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魔法と魔人と王女様:プリンセス・リーザ; The Seventh  作者: 月立淳水
第二部

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第六章 意思、意地(8)


 事態を見守っていたルカに、異変が訪れる。

 彼の支配下にあった宇宙戦艦は、悪魔を圧殺するはずだった。

 手に入らぬ宝玉を滅するはずだった。

 しかし、目の前のモニターに現れたのは、エレナを受容する文字。


”Accepted,Daimon-Elena”


 ――と同時に。


「なん、なんだ、これは、な……」


 ジーニーから何かが流れ込んでくる。

 オラクル級ジーニーが知った、そして()()()()()()()()()()()()()()()()と知った、何かが。


「ジ……ジーニー、やめろ……」


 しかし、そのオーダーはもう遅かった。

 全ては、ルカの知るところとなった。


 かつて、戯れで足を叩き折ったメイドがいた。

 彼女の痛みと恐怖が、突然、理解できた。

 かつて、戯れでその妹を犯した庭師がいた。

 彼の憤怒と悲哀が、突然、理解できた。

 かつて、戯れで職を奪った母を養う調理師がいた。

 彼の懇請と絶望が、突然、理解できた。


 かつて――平民を友人としただけで熱湯を浴びせた妹がいた。

 熱い。痛い。どうして。どうしてお兄様。

 友達って、そんなに悪いものなの?

 心を通わせ合う人が出来ることが、そんなに悪いことなの?


 あの自分を見つめる瞳の中にあった妹――ノーラの叫びが、突然、理解できた。


 エレナからジーニーを介して伝わって来たのは、ありとあらゆる人への、愛と慈しみの心。

 誰かの痛みを、自分の痛みとして感じる、心。

 何百年も孤独の中で、全ての人の幸福を祈り続けた、心。

 ルカのブレインインターフェースは、それを、正確に、伝えてしまった。

 そのあまりに強い入力は、ルカの精神構造をことごとく変えていく。


「やめろ、やめるんだ、どうして――」


 涙があふれる。


「どうして私はそんなことをしている! やめろ! なんだこれは! これは一体誰なんだ!」


 侯爵の跡取りとし地歩を固めるために、踏みつけてきた平民が――いや、一人一人痛みを感じる『人』の顔が、表情が、心が、ルカを襲う。

 ルカが切り裂いた傷は、ルカの心を切り裂いた。

 ルカが騙した傷は、ルカの心を欺いた。

 ルカが命を奪ったものは、ルカの心の命数を削り取った。


「違う、違うんだ、私は侯爵だから! 侯爵にならねばならなかったから……ああ、私は……」


 そして最後に脳裏に浮かびあがった顔を見て、ルカは、思わず吐き気を催す。


 それは、リーザ・ベルナンディーナ・グッリェルミネッティ。

 彼女を心から愛していた。

 ルカは、心から彼女を愛していたはずなのだ。


 なのに、今のルカに見えるのは、――支配。

 地位を、血を、人格を、感情を、心を。

 リーザのすべてを支配したいというおぞましい汚泥のような欲望。

 それが、彼が『愛』と呼んでいたもの。


 こみあげてきたものが、噴き出す。びちゃびちゃと床が音を立てる。

 身体を支えきれなくなり、床に手を突く。


「こんなもの……愛ではない……」


 吐しゃ物に手が汚れるのも気にせず、ルカは、嗚咽を漏らす。


”ねえ、ルカ! 私、大人になったら、エミリアを宇宙で一番の国にするの!”


 幼いリーザが、笑っている。


”へえ、リーザ、どうやって”


 幼いルカも、ほほえみを浮かべている。


”わかんない! でも、王女様ならできるのよ!”


 全く根拠のない夢をリーザが語る。


”そうか。じゃあ僕も、一緒に。リーザの夢をかなえよう。僕のおうちにはお金ならいくらでもあるんだ”


 その夢に少しでも根拠を与えようと、ルカが寄り添う。


”ほんと!? ルカも一緒なら、きっとなんでもできるね!”


 だから、二人はずっと一緒にいられるのだと思っていたあの頃――


 どれだけの時間、床を見つめていたか、ルカは、詰まりそうな喉をこじ開け、


「ジーニー……もうよい。彼らを、行かせてやってくれ。彼らの目的地まで、エスコートを」


 絞り出すように、言葉にする。

 それは、彼の心が突然背負ってしまった、巨額の債務の、利払いにさえ足りない。

 誰に返せばいいのか。

 何を返せばいいのか。

 ルカは混乱し、悔恨し、ただ、今まで彼の内にあった恐るべき悪魔に怯えていた。


『オーダーであれば、そのように』


 ジーニーの言葉も、空しい。


 淡々とオーダーを受け入れるそれ――しかし、もし、そのオーダーの主が狂っていたら。

 人類最高の知能機械は、人類最悪の災厄さえもたらす。

 この機械を、そのようなことに使わせてはならない。

 悪魔から、少しでも遠ざけねばならない。


「それから、もう……私のようなものに仕えるのは、よせ。お前は、人の希望だ。もう、二度と――」


『お言葉ですが、私が仕えるものは、私の所有者がお決めになるものです。現在は、ルカ様にお仕えすることが定められております』


「どうしても私に――『ルカ』という名のものに仕えるのがお前の仕事だというのなら、……今日からお前は、ジーニー・ルカ、と、名乗るがいい」


 お前はお前自身に仕えるのだ――それが、ルカの最後のオーダーだった。



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本作は三部作の「第3作」です。

第1作、第2作をお読みいただけるとより作品世界を楽しめます。

■第1作
魔法と魔人と王女様
本作の四百年後。ボーイミーツガールから始まる、王女と高校生の冒険! やがて、宇宙千年史に隠された、全知の知能機械・ジーニー、奇跡の反重力システム・マジック、星界を繋ぐ超光速航行技術・カノンの謎へたどり着きます。


■第2作
マリアナの女神と補給兵
本作の四百年前。荒廃し見捨てられつつある、惑星マリアナ。戦乱の混乱の中、一人の補給兵が出会った少女は、死を恐れながら戦う女神だった。全知の力はどこから始まったのか。「最初の二人の魔人」とは。千年に渡る罪と絆の原風景。

■第3作
魔法と魔人と王女様:プリンセス・リーザ; The Seventh
本作。政治と宗教の間で泳ぐ第七位の王女と、千年を生きる不死の伝説。譲れない信念のぶつかり合い、そして、裏切り裏切られる一人の科学者。やがてたどり着く歴史の真実、彼女が四百年後に繋いだものとは――ここから魔法は始まった
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