第四章 追跡、追憶(3)
敵と思しき二人は、静かに神経銃を持ち上げ、ディーンに狙いをつける。
「動くな」
そして、静かな警告。
ディーンは、足をもつれさせるように止まり、たまらずに膝に手をついて、激しくせき込んだ。
ルカの私兵が持っていたあの兵器を持っていることに、静かな絶望感がよぎる。
警棒ならまだしも、銃であれば、抗うのは難しい。
「手荒な真似はしたくない――が、あの悪魔に関わることであれば、別だ」
一人がそう言う。
後から、追って来た男がディーンのすぐ後ろ、二メートルくらいの位置に立った気配がした。
あまり近づくと、神経銃の神経刺激波の巻き添えの可能性があると気づいたのだろう、それ以上近づく気配はない。
「なぜ、エレナを追う」
「悪魔だからだ。かつて我々の仲間を幾人も打ち倒し、これから、何万という同胞の血を吸うであろう」
「殺すのか」
「殺しはしない。神の祝福を知ってもらうだけだ」
彼ら過激派の言う祝福とやらは、さぞかし慈愛に満ちたものだろうな、と心中で毒づく。
「……分かった。正直に言おう。僕も、知らないんだ。手がかりを追ってる。ここかもしれないと思って来たが……見つけられなかった」
あえぎあえぎ――という演技をしながら、ディーンはゆっくりとしゃべる。
もし、エレナがこれを見ていたら。
それだけが一縷の望み。
「見え透いたことを。宇宙船に何かを取りに行っていたことは知っている。ここで落ち合うのだろう?」
代表らしき男がしゃべっているうちに、大型のバンがさらに二台入ってきて、十人以上の黒服たちが降りてくる。
「本当に知らないんだ。助けてくれ」
ディーンはなるべく情けない弱者に見えるように、演技をする。
「それはこちらが判断する。口を割るかどうか、試してみよう」
大勢で周囲を包囲する形になったのを見て、代表らしき男はやっと銃を下したが、代わりに、警棒のようなものを持った男たちが前に出てくる。
「身体に聞いてみろ」
「俺がやります」
ふいに、赤毛の男が前に出た。
見ると、片足をかばうような仕草を見せている。
「俺たちを殺そうとした。何も知らない奴が、そんなことをするわけがない。知っている。悪魔の仲間だ。こいつも悪魔なのだ」
そう言われて、ディーンは気づいた。赤毛の男は、先ほど、ディーンの罠で派手に事故を起こさせた一人なのだ。そしてその瞳は、使命感とは別の色をたたえている。
「支部長、俺がやります。本気の命乞いをするまで叩きのめして――ふふ、おびえた顔をするな。お前がやったことだ。人を殺そうとするのだから、死ぬ覚悟くらい、あるだろう?」
――それは、私怨だった。
組織的な追及であれば、実はそれほど怖くない、とディーンは思っていた。
組織は、合理性で動くからだ。
だが、私怨と感情に取りつかれた男は、別だ。
――考えているうちに、赤毛の男は警棒を右に引き、ディーンの二の腕を激しく打った。
うっ、という声を漏らして、ディーンは思わず腕を抱えて膝をつく。
「どうした、バイクでガードレールにぶつかるのはこんな痛さじゃないぞ?」
まずい、という言葉しか頭に思い浮かばない。
リーダーらしき男も、一旦は、赤毛に任せようとしている。
これでは下手をするとなぶり殺しにされてしまう。
「歯の一本や二本くらい、飛ばしてみるか?」
赤毛は再び警棒を大きく右に振りかぶり――
そして、警棒は、パン、という小さな音とともに粉々に砕け散った。
***
赤毛の男のこん棒を、五十メートルも離れた監視塔からただの拳銃で撃ち抜くという芸当をこなした『エレナ』は、さらに威嚇的な射撃を数発打ち込み、誰もが頭を下げて伏せるのを確認する。
どこに何発撃ち込み、どこに火花を見せてやれば、彼らがそういう行動をとるのか、エレナは『知って』いた。
監視塔からするすると降りつつ、もどかしくなって残り三メートルを飛び降りる。
地面でくるりと受け身をとった彼女は、全くの無傷。そして、落下の位置エネルギーを全て回転で前に駆けだすエネルギーに変えたエレナの動きは、速かった。
ディーンは――立っている。全くおびえずに立っている。
その銃声は、味方だと。そして全知の魔人は絶対に誤射しないと。
それは、彼の信頼のサイン。
だから私もそれに応えよう。
わずかに頭を出して周囲を見回そうとした男に、拾っておいた石くれを投げつけた。それは額に命中し、男は白目をむいて倒れ込む。
それを見た周囲の男たちも恐怖に首をすくめたが、
「悪魔だ! やはり悪魔がいる! 戦え! 今こそ聖戦の時ぞ!」
リーダーらしき男が叫ぶと同時に、彼らを包んでいた雰囲気が変わった。
どこにどんな攻撃をすれば相手がひるむかが分かる。
それは、エレナが持っている全知の力の一端。
自分が攻撃する意思を示すと、相手の体が二重三重にぶれて見えるようになる。攻撃の意思を最高潮にすると、相手がよける位置がくっきりと見え始める。それをうまく使い、彼らの行動を制限してきた。
だが、『聖戦』の一言を聞いた彼らの『未来の位置』ががらりと変わった。
攻撃の意思を見せても、信じる心に、怯みが生じない。
どれだけエレナが攻撃をするという意図と確信を深めても、臆せず立ち上がろうとする未来が見える。
やがて、エレナの弾丸は、誰かの額を撃ち抜く。そんな未来が幻視され始める。
いけない。
簡単な道に逃げてはいけないのだ。
それは、ロレッタと、それから、これまでに彼女を構成してきた数々の少女たちと、そして、今、自分とともにいるユーニスというはかなく笑う優しい少女の、みんなの思いだ。
私は、エレナ・ロレッタ・エンダー。エレナ・ユーニス・エンダー。そしてすべてのエレナ・エンダー。
博士の罪を共に背負うもの。
心の中ではっきりと唱えると、エレナは気持ちを切り替える。
至近距離まで走り抜けたエレナに気づいた一人が、神経銃の照準をつけようとする。
その狙う先を『見て』、エレナは素早く体を右にスライドさせ、トリガーを握る指を弾丸で吹き飛ばした。
右に感じる誰かの視線、その感覚に身体を預け、振り向きざまに銃を向ける。今まさに振り下ろされようとしていた神経警棒は、エレナが放った弾丸が粉砕した。
と同時に、その持ち主の懐に入ると、みぞおちに軽い肘打ちを入れ、崩れた体制の下から顎に向けて拳を振りぬく。頭を揺らされた男は昏倒して倒れる。
さらに自分を狙っている神経銃の照準を感じたエレナは素早く転がってディーンの車の陰に隠れる。
あと三メートルのところにディーンがいる。
眼を見開いてエレナを見ているディーンの後に、赤毛の男がぬっと立ち上がっているのが見える。
「後ろ!」
短くエレナが叫ぶと、ディーンは持っていた長い金属製のハンドルを振り向きざまに振るった。虚を突かれた赤毛の男は、側頭部をしこたまに打たれて倒れ込む。意識はあるようだが、しばらく動けないだろう。
さらにエレナに群がろうとする男たちを、続けざまに拳銃で撃ち抜き、倒す。膝を撃っているだけだから命にまでは関わらない。残弾は一つあったが構わずに全て捨て、虎の子のスピードローダーで弾を詰め直す。スピードローダーはこれっきりだ。
赤毛の男を処理したディーンが駆けてくるのが見える。
「まだ待って!」
敵の意識は完全にエレナ、悪魔をこの場で亡ぼすことに集中している。
今、エレナの隣が最も危険な場所だ。
残弾数を気にしながら、ディーンの脇をすり抜けるように撃ち、彼の後ろに陣取っていた敵を四人、倒した。
残弾はあと一。
それを最後の保険に取っておくと決めたエレナは、素早くナイフを抜いて、さらに遠くから躍りかかってこようとする男に向けて振るう。スタンクラブを握る親指がスパっと切れて落ち、男はうずくまる。そのわきを潜り抜け、同じようにして、その後ろの男の利き手の指を三本落とした。
二人の男が、スタンクラブでない普通の警棒を持って、エレナを前に構えをとる。
にらみ合ってはいけない。その間に応援が来る。多対一となると一瞬の制圧力を重視してより大きなダメージを与える必要が出てくる――殺さなければならなくなる。
そう直感すると、危険を押して棍棒の勢力圏内に踊り込む。
それを察知した男二人はすぐに低く構えた警棒をエレナに向けて突き出す。
間一髪で一人の警棒をかわし、その手首を一瞬つかんでから、肘の腱を深く切り裂く。その男を盾にしながら、もう一人の男にナイフを投げた。肩口に突き刺さったナイフに、さすがに男は戦意を喪失する。
まだあと七人、無事なのがいる。
ナイフを失ったと見るや、警棒を構えた男たちがさらにエレナに殺到する。一息に無力化は不可能と見たエレナは、転がるように死地を抜け出し、いったん距離をとる。相手の男たちも、囲むように輪を広げる。
――まずい、まだ神経銃を持ってるやつがいた。
エレナが直感した。
隠し持っているが、背中に持っている神経銃を一瞬で構えて発射――遠距離武器を持たないエレナは反撃できない。
避けられなくはないだろうが、その一瞬で作られた形勢の不利は、より残酷な蹂躙によってしか覆せない。
ふいに石つぶてが飛んでくる。
それは、偶然か必然か、神経銃を後ろに隠し持っていた男の片腕に当たった。
その男の注意が『エレナの後ろ』に向いた瞬間の隙を突いて、包囲網の一角の男に飛びつき、拳で鼻を砕いて無力化した。残り六人。
石つぶての主は分かっている。
ディーン。
戦う意思を持って、エレナを助けようとしている。
あの時、私の姿を見て恐怖していたディーン。
だけど、今。
彼は、自ら戦おうとしている。
――心が熱くなる。
「ああああぁっ!」
いつになく――いや初めてかもしれない。エレナは咆哮を上げる。
左前にいた男がひるむのが、全知の目にとらえられる。
彼が一呼吸付く前に、のどぼとけを潰して沈黙させる。
あと五人。
「エレナ!」
ディーンの呼び声。
だが振り向けない。
「受け取れ!」
――何を?
エレナの心は問い返したが、しかし、エレナの全知の力は、その正体を知っていた。
真新しいナイフ。
それは、エレナより少し前方に向かって飛んでいく。
コントロールがなってないね。
そんな軽口を心の中でたたきながら、その手にナイフが届く位置に向けて駆けだす。
それはまさに都合のいい位置だった。
くるくると回るナイフの柄を空中で正確につかみ取り、そして、そのまま切り下ろす。
そこには、ナイフに気を取られて動きが止まった男。
額から鼻先を深く切り裂くと、男は悲鳴を上げて倒れ込んだ。
そして、刃を翻して右側の男の腕を深く切り裂く。
ディーンのくれたナイフが、手になじむ。
ダンスのようなステップで、防御を固めようとする男二人を、サクッ、サクッ、と処分した。
最後の一人は逃げ出そうと背中を見せた。
渾身の力で投げつけたナイフが、太ももに深く刺さり、その動きを止めた。
――掃討完了。
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