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魔法と魔人と王女様:プリンセス・リーザ; The Seventh  作者: 月立淳水
第二部

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第六章 意思、意地(3)


 光、熱、轟音の順で駆け抜けていった白熱の槍は、小さな家の屋根に直径八十センチ余りの穴を空けながら突き抜け、反響だけを残して星空の中に消えていった。

 ディーンがはっとして見ると、そこには、オズヴァルドが剣を振り下ろそうとした姿のまま固まっていた。


 正確に記すなら、剣を振り下ろす右腕を失った姿だった。


 熱針銃は、オズヴァルドを直撃こそしなかったものの、それが大気をあぶり弾けさせた余波が、オズヴァルドの右腕を、伝来の剣ごと吹き飛ばしたのである。

 ディーンは、とっさの状況の中、ただエレナを守ろうと、振り下ろしてくる剣を狙い撃ちし、見事にやりのけたのだ。一歩間違えば、熱波の渦にエレナをも巻き込んでいたかもしれないというのに。だが、彼にはそれしか手段が無かった。


 ドサリ、と音を立ててオズヴァルドが倒れこむ。続けて、鎧がたてるガチャガチャという音が続く。

 ふらつきながら、リーザが歩み寄るのが見える。


「ああ、オズヴァルド……」


 震えるリーザの声。

 オズヴァルドは、ほのかにうなずいた。


「……殿下、これでよかったのです。俺は、忠実なエミリア騎士として家名を汚さず、敬愛する殿下に手錠をかける不敬を為すことも無く……逝けるのです……」


「あなた、まさかわざと……」


 震えるリーザの言葉を、オズヴァルドは弱々しく首を振って否定した。


「いえ……本気で……本気でやりました。俺も殿下と同じなのです……誇りあるエミリアの未来を、人外……魔人なぞに……ゆだねるつもりはない……ここで魔人を倒す……そのつもりでございました……」


 そして、苦々しげに視線をエレナとディーンの方へ向ける。


「ただ、彼らのほうが上手だった……それだけなのです……」


「あなたはよく戦った。仮にもこの私を追い詰めた。この私をここまで追い詰める『人間』は、後にも先にもおそらくあなただけ」


 エレナは、そう言ってうなずいてみせる。


「リーザは……私が、ディーンが、守る。約束する」


「……そうか……ありがとう。……ディーン、殿下を、頼んだぞ。お前は……腕っ節はひどいもんだが……殿下を信頼させる……何かを持っている……頼む……」


「ああ、分かった。だが、オズヴァルド、僕は、君も救うぞ。さあ、行こう。すぐに治療を受ければ大丈夫だ」


 ディーンは我に返ったように立ち上がると、オズヴァルドの巨体を引きずり上げた。ちぎれた腕の断面からぼたぼたと血が垂れる。


「置いていってくれ……すぐに過激派が……」


 オズヴァルドの声がかつてないほど弱々しく消えていく。

 ディーンの抱く巨体から、何かがゆっくりと失われていく。

 鼓動が、呼吸が、彼を構成する何かが――


「……おい、しっかりしろ、大丈夫だ、僕だって人並みの腕力はあるんだ、おい!」


 ディーンが声をかけるが、そばに寄ったエレナが、ゆっくりと首を横に振った。


「もう……」


「馬鹿を言うな、なんと言われても連れて行くぞ!」


 ディーンは、鎧をまとった重い体をもう一度、肩の高さまで引き上げた。潰れそうになりながら、必死で膝を立てて、這いずるように進もうとする。


「急ごう、なあ、手伝ってくれよ。このままじゃオズヴァルドが死んでしまう、おい、しっかりしろ!」


「ディーン……私を助けたためにあなたにそんな思いをさせてしまって……ごめんなさい」


 エレナは、悲哀の色をたたえた瞳で、ディーンを見つめる。


「違うんだ、エレナ、そうじゃない、僕はオズヴァルドを助けるんだ……オズヴァルドを……」


 急に力が抜け、オズヴァルドごと、床に倒れ込む。

 身体を起こし、目を閉じたオズヴァルドの頬を撫でる。

 もう、戦士は、帰ってこない。

 震えながら振り返り、ディーンはエレナと、そしてリーザを、揺れる瞳を向ける。


「こんなことになるなんて……これは……やっぱり僕のせいなんだ……どうしよう。どうすればいい?」


 ――パシン。

 言い終わるのを待たず、王女リーザが、ディーンの頬を、叩いた。


「それ以上のエミリア『騎士』への侮辱は許しません。彼はエミリア騎士として誇り高い最期を迎えることを自ら選んだのです。さあ、彼を安んじて、そして、敬礼しなさい」


 一瞬の呆然の後、ディーンは我に返った。


 彼女の言葉が方便だということは分かっている。

 ――でも、今は、彼女の言葉にすがろう。

 オズヴァルドは僕にリーザを託してくれた。だったら、リーザに従うことこそ、オズヴァルドの遺志を継ぐことだ。

 心に広がる黒い霧を振り払うには遠かったが、それでも、リーザの言葉は、次に進むための一条の光だった。

 彼は、改めてオズヴァルドを床に寝かせ、その胸に主をなくした剣の鞘をそっと供えた。

 そしてリーザの隣に立ち、胸に右腕を挙げる騎士に対する敬礼の姿勢をとる。エレナもそれにならう。


 忠誠心あふれる勇猛な騎士は、静かに旅立っていった。


***


 全ては、ルカの描いた設計図から、ずれていってしまった。

 何か異常があれば知らせるように、とオーダーしていたジーニーから直感入力があったのは、夕方のころだ。

 しかし、伯爵家との会食を中座するわけにもいかず、じりじりと時間がたつのを待った。

 終わるや否や、彼の父である侯爵に、殿下の件で、と小さく声をかけて、ルカの『城』へ駆けた。

 彼自身が、様々な悪事を行うために用意した、小さな離れ。

 堅牢なユニット式防空壕のようなもので、内部には、まるで秘密組織の指令室のように、いくつものモニターや操作パネルが並んでいる。

 そのすべてをルカ自身が操作するわけではない。

 そうしたものはあくまで最後の手段。全てのオペレーションは、ジーニーが行うのだ。


 そして、その中で進行している事態に、ルカは愕然とした。

 あろうことか、リーザが猊下を裏切り、鉱石をディーンたちに届けようとしていたのだ。

 猊下が、海底試掘中の事故に見せかけてディーンとエレナを始末しようとしていたことは、ルカも知っている。

 ――であれば、海底試掘を止めるために、か。

 その為に、地位と血と貴族の誇りを捨てるか。

 そのリーザの愚かさに、ルカは虫唾が走る思いがする。


 事態は矢継ぎ早に進行している。

 ディーンとリーザの家に直接監視カメラなどはないが、ディーンの車のセキュリティカメラが使えることに気づき、ジーニーに侵入させて、その前後左右のカメラ情報から立体映像を再構成させる。

 猊下はどこまで把握しているだろう、と思い、ジーニーに命じて、猊下の私室を覗き見る。セミリア正教最高司祭たるメアッツァ猊下の私室さえ、その気になればルカは支配下における。ただ、そうしないだけの慈悲を持っているから、そうしなかった。しかし、今は危急の時だ。


 メアッツァは、私室にいない。執務室、会議室、応接室、と探っていき、最後に、メアッツァ家の離れの地下に作られた、猊下だけが出入りできる『聖域の中の聖域』に、彼の姿を見つけた。


 メアッツァは、焦りと困惑の表情を浮かべている。

 おそらく、こう考えているのだろう。

 リーザに慈悲を与えようとしていたのに、なぜ、と。

 ルカは、心中で答える。あなたの慈悲は、甘すぎるのだ、と。

 そうと決めたら、なりふり構わず、相手の手足をもいででも選択肢を奪わねばならない。

 誤った道を選択する余地を残してしまうことこそ、慈悲から程遠い。

 リーザには、そのような過酷な試練など要らない。より深い慈悲と愛で守らねばならなかった。


 猊下には、()()()()()()()

 猊下の招いた危機だ。


「大叔父上。猊下」


 だからルカは一方的にメアッツァに話しかけた。


『……ルカ殿? どこから』


「それはまた追って。危急とお見受けいたしました」


『うむ、そなたにも知られてしまったか。リーザが、鉱石を奪って逃げた。追手は出したが、まだ連絡もない。どこに向かったのか分からぬ』


 その気になればエミリア中のセンサー網を手中に収められるルカにとっては、そんなことはあり得ないのだが、メアッツァにはその手段がない。


「ご安心を。私が追跡しております。あの機械人形――悪魔のもとへ向かっております」


『なんと……いかがすればよい』


「この私が、エミリア王国重鎮の次代の名を以て、教会による騎士の動員要請を受け付けます」


『ありがたい。――あの悪魔との戦闘となるであろうな、誰を出せばよい』


「――オズヴァルド・セラーティ。騎士補でありながら、地上戦では最強かと」


『よい。その儀はそなたに一任する』


 オズヴァルドであれば、悪魔を討ちリーザを説得できるであろう。そのように思っての人選ではあったが。

 手早く公式文書を作り、しかるべき部署に送る。オズヴァルドに猊下――エミリア統合の象徴――の名で命令が届くのに一分もかからぬであろう。

 やがてリーザがディーンたちの家に着き、機械人形・エレナが、恐るべき戦闘力で、猊下の送り込んだ刺客をなぎ倒していく。


 その戦闘風景を見て、ルカはかつて味わった命の危機を思い出し、もしやオズヴァルドでも手に負えぬのでは、という恐怖を感じ始める。


 オズヴァルドが到着したのが見えた。

 熱針銃の一撃で襲撃者たちの車と家屋の一部を吹き飛ばし――おい、中に私のリーザもいるのだぞ――踏み込んで行く。

 しばらく、何も起きなかった。

 やがて、熱針銃の光線が、空に向かって伸び、それから――リーザと、二人の平民が出てきた。

 オズヴァルドの姿はない。

 あの地上最強のオズヴァルドを倒してきたか? まさか情にほだされたか。使えぬ駒だ。

 ルカは舌打ちをする。

 画面の中で、リーザたちが車に乗り込むのが見える。

 声は聞こえないのでどこに向かおうとしているのかは分からない。

 近づいて分かったが、リーザはひどいけがをしている。


 ――おのれ。私のリーザを傷つけるとは。


「ジーニー。奴らはどこに向かう」


『港湾に向かうと思われます。係留されている密入国者エレナの宇宙船を奪取し、宇宙に逃亡する可能性が最も高いと言えます』


「リーザはどうする」


『彼らの脱出に同行すると思われます』


 ……リーザ。

 もはや、そこまで誇りを捨て去ったか。

 第七位王位継承権者、至高の血をその身に流すものの誇りを。

 たとえリーザであろうとも、エミリアの誇りを愚弄するものは、許せぬ。


「ジーニー。あの車を止めろ」


『かしこまりました。カーコンピュータの制御を管理下に置きました。停止信号を送ります。――申し訳ありません。運転手によるマニュアル操作はカーコンピュータの制御を受け付けません』


 車は止まらない。


「ここにきて……!」


 そして、ルカは再びメアッツァに語りかける。


「連中は宇宙に逃げ出すようございます。猊下。宇宙警備艇を動かすとなればこの私の権限とて足りませぬ。何か手がありませぬか」


『宇宙に……宝物とともに、であるな』


「左様でございます」


『……追って、正式な沙汰を出すが、そなたに、父の名において命ず。異端審問の準備をいたせ。審問の場は宇宙警備艇。審問官の名は――宇宙警備艇、主砲』


「かしこまりました」


 ルカも、もはや迷わなかった。

 彼の物だったはずのリーザは、既に、故国たるエミリアに、反逆した。


 彼女の血の価値は、反転した。

 最も尊い血が、同じ容量で、最も穢れた血となったのだ。


 ルカの心が冷めていく。

 ……よかろう。せめて、神の名のもとに、旅立つがよい。


***


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本作は三部作の「第3作」です。

第1作、第2作をお読みいただけるとより作品世界を楽しめます。

■第1作
魔法と魔人と王女様
本作の四百年後。ボーイミーツガールから始まる、王女と高校生の冒険! やがて、宇宙千年史に隠された、全知の知能機械・ジーニー、奇跡の反重力システム・マジック、星界を繋ぐ超光速航行技術・カノンの謎へたどり着きます。


■第2作
マリアナの女神と補給兵
本作の四百年前。荒廃し見捨てられつつある、惑星マリアナ。戦乱の混乱の中、一人の補給兵が出会った少女は、死を恐れながら戦う女神だった。全知の力はどこから始まったのか。「最初の二人の魔人」とは。千年に渡る罪と絆の原風景。

■第3作
魔法と魔人と王女様:プリンセス・リーザ; The Seventh
本作。政治と宗教の間で泳ぐ第七位の王女と、千年を生きる不死の伝説。譲れない信念のぶつかり合い、そして、裏切り裏切られる一人の科学者。やがてたどり着く歴史の真実、彼女が四百年後に繋いだものとは――ここから魔法は始まった
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