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魔法と魔人と王女様:プリンセス・リーザ; The Seventh  作者: 月立淳水
第二部

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第五章 平衡、平穏(6)


「過激派の動きがおかしい?」


 ディーンはエレナからの心配をオウム返しに問い返した。


「ええ、リーザが抑えてくれてるのは分かる、でも、これまではそれなりに気配はあったの」


 それはディーンか初めて聞く話だった。


「気配はあった、って……見張られてたのか?」


「うん。だからおかしな動きがあったら分かりやすいし、逆に私も安心してたんだ」


「そうか、……とりあえずこれからはそういうことの隠しっこは無しだ」


 言いながら、ディーンは小さくため息をつく。


「ごめんなさい……怒ってる?」


「君が一人でずっと戦ってたことに気づかなかった自分に」


 こうは言っても、きっとこれからもエレナは僕の平穏を守るために、陰で戦うだろう。

 だったら僕なりに出来ることを考えなきゃな。

 彼女と同じように戦うことなんてできない。

 だから僕はきっと、平穏を担当するのだ。

 彼女が何百年も自らを遠ざけてきた平穏。

 そうだな――。


 思考が脇に逸れそうになって、もっと大事なことを思い出した。


「そうだ、過激派。アンティ・テゾーロ。それが?」


「この家の周りにも、船着場にも、チラチラと見えるのよ。いえ、見えてた。それがこの数日、『本当に』いないの」


 エレナが『見える』というのならそれは魔人の全知の目に映るということであり、『見えない』というのなら、それは真実として存在しない。エレナがそれを強調したことは、ディーンにもすぐに分かった。


「じゃあこれまではリーザの勅命さえ無視して僕らの周りを嗅ぎ回ってた奴らが、いなくなったという……確かに異常事態かも知れないな」


「……リーザに、聞いてみる?」


 エレナは恐る恐る尋ねる。

 リーザへのアクションはどうしても気後れがあって、ある意味ディーンに一任している。

 同じくディーンを守ろうという立場にありながら、そばにいて常に安全を確認しながら安心を得る自分と、遠くから間接的な安心しか与えられないリーザと。

 そんな気後れを感じている自分にも、少し困惑している。


「だったら、すまない、僕も一つ隠し事をしていた」


 と、ディーンは、彼の情報端末、デバイス・ローラを取り出す。

 そしていくつか画面を操作し、一つの署名無しメッセージを表示した。


「だいぶ前の話なんだ。こんなものが届いていた。誰が差出人か、文面を見るだけで分かる。脅迫に見えなくもなくて――これを見せたら君がすぐさま始末しに行ってしまいそうで、隠していた」


 そこに書かれていたメッセージ。差出人は、ルカ・アリオスティ。


”ディーン・リンゼイ君。機械人形との生活はどうかね? リーザに守られる生活は、快適かね? もう十分に楽しんだだろう。これ以上、リーザをわずらわすのはやめてもらおうか。私とて、リーザが苦しんでいるのを見るのはつらい。だが君たちを始末しようという気にもなれぬのだ。だから、静かにどこかに消えてもらえまいか。リーザの知らぬところで船を出して海の底をまさぐる程度のこと、私は一向に気にせぬ。目的のものを見つけたらそのままマリアナでもどこでも行くがいい。追手がかからぬよう手配だけはしてやる”


「……まるで、今の状況のようで、思い出したんだ。あの貴族がこれを送ってきて、僕らの周りから監視の目が消えた――」


 ディーンは、まるで勘違いをしてしまっている。

 それは、ルカが恐るべき陰謀を動かし始める前に、リーザに汚名を押し付けるために『逃がす』一手としてディーンに送ったメッセージだ。

 実際に彼らが安全に逃げることだけは保障しようというルカなりの温情もないではなかったが、これが偶然にも現在の状況にぴたりと当てはまっている。


「この誘いに乗ることは、沈む船に乗るようなものだ」


「……そうだね。そうかもしれない。このメッセージの意図は分からないけど……」


「……逃げ隠れするのだけは、なにかまずいことになる気がしてる。僕らは、あえて堂々とリーザたちに姿を見せ続けなきゃならない。――実は、ちょっとやりたいこともあるんだ。それがちょうどいいかもしれない。引き続き、周りのことは、任せていいかな」


 少し思案顔だったエレナも、軽く頷いて、


「……ディーンがそれでいいなら。うん、任せて」


 そう言って笑顔を見せた。


***


 何日かぶりに自宅に帰ったとき、ディーンはすっかり自分の『担当』と彼らの自衛のためのプランを練り上げていた。


「――家を?」


 ディーンの提案に、エレナが鸚鵡返しに聞き返す。


「そうさ。郊外に誰にも邪魔されない家を買おう。もちろん調査は続けるさ、それでも、人生を楽しまないって手は無い。お金はたっぷりあるんだ。もともと僕は科学に人生をささげるつもりなんて無かったんだ。僕にとって、採掘は余興なんだ」


 そう言い終わってエレナを見ると、彼女は明らかに不満そうな表情を浮かべている。


「君だってそうだ。いいかい、確かに博士の残した君の使命は、人類の科学的発展を助け続けることだ。だけど、僕がこうして新種鉱石を見つけたときのように君がうまく関わってその助けになれる、そんな時ばかりじゃないだろう。そうじゃないとき、君はどうしてる? 君は、そんな余暇を楽しむべきなんだ。君の人生はとても長いかもしれない。でも、だからこそ、君は、人生のために本気で戦うべきなんだ。マリアナで用心棒まがいのことをやって命のやり取りをするばかりが余暇の過ごし方じゃない。僕はリーザとの戦いに敗れたかもしれないけれど、ある意味で勝者なんだ。なぜって、これだけの補償金を得て、君に初めての余暇を味わわせることができるんだから。いいかい、もう一度言うぞ、僕は科学の奴隷じゃない。自分の人生を楽しむために何だってするぞ、たとえ君の使命とやらを犠牲にしても!」


 そのディーンの熱心な説得に、エレナはついつい微笑みを漏らしてしまい、その微笑が承諾の返事になった。


 ディーンは、結局のところ、エレナの孤独に対する同情が自分の行動の根源にあるのだと自分でも気付いていた。だからこそ、試掘の再開にも同意したし、そのためにリーザの金に手をつけたことも受け入れた。そこからもう一歩踏み出すことは、たいした壁ではなかったのだ。


 せめて自らの生あるうちは、エレナの孤独を癒せれば。


 ただそれだけであり、そうと気付けば、全く実る当てのない新種鉱石探しの試みもかえって好都合にさえ思えたのだ。

 そこに、ルカの策謀を潰す自衛のため、という、ディーンのプライドを満たす裏の目的を付け加えれば、彼はもう全く躊躇なくそれを切り出すことが出来た。


 一週間をかけず、近郊の小さな丘に中古の一軒家を見つけた。レンガ造りの平屋で、リビングと個室三つに屋根裏部屋、リビングから庭に突き出したバルコニーだけの小さな家だが、二人で住むのにはもてあます広さだった。斜面沿いの傾斜地を庭として楽しめる別荘的な立地だったが、その庭は雑木が茂って手入れがされている風は無かった。売主の老婆は、これを売った後は都会の息子のところに住むのだと言う。


 ディーンのIDと生体認証で所有権移転登記を済ませ、同時に住所変更の同報通知を行って、もうこの日からディーンの居住地はこの小さな家になった。

 引越しは後日適当な運送業者に依頼することにし、その日は、エレナと小さなランタンと丸テーブルを挟んで夕食を摂り、遠距離ドライブ用に車に積んであった寝袋で夜を明かした。


 そこからは、平穏な日々が始まった。


 ディーンは、荒れ放題だった庭の雑木の刈り込みに三日をかけた。だが地面を何とか露出させたところで疲れて熱を出し、二日寝込んでしまった。

 エレナは、ほとんどしたことが無いという料理のために材料を買い込んで、何度か真っ黒で苦いスープを作ってから、ディーンが寝込んだその日に絶品のコンソメスープを出した。


 そんな新しい暮らしを楽しみながら、時折、数日の調査航海に出る。長期リース料に日当も含まれている船員たちにとっても気ままな日々だったに違いない。


 掘削深度は徐々に伸びていたが、相変わらず、新種鉱石は出なかった。それが出るであろう深度に達するのには、まだまだ多くの経験が必要だった。ディーンは一度、彼と同じように調査海域閉鎖で思い切って長期休暇を取っていた掘削担当の同僚に連絡をとってみたこともあったが、相手は婚約者と惑星一周リゾートの真っ最中でディーンを手伝う余裕などなさそうだった。


 どんな手を使っても鉱石を掘り出すのは当面無理だろう。無理であるべきなのだ。

 結局のところ、ディーンにとって、鉱石など出ないほうが良かった。

 この気ままで満ちた生活が続く限りは。


 だが、その鉱石は、やがて、思いもよらぬ形でディーンを訪れた。


***


 リーザは、走る。

 激しく息をつきながらも、止まるわけにはいかない。

 彼女の手には、銀色の小さな筒。

 それは、かつて、彼女自身がメアッツァに献上した、新種鉱石。


 走りながら、彼女は自分の決断を思い出す。


”鉱石が出ない限り、ディーンとエレナは、調査を繰り返す”


”そしていつか猊下の罠にかかり、命を落とす”


 言葉にならない焦りの感情を思い出す。

 そして、どうすれば猊下を止められるか、という思考は、やがて別の方向を向いた。


”二人が海に出るのを止めれば、まだ助かる”


”どうすれば二人は、あの無駄な探索をやめる?”


 そして、リーザは唯一の答えを導き出す。


”鉱石さえ彼らの手に落ちれば、彼らはそれ以上の探索はしないだろう”


 人類と科学を導く使命を負ったエレナにとって、あの鉱石を手に入れてその価値を宇宙に問うことこそが真の目的だと知っていたから。

 だから、どうか、それを手に、宇宙に逃げ出してほしい。


 リーザはなぜ自分がそのように考えているのか、全く分からなかった。

 ディーンへの愛情やエレナへの友情という答えにはどうしてもたどり着かなかった。

 リーザの貴族の精神は、人生で初めて愛着を持った『等身大の友人』というものを、理解できなかった。

 だから彼女は、自分でも意味の分からない衝動に突き動かされていた。


 鉱石は、忍び込んだメアッツァ主教の執務室に、粗雑に置かれていた。

 それはまるで誰の興味も引かないように。

 溶鉱炉に投げ込まれていなかっただけ良かったと思う。

 リーザは『定例会』後の、最高権力者だけが特別に滞在を許された時間を使ってそれを盗み出し、教会から走り出した。

 すぐに追手がかかったことは分かった。

 主教の執務室の防犯カメラを無効化するすべを彼女は持たない。

 最初から発覚することが分かっていた。

 それでも彼女を何かが衝き動かしていた。


 追手がかかることは分かっていた。

 もしそのそばに、地上最強の騎士がいたら――。

 彼は易々と追手を蹴散らし、それと同時に、王国と正教に対する大逆の罪を背負ってしまう。

 忠義の騎士の精神は、それに耐えかねるだろう。


 だから、騎士叙任の夢がもうすぐにかなうだろうオズヴァルドを巻き込むわけにいかなかった。

 火薬式拳銃の再発見からオズヴァルドの派遣まで、すべて、リーザが描いた絵図だった。


 リーザは、走る。

 突き止めてあったディーンの新居に向かって。

 それは走るにはあまりに遠く、リーザは街角でタクシーを拾い、王女の身分証を示してタクシー運転手に命を懸けるほどの速度を出させることに成功した。

 そうしてディーンたちの新居に近づいてきたころ――。


 かすかな違和感が車両を襲うのを感じる。

 なにか、パシン、とでもいうような、音にも痺れにも似た何か。

 後ろを振り向くと、百メートルは離れているが、二台の車が追いすがっている。


 追手。

 何をされているのかも分からないが、リーザは頭を下げた。

 エレナの使っているような火薬式の拳銃から、鉛の弾が飛んできているかもしれないと思って。


 が、やがてその正体が分かった。

 それはディーンの新居まであと数百メートルというところ。

 突然、運転手が、ぎゃっ、というような小さな声を上げ、ハンドルに突っ伏した。

 慌てて確認すると、意識を失っている。

 ――神経銃だ。

 当たれば中枢神経に向けて駆け上る神経刺激が、やがて意識の中枢を刺激して、昏倒させる。

 コントロールを失ったタクシーは途端に山道に翻弄され、路肩を飛び越えて林へ飛び出した。

 激しい衝撃にリーザは悲鳴を上げ、そして体を激しく座席に、それから、天井にたたきつけられる。

 割れたガラスから木の枝が突き出してきて、リーザの左肩を貫いた。

 タクシーは二度、三度転がり、低木をなぎ倒し、木の幹に衝突して、止まった。

 リーザは呻きながら、割れた窓から体を出す。

 追手は、夕暮れで視界が効かない中で、潰れたタクシーのところまで降りていくか、ここで待ち構えるか、逡巡している。

 だからリーザは迷わず、銀色の筒を右腕で大事そうに抱えて、林の中を、体を引きずりながら、進んだ。

 ディーンとエレナの待つ、小さな家に向かって。



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本作は三部作の「第3作」です。

第1作、第2作をお読みいただけるとより作品世界を楽しめます。

■第1作
魔法と魔人と王女様
本作の四百年後。ボーイミーツガールから始まる、王女と高校生の冒険! やがて、宇宙千年史に隠された、全知の知能機械・ジーニー、奇跡の反重力システム・マジック、星界を繋ぐ超光速航行技術・カノンの謎へたどり着きます。


■第2作
マリアナの女神と補給兵
本作の四百年前。荒廃し見捨てられつつある、惑星マリアナ。戦乱の混乱の中、一人の補給兵が出会った少女は、死を恐れながら戦う女神だった。全知の力はどこから始まったのか。「最初の二人の魔人」とは。千年に渡る罪と絆の原風景。

■第3作
魔法と魔人と王女様:プリンセス・リーザ; The Seventh
本作。政治と宗教の間で泳ぐ第七位の王女と、千年を生きる不死の伝説。譲れない信念のぶつかり合い、そして、裏切り裏切られる一人の科学者。やがてたどり着く歴史の真実、彼女が四百年後に繋いだものとは――ここから魔法は始まった
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