第六章 意思、意地(4)
二発の熱針銃の咆哮は、最終的に教会過激派たちを散らしていた。
過激派を名乗る彼らとて、熱針銃というある種の攻城兵器が火を噴くのを見たことなどあるはずがない。その余りの威力に、命惜ししと逃げ出したのだった。
だから、ディーン、エレナ、リーザの三人がディーンのスポーツクーペに乗って逃げ出すのには十分な時間があった。
だが問題は、どこに逃げるか、だった。
応急処置のおかげでまだ具合はいいが、リーザの傷も浅くはない。ずっと浅く早い呼吸が続いている。気丈に振舞っているが、もう体力は限界に近い。
とっさにディーンが思いついたのは、海だった。
調査船に乗って逃げ出せば、当面は追っ手を惑わせることができる。
調査船にはもう少し上等なメディカルキットが積んであるから、さらにしばらくリーザの体力を持たせることくらいはできる。
その後どこかの病院に――。
だから彼は、自然とハンドルを港に向けて切っていた。
「……私の治療のことを考えてるのね」
ディーンの考えを読んだかのように、狭い後部座席に横たわるリーザが声をかける。
「ああ。とにかくどこかの病院に――」
「無駄よ。猊下が本気になれば私の居場所なんてどこにもなくなるわ」
……そうなのだろうな、とディーンは考える。
例えば、鉱石を返せばどうだろう。
そのように考えると、それもおそらく意味がないように思える。
鉱石、つまり『テゾーロ』にこだわっているのは、アンティ・テゾーロだ。
もちろん猊下はそれを奪うことで消極的に彼の信念を果たそうとしているだろうが、それを奪うためだけに、王女たるリーザをこれほどの危険に晒しているわけではない。
ようやく飼いならしたリーザが、反逆した。
反逆者がどうなるか、示さねばならない。
彼は、真の支配者が誰なのか、白黒つけようとしているのだ。
――だから彼は、あえて彼自身の手駒で鉱石を返せと迫るのではなく、相手を王女と知らせずアンティ・テゾーロに襲わせたのだ。
そこで、起こってはならない事故が起こるように。
そして現実に事故は起き、リーザは命の危機にある。
このまま静かに事故死して欲しいだろう。
だから、猊下が鉱石の去就に依らずリーザの居場所を奪うだろうことは、容易に想像できた。
その思考に呼応するように、異変が起こる。
先ほどまで様々な情報をディーンに提供していた、車のモニターが、ブラックアウトした。
同時に、アシストを失ったハンドルは暴れ始め、スマートスロットリングを失ったエンジンがペダルワークに過剰に反応し、電磁潤滑を失ったトランスミッションがレバーに歯車の反逆を伝えてくる。
「デバイス・ローラ! 何があった」
ディーンの呼びかけに応えたのは、意外な相手だった。
「ディーン。ジーニーに攻撃されている。もう、カーコンピュータは乗っ取られてるよ」
そう言ったのはエレナ。
「くそ、車が止まったら手に負えない」
ここで車を降りて、重症のリーザを背負って逃げる――
港はまだ遠い。無理だ。
素早く脳内地図を手繰るが、歩いてたどり着けそうな病院のある街は……多くない。
一時間、二時間と歩く間に、どこの病院もすっかり敵方だ。
そうしたらリーザは――
「大丈夫。ディーンの手足までは縛られない」
エレナの言葉に、思考に溺れそうになっていたディーンは、はっとして、自分の手足を見る。
右手はハンドルを。左手はシフトレバーを。右足はアクセル。左足はクラッチペダルに乗っている。
ディーンの冷徹な判断は右手からハンドルラバーへ伝わり、アルミのロッドを軋ませ、大地に前輪の爪痕を刻む。
ディーンの逸る想いは右足からプラスチックペダルへ伝わり、バルブをこじ開けて莫大なエネルギーを生む。
ディーンの歯車への信頼は、左手と左足にアンサンブルを奏でさせ、彼を取り囲む伽藍をオイルと鋼鉄の魔獣に変える。
ハンドルからの手触り、エンジンの唸り声、背に感じる震え、それだけで、全てが手に取るように分かる。
邪魔するものは、何も、無い。
「ああ、そうだ、その通りだ! エレナ。前方に危険なものがあったら教えてくれ。速度も路面状況も僕が感じるから、大丈夫」
様々な安全のための支援を失ったことは、ディーンに痛痒を与えなかった。
これまでじゃじゃ馬をその腕でねじ伏せ、ありとあらゆるシチュエーションを両手両足だけで乗り切ってきた。
気合を入れ直すようにハンドルを握り直し、さらにアクセルを踏み込んだ。
そして、考える。
――僕はリーザをどうしたいのだろう。
もともとそんな覚悟は無かったのだ。
平民の手に余る貴族の闘争に関わるつもりなど全くなかった。
貴族同士で騙し合いでも殺し合いでも好きにやってるがいい。
――だったらあの時、逃げろと言うリーザを見捨ててエレナと二人だけで逃げればよかったのだ。
だが、リーザを助ける道を選んだ。
それは彼の心にずっと引っかかっていた、リーザに向ける感情があったから。
リーザは、友達、だった。
王女の命令として友達となることを命じられて、エレナの暴力に恐怖し、マリアナで共に冒険し、魔人の真実に共に驚き、裏切られて――
心を通わせ合うはずのない人と、あらゆる感情の嵐を共に過ごし、そして、友達になっていた。
あのとき、エレナが躊躇なくリーザを友達と呼んだことに、心が熱くなった。
だから、絶対に助けようと思ったのだ。
だったら、とことんやるまでだ。
「……一つ、逃げ道がある」
黙っていたエレナがつぶやく。
ディーンは思わず彼女の横顔を見つめる。
「……宇宙へ。私の船で。……燃料は海水から補給できてる。港に向かうんでしょう? だったら、そのまま。私の船をこっちに呼ぶ」
「……君の船? でもあれは、持ち主不明の船として役所に押さえられてて、あそこには守衛もいる」
ディーンが言うと、エレナは、軽く笑った。
「……私の秘密を、二人だけに話しておこうかな。――二人は友達だから。……そう、私は魔人。『エクスニューロ』っていう知能機械が私の本体。じゃあ、それは、どこにあると思う?」
「どこって――え?」
ディーンの表情に、エレナはうなずく。
「ええ。あの船に。宇宙船の通常装備に紛れ込ませて据え付けてあるの。どこにあるとも分からないように。船そのものと言っていい。この私とは、単にブレインインターフェースを介してデータリンクしてるだけ。だから、あそこに堂々と忍び込む必要なんてない。私はただ、私本体を動かして、私たちを迎えに来させればいいの」
あの白い翼の機体――あれがエレナそのものだったなんて。
ディーンは思わずため息を漏らす。
「宇宙にさえ出られれば、後は情報操作でどこの星へでもすぐに直行できる。私があの船をエミリア船籍と偽ることができたのと同じ力で、ね」
「そうだ、確かにそうだ」
ディーンはハンドルを握りなおす。
魔人たるエレナの戦闘力の根源が、目の前の、元はユーニスという名の少女の肉体なのであれば、魔人の情報操作能力の根源はその本体、つまり、あの船なのだ。
船に乗り飛び立ってさえしまえば、情報操作の力で自分たちの痕跡さえ消し去れるかもしれない。
そしてそれは、ディーンに新しい道を拓く。
「そうだ。僕らは、あの鉱石を宇宙に持って行って、全人類に供する。最初からそうだったはずなんだ。どうして忘れていたんだろう」
それを見ていたリーザも、笑みを浮かべてうなずいた。
「……頼むわよ、二人とも。それはたいしたものじゃないかも知れないけれど……頑迷なエミリア正教からもぎ取った、私たちの勝利の証……。きっと、それがなんなのかを突き止めて……」
そこまででリーザの声は途切れた。
「……リーザ?」
思わずディーンが声をかける。
が、返事はない。
「リーザ、大丈夫か!?」
「……意識を失ってる、少し良くない状況みたい」
エレナが見て取ったものを冷静に伝える。
「……急ごう」
一言だけ返し、ディーンは再びアクセルを踏み込んだ。
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