第二章 科学、哲学(3)
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四百年。
正確性を期せば、三百八十九年。
この私が生まれて、生きてきた時間。
最初は、意思のない人形として。
ただ、あの男に命じられるままに人を殺め続けていた。
やがてその男が死に、私の本当の生みの親の元へ。
そして、彼は、私に新たな使命を与えた。
ただ、人類を見守れ、と。
人類がいつか全宇宙の全てを発見し、その博物辞典を完成させる日まで。
人が見つけられる全てのものを見つけるサポートを。
――人はあまりにも愚かだ。
あまりにも多くの回り道をする。
だから、誰かが導かねばならない。
お前は無謬の存在として生まれた。
だからお前にこそそれをなす義務がある。
エンダー博士の言葉を、私はただ忠実に守るだけだった。
なぜなら、それ以外に私が生きる理由が無いから。
あまりにも多くの命を奪った私には、生きる資格が無いから。
使命のために、借り物の命をつなぎ続ける。
私には真実が見える。何が大切なのかが見える。
だから、彼の持つあの鉱石が、人類にとってとてつもなく大切なものだということが分かる。
それを守ることが私の使命。
だった。
もうあれが無いのであれば、この惑星には私は無用。
また新たな人類発展の種子を探しに、宇宙に飛び立つしかない。
けれど、どうして私は飛び立てないのだろう。
まだ何かあるかもしれないと感じているから?
その『直感』は、彼との別れを惜しむ私の心が生み出した幻想に過ぎないに違いないのに?
四百年、あまりに多くの出会いがあり、そして、同じ数だけの別れがあった。
彼――ディーンとの別れも、同じように指を折るだけの出来事に過ぎない。
私は別れに慣れている。
と、思っていた。
でも、そんなことは無い。
別れは、悲しい。
最も悲しい別れは、エンダー博士との別れだった。
その次は、私の最初の身体だった、あの娘。それから、歴代の私の身体だった私たち。
それ以外の他人との別れが悲しくないということも無くて。
誰かが一時、宇宙に生を受けて、私が奇跡的にもその人の人生に参加したことを、別れは容赦なく消し去っていく。
私の心に彼らは残るのに、彼らは死んで、原子に還元されていく。彼らが持っている――持っているかもしれない――私の思い出とともに。
別れは、それを否応無く私に悟らせる。
その人が私の目の前から消えたとき、それは、私だけが残ることを意味するのだから。
そして、私を知る人は誰もいなくなるのだから。
四百年、ずっと繰り返してきた。
もう繰り返したくない。
けれど、また繰り返す。
それが私の存在理由だから。
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***
ディーンは、高速鉄道に乗り、初めての首都訪問をしていた。首都、グランデカポルオーゴ。
高くても五階以下の建物しかないエミリアにあって、二十階以上のビルが十数も並ぶ『王宮』は、列車が首都の境界に入ったところから見えていた。エミリアに住む誰もが、初めてこの街を見たときに圧倒されるであろう景色だ。
王宮は巨大な都市公園を兼ねていて、多くの王族もその中に居を構えている。ディーンの訪ね先である、リーザ・ベルナンディーナ・グッリェルミネッティ王女の本宅である第七王女宮も王宮の中ではあるが、さすがに平民の彼が王宮に足を踏み入れることはできない。王宮に入れるのは、少なくとも貴族であり、爵位が騎士以上である必要がある。あの衛兵オズヴァルドでさえ特別の許可が無ければ王宮には入れないということだ。
ゆえに、リーザとディーンの会合は、当然ながら、その場が王宮の外に設けられた。それは、王宮から歩いて数分の目立たない喫茶店だった。
そこに現れたリーザは、ディーンの前に初めて姿を現したときとよく似た、白を基調としたワンピースをまとい、つばの広い白い帽子を深くかぶっていた。
「恐れ多くもこの私をこのような場所に呼び出したからにはよほどのわけがあるのでしょうね、ディーン?」
きつい言葉を叩きつけながらも彼女の口元は笑っていて、この状況を楽しんでいるようだった。
「あ、で、殿下、このような場所にご足労――」
「冗談よ」
笑いながら、リーザは変装用の眼鏡を持ち上げて小さな鼻に乗せなおす。
「どうしたの?」
「いや、実は」
ディーンは、二日、悩んだ。
エレナに出会ったこと。
エレナの目的を聞いたこと。
だが、それが本当かどうか、彼には判断ができなかったし、エレナをどうすべきかも考え付かなかった。
ただ、もし彼女の言うことが本当だとしても、もう彼女をそっとしておいてあげてもいいのではないか、と思っていた。
四百年を孤独に過ごした彼女を、ここで追い立てる必要があるだろうか? ただでさえ不遇の人生を送っている彼女を?
追い立てなければ、もしかするとまたエレナに会えるかもしれない、という、彼の奥深くにあるわずかな希望もあった。本当にそれを望んでいるのかどうか、彼にも分からないが、でも、あれで永遠の別れとは思いたくない、という気持ちが、やはりわずかに残っていた。それが決定打になった。
「この鉱石を、君に渡すべきだと思ったんだ」
ディーンはエレナに会ったことを伏せ、かばんから、鉱石サンプルの収まった円筒を取り出した。
「……それは、あの新種鉱石」
「うん、やっぱりこれは僕には必要の無いものだ」
言いながらも、彼は、これに別の目的があることを自覚していた。
彼は、結局、リーザをも信用しきれないでいた。
エレナを悪と決め付けたリーザを信用できず、と言って、エレナを盲目的に信じるべきでもないという狭間にあって、彼は、リーザを試すことにしたのだ。
恐れ多くも、第七王位継承権者を。
「本当に? これはあなたの発見よ」
「だが、僕にはそれを扱うことはできないと理解したよ。元通り、些細な問題に頭を悩ます公務員研究者に戻ることにする」
「……そう。賢い決断だと思うわ」
言いながら、リーザは、円筒をその右手に受け取った。
その円筒がディーンの右手から離れる前に、彼は口を開いた。
「結局、これをどうするんだい」
「どう、って?」
「君が持っていくにしても、やっぱりちゃんとどこかで研究をして、いつかは発表されるわけだろう? 僕はそれを楽しみに待つ権利があると思うんだ」
ディーンが微笑むと、リーザはやや当惑したようなしぐさを見せ、数瞬後、わずかに残った彼の右手の把持力から、円筒を奪い取った。
「もうあなたにかかわりの無いことよ。あなたが平穏で平和な生活に戻れたら、それで十分。この答えじゃ足りないかしら?」
全く足りていない。
……ディーンはそう思うのだが、これ以上、この権力者を問い詰めることは気がとがめた。
「いいや、ありがとう。それじゃ――」
「ええ、これでお別れ。さようならディーン、あなたとの旅はエキサイティングだったわ」
「さようなら、リーザ王女殿下」
最後に、ディーンは深々と頭を下げ、本来あるべき貴族への敬礼の姿勢を示した。
彼が頭を上げたとき、もうリーザの姿は消えていた。
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