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魔法と魔人と王女様:プリンセス・リーザ; The Seventh  作者: 月立淳水
第二部

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第六章 意思、意地(5)


 ――そこは、暖かい陽光の注ぐ草原のようであり、厳粛な空気の張りつめる謁見の間のようであり、心身を凍てつかせる氷雪の大地のようであった。

 リーザは、目の前でくるくると姿を変える景色を、不思議そうに眺めていた。


 いつの間にこんなところに来たんだっけ。


 首をかしげながら、歩く。

 その先に、行くべき場所があるような気がして。

 何か、心残りがあったような気がする。


 なんだっけ。


 ポケットを探り、いつものハンカチや身分証、護身と自決のための小さなナイフ、神経スタン機能の付いたネックレストップ、位置追跡ぺブル、諸々を確認し――


 そうか、預けちゃったんだ。


 と思い出す。


 ――何を?

 なんだっけ?


 でも、思い出せない。


 ――まあ、いいか。信頼できる人に預けたんだもの。


 一時、立ち止まっていたリーザは、再び歩き出す。

 その背中に、ふいに声をかけるものがあった。


「殿下。リーザ殿下」


 足を止め、振り返る。

 呼びかけていたのは、忠実な臣にして――友人、オズヴァルド。

 そう、リーザはこのずっと年上の友人を、気に入っていた。


「なあに? オズヴァルド」


 笑顔でたずねる。


「殿下。我が忠義、――騎士たるにふさわしくございましたか」


「……忠義?」


 変なことを言う。彼の忠義を疑ったことなど一度もないのに。


「俺の在り方として。騎士として。守るべきものの守護者として。それに殉ずることこそ、騎士の有り様」「


 そう、昔、彼は、そんなことをよく言ったものだ。


「たとえ正式な叙任なくとも、俺は、それに殉じた」


 ――殉じた? 何のこと?


「殿下、俺は、騎士になれました。殿下には、感謝しかありません。ですからどうか、殿下も、大義に殉じることを、恐れなきよう」


 大義?

 私の大義って?


「殿下、殿下はまだそれを成しておりません。……俺のように、信じる友人にすべてを託して逝くこともできましょう。が、俺は、殿下自身に、それを成してほしいのです」


 しん……じる……友人。

 託して……。

 託されたのは……私……。


 途端に、リーザの脳裏に、オズヴァルドの最期がフラッシュバックする。


「……ああ、オズヴァルド。なんてこと。あなたは……」


 抑えようなく涙があふれそうになる。


「殿下。どうか、こらえてください。俺の選んだ道を、誇りを、殿下の涙で濡らしたもうな」


 そうだった。

 私は託され、そして、託してしまおうとしていた。

 だけど、それは、オズヴァルドの忠義への侮辱だ。


 それは、鉱石だとか新発見だとか、そんなものじゃない。

 もっともっと大きなものを、私は託されている。


 ディーンと、エレナ。

 あんな二人には決して背負えないような、大きなものを。


 リーザは、感覚のない胸元にこみあげるものを、ぐっと飲み込んだ。

 無いはずの空気を大きく吸い込み、吐き出した。


「分かりました、オズヴァルド。そなたの諫言を容れます。あなたと私を侮辱することは、()()()()()()許しません」


 途端に、リーザの周りの空間が、ぴりっと張りつめた、謁見の間に、固定された。


「……これでよいですね?」


 その言葉に、オズヴァルドは、さっと跪き、臣下の礼をとった。


「はっ、リーザ・ベルナンディーナ・グッリェルミネッティ王女殿下」


「よろしい。下がりなさい」


「はっ。ただ、最後に一つだけ」


「……許す」


「……俺に勝ったディーンを。どうかお救いください」


「言われずとも」


 そして謁見の間の雰囲気は消え、ゆっくりとすべてが闇に飲まれていく――


***


 港町まで妨害は無かった。

 そしてそこには、真っ暗な中、確かに、エレナのあの宇宙船が佇んでいる気配を感じた。ほのかに輝く水平線を、見慣れぬ真っ黒な影が遮っている。

 誰も何も言わずとも、タラップが開き、桟橋にかかる。


 ディーンがリーザを抱えて桟橋から宇宙船へ乗り移っている間に、エレナはすぐ近くに停泊したままの調査船へ向かい、メディカルキットを調達した。一般家庭にあるようなものよりもはるかに幅広い傷病に対応でき、当然ながら、はるかに高額な品物だ。リース船から持ち出すわけだから言ってみれば窃盗そのものだが、もはやその程度のことに罪悪感を感じることも無かった。


 三人が宇宙船にそろい、一旦沖合に出る。朝まではまだ時間がある。重力がある地上にいる間に、リーザの応急処置をしておくべきだった。

 メディカルキットは、リーザに適切な処置と輸液を施し、血圧と脈拍はどうやら安定した値に戻ってきた。きちんと治療をするまでは安心とは言えないが、数日の宇宙旅行くらいになら耐えられるだろう。

 眠ったままのリーザをしっかりと固定し、ディーンとエレナはコックピットの機長シートと副機長シートに自らを固定した。そして間もなく、エレナの無言のコマンドで、宇宙船は疾走を始める。

 薄黄色の水素燃焼の炎が海水を吹き飛ばしながら機体を加速する。水中翼が機体を押し上げ、やがて水上を滑るように走る。翼の揚力が船体重量を上回る速度になると、ついに最後に水面に接していた簡易フロートがエミリアの海に別れを告げる。

 空に飛びだすとそれまでの振動が収まり、ロケット推進の轟音だけが機内に響く。その轟音も、速度が音速を超えると機体を伝わってくる重低音だけに変化し、代わりに尖った機首が無垢の大気を切り裂く甲高い音がかすかに伝わってくるようになる。


 船窓を、青い境界が横切っていく。宇宙でも最も明るい青と呼びならわされるエミリアの大気の輝き。それを、ディーンは初めて間近に目にした。

 王族外交でたびたび国外に出る王女リーザには見慣れた景色なのだろうな、と、まだ目を覚まさぬリーザのことを考える。

 あのか弱い少女が、将来のわずかばかりの自由のために身分不相応の陰謀に加担し、そして裏切り傷ついた。それは誰のためだっただろう。自分のためかもしれない、という過ぎた妄想を押し殺す。

 大気の猛烈な抵抗から解き放たれた宇宙船は、まさに快速とも言える速度で飛び始める。もともとこの手の自走宇宙船は加速能力が飛び切りに高い。地上から宇宙へ大砲(カノン)で撃ち出してもらえる一般の宇宙船とは違い、その助けなしで走りきらなければならないからだ。もちろんそれだけに燃料効率はきわめて悪く、地上で数か月のソーラーパワーで貯め込んだ水素燃料のほとんどを、星間カノン基地へたどり着くために吐き出してしまう。そこでたっぷりと推進剤を補給しなければ、次の星への旅もままならない。その不自由さは、有閑人の持ち物特有であり、なおかつ、彼らを楽しませる一つの娯楽なのだ。

 自動操縦なのか、エレナが操縦しているのか分からないが、船は正確に星間カノン基地への航路に乗った。到着予定時刻は、六時間後と表示されている。それを見たディーンは、ともかく休息しようとエレナに提案した。考えてみれば、この夜はリーザの来訪から全く休みなく動き続けていたのだから。


***


 浅い眠りから覚めたディーンは、無重力特有の顔のむくみを感じながらも、出発前に飲んだ小さな錠剤が効果的に無重力酔いを抑えてくれているのを感じた。

 そして、起きてすぐに、慣れない手つきで磁力靴を履き、キャビンを出る。向かう先は、リーザを寝かせた別のキャビンだ。

 着いてみると、リーザはすでに起きていて、傍らにエレナもいる。簡易客席に腰掛けてベルトを締めている。もう少し前に起きて、二人で話していたのだろう。ディーンを見ると、ほぼ同じ口調でおはようと声をかけた。


「……おはよう。もう大丈夫なのか」


「大丈夫……とは言えないわね。傷は痛むし頭はふらふら。ずっと吐き気はするし」


「だったら――」


 寝ていれば、と言おうとしたが、無重力では座っていようと横になっていようと負担はさほど変わるまい。


「それよりも、ディーン。覚悟することね。追っ手がかかってる」


「宇宙に?」


「ええ。猊下の手は思ったより長かったわ。エミリアの領空から出ない限りは安心できないみたい」


「そのことを話していたの」


 エレナが口を開く。


「私たちの航路、この先に、軍艦が数隻。遭遇まで二時間。だから、リーザを起こしたの」


「軍艦?」


「ええ、たぶん、エミリアの領空警備艇ね。警備艇とはいえ、ロックウェル連合国の戦艦のお下がりだから、吹っ飛ばすぞと脅されたら止まるしかないわ」


 宇宙戦艦。六隻一組と一通りの随伴艇をそろえて艦隊として運用すれば惑星一つを攻略可能とされている、最大戦力。それが何隻もこの先に待ち受けている。


「どうする?」


「どうしようもないわよ。王女の威厳で押し通る位しか思いつかないわ。まだ威厳なんてものが残ってるならね」


 メアッツァ主教が、リーザ王女を犯罪人として告発していれば、威厳など何も残っていまい。だが、一国の王位継承権者をさほどぞんざいに扱うとも思えない。

 しかし、それに期待するのは楽観的に過ぎる。

 宇宙に逃げ出せばすべて終わり、と思っていたのは、何もかも間違いなのだ。ただ、地上にいるよりは多少は安全という程度で。


「エレナ、この船に、武装は?」


「あるわけがないよ。あったとしても、戦艦には歯が立たない」


 土台、武力で圧倒することなど不可能なのだ。

 では、もはや、リーザの残っているかどうか分からない『威厳』に頼るしかないのか――。


「――いや、エレナ、あるじゃないか。いつか君は言った」


 ディーンが指摘すると、エレナは、驚いたように彼を見返す。


「君は、たとえば、どこかのシステムに侵入して好きなデータを盗んだり書き換えたり、そんなことは自由自在だって。いつか資金が尽きたらどうしようって。その時、じゃあ、リーザの諜報技官になって、荒稼ぎしてやろうって話をしたんだ。たとえ相手が戦艦だって、それができないはずはない」


「無理よ」


 口を挟んだのは、リーザだ。


「エミリアの戦艦は確かに型落ちだけれど……それを補うために、ジーニーを積んでいるの」


 彼女は、かつて、エレナがジーニーのサポートを得たルカに翻弄されたことを思い出す。

 ジーニーの力でエレナの力はそがれ、やむなく血なまぐさい暴力に走らざるを得なかった。


「エレナとジーニーの力比べは、もう決着がついてるのよ」


 リーザが言うのは、その時のことだった。


「だが結局、より強力な武器を持った連中に、ナイフ一本で勝てた」


 ディーンはそう言うが、エレナは不安そうに眉をひそめる。


「私も、本気でジーニーと力比べなんてしたことが無いんだよ。あれは本質的に、理解不能な知能機械だから。ある時突然にそこにあった。誰がどんな風に開発したのかさえ分からない。分かる? 私でさえ分からないの。もし力負けして、私の本体が侵入を許したら」


 エレナは『私でさえ分からない』と言った。

 彼女がそのように強調するのは、彼女が全知の魔人であることをその背景としてくみ取れと言っているということだ。


 魔人でさえ本質を知らない知能機械。

 全知の力が相手でさえその存在をごまかしうる存在。

 エレナにとって、それは、そこまでに恐ろしい相手なのだ。


 全くそんな風に思っていなかったディーンの思考は混乱する。

 エレナのような存在がそんなにいてたまるか、と。

 なのにそれは事実として目の前に、いる。

 そして、もしそれに負けたら――

 エレナが負けるということは、宇宙船ごと囚われになってしまうということなのだから。


「……そうか。魔人様でもジーニーの相手は無理か、では――」


 ディーンはやや皮肉めいた笑みを浮かべて、それに同じような笑みで返してきたエレナに向かって言い、言い終わる前にその頭にひらめくものを感じ――。


***


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本作は三部作の「第3作」です。

第1作、第2作をお読みいただけるとより作品世界を楽しめます。

■第1作
魔法と魔人と王女様
本作の四百年後。ボーイミーツガールから始まる、王女と高校生の冒険! やがて、宇宙千年史に隠された、全知の知能機械・ジーニー、奇跡の反重力システム・マジック、星界を繋ぐ超光速航行技術・カノンの謎へたどり着きます。


■第2作
マリアナの女神と補給兵
本作の四百年前。荒廃し見捨てられつつある、惑星マリアナ。戦乱の混乱の中、一人の補給兵が出会った少女は、死を恐れながら戦う女神だった。全知の力はどこから始まったのか。「最初の二人の魔人」とは。千年に渡る罪と絆の原風景。

■第3作
魔法と魔人と王女様:プリンセス・リーザ; The Seventh
本作。政治と宗教の間で泳ぐ第七位の王女と、千年を生きる不死の伝説。譲れない信念のぶつかり合い、そして、裏切り裏切られる一人の科学者。やがてたどり着く歴史の真実、彼女が四百年後に繋いだものとは――ここから魔法は始まった
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