第六章 意思、意地(1)
■第六章 意思、意地
すっかり日も暮れたある日の夕食後。
突然、ディーンたちの居宅の玄関の扉が激しく叩かれる。
古ぼけた家とは言え呼び鈴もしっかりとあるし、目立たないようにしているわけでもない。夜なら、誰かが近づけば明かりさえ灯るのに、それを無視しての狼藉だ。
億劫に思いながらも、いざとなればエレナもいるし、と軽く考え、気弱そうな相手なら怒鳴りつけてやろうという考えを心に潜めながら、ディーンは扉を開いた。
そこには、想像もしなかった人物が想像もしなかった姿で立っていた。
リーザ。
いつもお忍びのときに着る明るめのワンピースとつばの広い帽子という姿だが、無残にも、その左肩から左袖、左わき腹にかけて、真っ赤に染まっている。
血のにおいから離れていたディーンには、一瞬それが何を意味するのか分からなかった。
そして、真っ先に行動したのはエレナだった。
「入って。傷口は? ディーン、メディカルキットを」
真っ青な顔で倒れこみそうになったリーザをエレナは抱くように支え、部屋の奥に導きいれた。
そのときになって、ディーンはようやく、リーザがひどい怪我をしているのだということに思い至った。
急いでメディカルキットをクローゼットから引っ張り出し、そのついでに厚手のコートも抱える。
ソファにコートを広げると、エレナと一緒にそこにリーザを寝かせた。
メディカルキットの電源を入れ診断モードを起動するとすぐに、透視血流センサーは、リーザの左腕上部と左肩に深い傷があることを発見し、一対のオペレーションマニピュレータをまず左腕上部に貼り付けるよう指示する音声が流れた。
メディカルキットの指示に従いながら、ディーンはリーザの顔を覗き込む。まだぜいぜいと息を弾ませているが、その顔色はむしろ青白く、状況が悪いことは明らかだった。
「……ディーン、よかった……これを……」
リーザは治療を受けているのにも関わらず右腕をひねって、ワンピースの腰紐に結び付けていた何かを持ち上げてディーンに押し付けた。
その形状は間違いなく、ディーンがリーザに渡したはずの鉱石サンプルのケースだった。
「急いでこれを隠して……さあ、早く。それから、これをはがして。私は出て行くわ。私が出て行ったら、百数えて、抜け出して。エレナとどこかへ……」
か細い声でリーザが続ける。
「待って、まずは治療だ、事情はそれから聞く」
「そん……なことをしてる……暇は無いの……すぐに追っ手が来る……」
「ディーン、丘の下から車が来る」
窓から外を見ていたエレナが、リーザの言葉を裏付けるかのように警告を発する。
『応急処置が完了しました。マニピュレータをゆっくりとはがし、左肩に貼り付けてください』
メディカルキットの指示に従いながらも、ディーンは何とか自身の混乱を落ち着かせようと試みる。
いったいなぜここにリーザが?
なぜリーザが怪我をしている?
誰がリーザを追っている?
疑問を一つ一つ持ち上げていくと、おのずとその答えが意味するもの、陰謀の焦点が浮かび上がってくる。
リーザがメアッツァ主教猊下に渡したはずの鉱石サンプルを持って現れ、誰かがそれを追っている。答えは一つしかないのだ。
「猊下を裏切ったのか」
マニピュレータを貼り付けながら、ディーンはリーザに問うた。
リーザは弱々しく笑みを浮かべる。
「裏切り……そっか、そうなるわね……こっそりくすねてくるつもりだったのに見つかって……このざま……よ」
「どうしてそんなことを」
「どうして? どうしてって……」
リーザは一瞬エレナを見て、それからディーンに視線を戻した。
「魔人なんかの助けが……なくたって……人はちゃんと……進歩の道を選べる……見せつけてやりたいじゃない……」
再び微笑みを浮かべるリーザ。
「そっちが魔人ならこっちは王女様よ……そんな気分だった……それだけ」
「あなたは馬鹿なことをした」
エレナは無表情な声色でぴしゃりと言い放つ。
「そうね、でも、人間は……馬鹿なことをしがちなものよ」
「私に相談してくれれば良かった。あんな連中、私が蹴散らしてやったのに」
そう言ったエレナの瞳には、怒りにも似た炎が燃えているように、ディーンには見えた。
「オズヴァルドは!?」
エレナの言葉に、リーザの忠実な近衛兵の存在を思い出し、ディーンは叫ぶように尋ねた。
「巻き込めないわ……彼は何も……知らない……」
たった一人、単身で、このエミリアで王にも匹敵する権力を持つ相手のところに喧嘩を売りに行ったのか。
ディーンはおののきを覚える。
「主教猊下も……何も知らない……という建前でしょうね……今追いかけてきているのは、以前ディーンたちを襲ったのと同じ、過激派連中よ」
メディカルキットが応急処置を終えたことを告げる。緊急用の輸液のためか、リーザの顔色は若干良くなったように見えるが、キットは、すぐに近くの緊急病院に連れて行くよう提案する。
リーザはゆっくりと起き上がり、ソファに座りなおす。ディーンが制止するも、無視する。
「その中でも、たぶん、とっておきの連中。その辺でうろついてるチンピラみたいな連中とは違う……神経銃を持ってる……相手が私だって気付かずに襲ってしまって……もしそうと気づいてしまったら、誰かれなく消そうとするはず。だから、ともかく私はもう行かなくちゃ。あいつらをここから引き離さなくちゃ」
「だめだ、君はここにいるんだ。なぜなら、ここはこの宇宙で一番安全な場所だからだ。そうだな、エレナ」
「ええ、ディーンが嫌でなければ」
「嫌なものか、思う存分に撃ちまくれ。ボディガード料が必要ならこの前のクレジットから好きなだけとればいい」
「もう十分もらった」
エレナは言いながら、コート掛けから上着をひったくった。その上着の内側には、いざと言うときのためにいつも旧式の拳銃を忍ばせてあるのだ。
その拳銃を取り出し、シリンダーが弾丸で満たされているのを確認すると、彼女は安全装置を外した。
「『友達』を傷つけた罪は、たっぷり償ってもらう」
***
照明を落とし、耳を済ませていると、数台の車が家が面する道に停まったのが分かった。
次いで、バタンバタン、と、ドアの開け閉めの音。
ディーンが窓から覗こうとすると、
「伏せてて」
冷静なエレナの声に押し戻され、しぶしぶ、リーザとともにソファの後ろにかがみこんだ。
窓からは道路側は見えない。足音が近づくのは分かるが、どこからやってくるのか、見当がつかない。
玄関をぶち破ってくるか?
庭に回りこんでバルコニーを破ってくるか?
あるいはその両方か?
窓の無いキッチン側に身を潜めているとはいえ、その後ろの壁が破られる可能性もゼロではない。
緊張の数瞬が過ぎ、静寂が破られる。
玄関ドアが蹴り飛ばされ、同時に、ガラスの割れる音。バルコニーから黒い塊がガラスを割って投げ入れられた。
――爆弾だ!
そう思うと同時に、ディーンはリーザをかばうように押し倒して倒れこむ。
だが、爆発音は、間もなく庭から響いてきた。
それは、どうやら神経スタングレネードで、しかも、投げ込まれるのとほぼ同時にエレナが右足でけり返して、正確無比に割れたガラスの穴から庭に蹴り出していたのだ。だからその威力を受けたのはむしろ庭からの突入をうかがっていた何名かの突入メンバーだった。
玄関からリビングへの突入部隊は、バルコニー側の状況を察したのか、足を止めたようだ。
玄関からリビングに至る廊下は狭く、何も考えずに突っ込めば先頭から順に撃ち倒される。それゆえの庭からの同時強襲であった。
その策が無為になったため、彼らは玄関に立ち往生してしまったようだ。
「これであきらめてくれればいいんだが」
「あきらめるもんですか。王女を傷つけてまで先走ったのに手ぶらで帰ったら、彼らは明後日には土の中よ」
「主教様のお祈りをいただけるだけ幸せ者さ」
緊張に耐えかねてディーンとリーザが軽口を飛ばしあう間も、エレナは油断無く左右に目を配り、突破の隙を探す。
いかにエレナが無敵の魔人でも、守るべき対象がいる以上、うかつに飛び出すわけにはいかない。
ふいに、神経銃の照準が自分の目の前の壁面をふらついているのに気がついた。それは、魔人特有の感覚。その全知と未来視は、視覚とも聴覚とも違う全く別個の空間感覚となり、『どこ』に『なに』が『在り』または『在り得る』のかを直接的に理解させる。生まれたときから知っていたかのように。
神経銃の照準が狙っている以上、その銃口がそこに向いている。
その出元も、エレナにはつまびらかであった。
玄関からの突入部隊が静かに歩を進め、リビングの入り口から銃を構えていた。
それを『知った』エレナは、その神経銃を即座に鉛玉で粉々にした。
エレナが次に『知った』のは、神経銃の持ち主の位置と体勢であり、知ると同時に彼女の旧式銃が放った灼熱の鉛玉は、持ち主の三本の指を吹き飛ばした。
パン、パン、という音に、軽口を叩いていたディーンは思わず首を引っ込める。
驚いたのは敵も同じで、その動揺の震えを『知った』エレナは、即座に次の行動を起こす。
指を失った男の隣にいた男をすばやく視界におさめると、引き金を引いた。神経銃ごと指を何本か吹き飛ばす。
最後の一人の腕を銃で打ち抜き三人目を無力化すると、エレナはすぐにリビングに駆け戻る。神経刺激波の影響圏外にいた庭の一派が再び何かを仕掛けようとしていることに気付いたからだ。
彼らの手段は、シンプルだった。神経銃をマニュアルモードにしてフォーカス距離を固定し、部屋中にやたらめったらと神経刺激波をぶちまけるというものだ。そしてエレナが知ったところによれば、その火力支援を受けながら二名がバルコニーににじり寄っている。
照準はでたらめだが、だからこそ、エレナがそれをよけるのは困難だった。エレナを狙うという明確な『意思』が無ければ、彼女の予知能力は半減してしまう。
何とかリビングを駆け抜け、ディーンたちのところにしゃがみこむ。
「大丈夫か」
「ええ。でも、人数が多い。私に対する戦い方をよく理解してる。面倒」
「ご……ごめんなさい……たぶんルカが猊下にあなたの戦闘能力を報告してしまったから……」
申し訳なさそうにリーザは謝るが、
「リーザのせいじゃない。彼らとていずれは学習する。旧式銃と神経銃の決定的な差は、障害物を透過できるかどうか。間に障害物があっては、旧式銃は不利」
軽く息を弾ませながら、エレナはそう言い、すばやく弾丸を再装填する。空になったスピードローダーをディーンに投げよこす。
「詰めておいて」
言われるまでも無く、ディーンは確保しておいたエレナの手荷物を手繰り寄せ、予備の弾丸を取り出しつつあった。
「動けないのか」
神経銃の刺激波がどこに焦点を結んでいるのか見ることのできないディーンが、尋ねる。
「ええ、部屋中やたらめったらにうちまくってる。やつらの銃のパワーが先に切れてくれればいいけれど」
そうでなければ危ないのか、という言葉をディーンは飲み込んだ。
実際、危ないのだ。
ただでさえ小さな家で包囲された状況。
それに加えて、『彼女には守らねばならないものがいる』。
自分が足かせになっていることを感じ、ディーンは焦燥感を覚える。
マリアナでマフィアどもを単身相手にしているなら、この程度の包囲、あっという間に蹴散らしてしまうに違いない。
「ディーン、扉の厚いパントリーがあっちにある」
エレナが指差したのは、キッチンから数歩の位置だ。
「リーザをお願い」
「エレナは」
「屋根に出る。相手が見えれば負けない」
エレナは立ち上がり、ひったくるようにスピードローダーをディーンから受け取ると、キッチンの裏に続く小さなはめ殺しの窓をたたき割った。
それを見たディーンも覚悟を決め、パントリーを開け、中に残っていたものを放り出すと、徐々に力を失うリーザを引きずり込んで身をひそめる。リーザを寝かせるほどの空間はなく、やむなく彼は両足の間にかばうように彼女を抱いた。
エレナがネコ科のようなしなやかさで窓からするりと出て、上に行くのが見えた。
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