けば、また魔物と遭遇するかもしれない。
怖くないと言えば嘘になる。
それでも、昨日の経験を無駄にはしたくなかった。
「これにします」
ユートが薬草採取の依頼書を取る。
「昨日と同じですね」
「はい」
「……気をつけてくださいね」
「分かりました」
ユートは依頼書を受け取ると、東の草原へ向かった。
昨日と同じ道。
昨日と同じ草原。
けれど、今日は周囲を見ることを意識していた。
草の揺れ。
鳥の鳴き声。
風の向き。
足跡。
昨日は薬草を探すことばかり考えていたが、今日は周囲の情報を一つずつ拾っていく。
薬草を一本。
二本。
三本。
そして六本目を見つけたところで、ユートは足を止めた。
地面に小さな跡がある。
昨日、自分がゴブリンと戦った場所だった。
そこにはもう何も残っていない。
だが、土が踏み荒らされている。
「……ここか」
ユートはしゃがみ込んだ。
自分の足跡。
ゴブリンの足跡。
そして、その少し離れたところに――もう一つの足跡があった。
「……?」
昨日は気づかなかった。
ユートは地面を見つめる。
大きさはゴブリンより少し大きい。
形も違う。
それがどんな魔物のものなのか、ユートには分からなかった。
足跡は森の方へ続いている。
ユートはしばらく考えた。
追うべきか。
戻るべきか。
答えはすぐに出た。
「……今日はやめておこう」
今の自分では判断できない。
知らない魔物を追いかけるのは努力ではなく無謀だ。
ユートは足跡から離れ、薬草採取を続けた。
十本集め終わると、そのまま町へ戻る。
ギルドで依頼達成を報告すると、ミレイが薬草を確認した。
「はい、問題ありません。報酬はこちらです」
ユートは銅貨五枚を受け取った。
昨日と同じ報酬。
けれど、今日は昨日より一つだけ多く学んだ。
「ミレイさん」
「はい?」
「東の草原にゴブリン以外の魔物って出ますか?」
ミレイの表情が少し変わった。
「……どうしてですか?」
「昨日戦った場所の近くに、ゴブリンとは違う足跡がありました」
ミレイは少し考えてから答えた。
「東の草原なら、ゴブリン以外にも小型の魔物は出ます。ただ、街から近い場所ならそこまで危険な魔物はいないはずです」
「そうですか」
「もし見慣れない足跡を見つけたなら、追わないほうがいいですよ」
「分かりました」
ユートは頷いた。
「ありがとうございます」
ギルドを出る。
夕方の町を歩きながら、ユートは今日見つけた足跡について考えていた。
知らないことが多すぎる。
魔物の種類。
戦い方。
地形。
冒険者としての知識。
今まで自分は剣を振ることばかり考えていた。
だが、強くなるためには剣だけでは足りない。
家に戻ったユートは、今日の記録をノートに書いた。
『木剣一〇〇〇回』
『五キロ走』
『薬草十本』
『東の草原で未知の足跡を発見』
『体力の変化なし』
そこまで書いてから、昨日の最後に現れた文字を思い出した。
【――――】
ユートはペンを置いた。
ステータスを開く。
【レベル】1
【経験値】17/100
昨日と同じだ。
何も変わっていない。
「……昨日のは何だったんだろう」
ユートはステータスを閉じようとした。
その瞬間だった。
【経験値】17/100
数字が一瞬だけ揺れた。
そして――。
【経験値】18/100
「……え?」
ユートは目を見開いた。
魔物は倒していない。
今日は薬草を採っただけだ。
それなのに経験値が一つ増えた。
さらに文字が浮かび上がる。
【努力行動を検知しました】
ユートの呼吸が止まる。
昨日、一瞬だけ見えた文字。
今度は消えない。
【継続回数――一〇〇〇】
「……何だ、これ」
ユートはステータスを見つめた。
その直後、さらに一行が追加される。
【記録を開始します】
文字が浮かんだ瞬間、ユートのステータスから小さな音がした。
カチッ。
まるで、何かの仕組みが動き始めたような音だった。
そして最後に、これまで存在しなかった項目が一つだけ表示された。
【???】
ユートは息を呑んだ。
昨日まで何もなかった場所に、確かに新しい項目が存在している。
その文字を見つめたまま、ユートは初めて思った。
――自分が見ているステータスは、本当に「自分だけのもの」なのだろうか。




