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魔法と魔人と王女様:プリンセス・リーザ; The Seventh  作者: 月立淳水
第二部

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第二章 科学、哲学(4)


 ディーンは、元の地質調査局に復帰した。

 おそらくリーザから連絡があったのだろう、ディーンの自宅待機命令は解除されていたし、自宅待機命令は誤りだったとしていくばくかの行政賠償も受け取った。


 それから、再び計画を立てて海洋底の地質調査をする日々が始まる。

 当然ながら、復帰したばかりのディーンが海洋に出る機会はまだだいぶ先だが、元所属していたチームがちょうど調査航海中で、次回調査海域の企画立案をする役割が回ってきた。


 ディーンはそこでぼんやりと地図を眺めていて、ふと、ある一帯で目が止まる。

 それは、新種鉱石が発見された領域。


 あの新種鉱石が出たのは、大陸側プレートの浅くなっている部分だった。プレートテクトニクスがまだ続いているエミリアでは、当然そういった領域で様々な鉱石が見つかるものだが、おそらく、プレート境界から一定の距離の部分、一定の深さの層に、帯状に分布しているのではないか、とディーンは考えた。

 その鉱石がどのようなプロセスで作られるのかは全くわからないものの、もしかすると陸域でも十分な深さに掘れば――つまり、大陸地殻底部から測って一定距離にまで掘り下げれば、新たに見つかるかもしれない。


 何を考えているんだ、僕は。


 そんな風に自問するが、その答えは明確だった。

 気になるところを掘って、何が悪い?

 科学者としての僕が気になるのだから、そうすべきであるだけだ。


 ディーンは、あの新種鉱石をあきらめていない自分を発見する。

 そして、そこで、無意識の自分の思考に気づいた。


 もう一度、掘り出す自信がほどほどにあった。

 サンプルをあっさりとリーザに渡したのは、心の奥底に、それがあったからだった。


 そんな風に考えてしまっている理由は、彼自身も、はっきりと言葉にできないでいる。もしかすると、あの不死の少女――エレナとの最後のよすがと考える気持ちがあるのかもしれない。あれだけの暴力、あれだけの悪魔性を見せられてなお、彼女との出会いを無かったことにはできかねているのかもしれない。


 そうした日々を約半月ほど過ごしたときに、彼の思惑を全てぶち壊しにする事件が起こった。

 彼の業務用メッセージボックスに新たに届いたメッセージは、彼のみでなく、その事務所全員に動揺を誘った。

 彼の目の前のディスプレイには、こう表示されている。


『オルテンシア海における海洋底掘削事業を無期限に停止する』


 オルテンシア海とは、まさにこの調査局港湾事務所の東に広がる、エミリア最大の大洋のことだ。


 これは、殿下の仕業だ。


 とっさに事態を飲み込む。

 そう、それでしかありえない。この海でなら、ディーンがもう一度あの鉱石を掘り起こす可能性がある。そのことに気付いたリーザが、早くも手を打った。そうとしか考えられない。

 やはりリーザの目的は、彼から厄介払いをするというごく個人的なものでもなければ、他国を出し抜いて秘密裏に新種鉱石の分析をするということでさえも無い。

 あの鉱石を、ディーンの手から、研究者の手から、――あるいは人類の手から、遠ざけることなのではないか。


 エレナの言葉が反転して重なる。

 エレナの目的は、人類の進歩を助けることだ、と。

 リーザは、まさにその正反対のことをしようとしているのではないか。


 では、なぜ――?

 分からない。

 考えても答えが出ない。


 だが、ディーンは、これを、ひどい裏切りだと感じていた。

 エレナに、リーザに、出会わなければ、おそらくそんな感情を抱くことも無かっただろう。

 もしリーザの仕業と知っても、貴族の戯れに腹を立てるなど僭越に過ぎる、と考えただろう。腹立ちどころか疑念さえ抱かなかったかもしれない。


 だが、ディーンは変わってしまった。

 高貴の身分を保つために戦いながらも自分と同じように笑う少女と、何百年という孤独と戦いながら人類を影から支え続ける少女に出会ってしまったから。


 少なくともその片方が、何かの事情があって、何かの陰謀を動かしている。

 その『事情』とやらに対する怒りに近かった。

 だから、彼が、まだ個人的に保存したままだったリーザの連絡先を開き、許可が取り消されていなかった彼女の居場所を特定する権限をひそかに行使したことは、彼には実に自然に思えた。


***


 ディーンは、首都に向かっている。

 リーザはずっと王宮にいるようだ。

 彼が王宮に入る機会はない。と言って、呼び出せば警戒される。

 彼女を問いただすのだとすれば、彼女がディーンに会ったときのように、お忍びで城下町に出る機会をうかがうしかない。

 幸い、彼にはそれを確かめるすべがある。彼女がふいに王宮から足を踏み出せば、彼はそれをすぐに捉えることができるのだ。それは、彼女の侍従たちさえ持たない権利だろう。これをそのままにしたことは、――ディーンにとっては僥倖だが――リーザにしては大変な手落ちと言うしかない。


 王宮近くの繁華街の喫茶店で、特に変わったそぶりも見せずに情報端末をいじっているだけの男は誰の興味も引かないだろう。その実、おそらくは数日後、王室情報セキュリティの興味を一身に集めるような大事を為している。


 やがて表示に変化が訪れる。

 リーザの現在位置を示すアイコンが、王宮の中を移動し始める。王族たるもの、本来は何らかの公務でもなければ王宮内を移動することも珍しいのだから、これは良い変化だ。やがてそれは、王宮の北東部に位置する、敷地内を一部市民に開放した王宮公園に差し掛かろうとしている。

 まさにこれはディーンが狙っていたチャンスだ。もし彼女が、ちょっとした気晴らしに王宮公園に姿を現しでもしているのなら、ディーンにも接触の機会がある。会計を済ませると、矢のように飛び出し、タクシーを拾って王宮公園へ向かった。


 五分あまりでタクシーは王宮公園についたが、そこでリーザの居場所を確認したディーンは、タクシーを降りるのを取りやめた。というのも、まさにタクシーが停めようとしたその先に停まっている目立たない車の場所を、リーザアイコンが指していたからだ。運転手に、あまり気を引かないよう前の車を追うように指示すると、運転手も、ディーンの職業を勘違いしたのか、お任せあれ、と得意げな顔でハンドルを握った。


 走った時間はわずか十分。車は、郊外側の賑わいがやや落ち着いた街角で停まった。ディーンは、用心してその二百メートルほど手前で車を降りる。

 そこは、幅二十メートルほどのレンガ張りの道路、その両脇に街路樹の立ち並ぶ、エミリアではありふれた通りで、左側は雑貨店や花屋が並び、車が停まった右側はずっと生垣が並んでいる場所だった。

 一瞬、車を下りてその生垣の中央に開いた門をくぐったリーザを見て、ディーンもすぐにそれを追った。

 その場所が、教会だということをディーンが知ったのは、彼がその正門の前から中を臨んだときだった。


***


 穏やかな日差しに照らされた教会の前庭は青々とした芝生とその中を通るレンガの小道からなっている。いくつかの低い木立と、一本の大きなポプラの木が芝生に影を落としている。お祈りに来た市民が、小道の脇で立ち話をしているのが見える。

 ディーンが足を踏み入れたときにはすでにリーザの姿は見えなかった。おそらく教会の中に入ってしまったのだろう。

 建物は間口が三十メートル近くの大聖堂を中心として、神学校生向けの宿舎が付属しただけの簡素なものだ。それでも、十字架が掲げられた尖塔の高さは十五メートルはあるだろう。お祈りの日でもない場末の教会は、庭を散策する人が数人見える程度で人気がほとんど無い。

 教会なら誰が立ち入ってもとがめられないし、警戒されずにリーザに近づくこともできよう。そう考え、ディーンは歩を早めて扉の開け放たれた大聖堂へと入った。

 外の明るさとのコントラストで少しの間視界が暗転したものの、すぐに目が慣れ、そして、リーザらしき白いブラウスの女性が礼拝所の右奥の小さな扉を押し開けているのが目に入った。ほかに大聖堂の中には誰もいない。むしろ、リーザの行動のタイミングから見て、誰もいなくなるのを待ってからあの扉を押したのに違いない。見失ってはならぬ、と、ディーンは自らを急かす。

 そして扉の前に立つと、ガラスの嵌まっていない格子だけの窓から、中にリーザがいるのが見えた。その声もかすかに聞こえてくる。リーザの正面に立っているのは、白いローブと頭巾をつけた男。司教だろうか。


 と思っていると、リーザがひざまずいて頭を下げるのが見えた。

 その光景に、ディーンの頭は混乱を来す。

 あの、最高位の貴族が頭を下げる相手とは?


「……猊下、このような場所にお越しいただき、大変な御足労でございました」


 彼女の目上の者に対する敬語を、ディーンは初めて聞いたように思う。


「よい、私の教会で、今、そなたに会うのは、お互いにまずかろう。そなたの働きに報いるのに何の苦労があろうか」


 答えた男の顔がちらりと見える。

 しわが刻まれたその瞳はグリーンで、おそらく七十は超えているであろう歳にもかかわらず、眼光は鋭い。白くなった分厚い眉と垂れ下がった頬が印象的だ。頭巾の端から白髪がのぞく。


「改めてこちらを持参いたしました」


 リーザがそう言って取り出したのは、見間違えようもなく、あの新種鉱石サンプルだった。それを見て、ディーンは思わず声を上げそうになり、必死で自制した。


挿絵(By みてみん)


「調べたか」


「はい、猊下にご指示いただきました通りに、他国の最新カタログとの照合をいたしました。間違いなく、宇宙のどこにも存在しない新種の鉱石でございます」


「うむ」


 『猊下』と呼ばれた男は、低く唸るように返事をすると、サンプルを左手にとる。


「メアッツァ主教猊下、それをどのように」


 リーザが尋ねると、メアッツァ主教猊下は首を横に振る。


「そなたが知る必要はない。だが、このエミリア――我らエミリア正教の聖地で、我らの教義の外の物が見つかってはならぬのだ」


 言いながら、メアッツァ主教は、左手の円筒を、ローブの中にねじ込んだ。


「エミリアの民は、エミリア正教の教義にもとづく深い信仰心により、心から幸せに暮らしておる。だが、よいか、もしここで教義に外れるものがあれば――人々は、隣人を疑いだすかもしれぬ。あるいは、この新しい何かを試そうとする――自らの考えで新たなる地平を覗き込もうとするものが現れるやもしれぬ」


「人々は、そうやって発展を遂げてきました」


「それは、そうしたいものに任せておけばよい。信仰心でお互いを信じ合う民に、猜疑の種をまく必要はないのだ。ましてや、神を試そうとする試みを許してはならぬ」


「その御心、感服いたします」


 ひざまずいたままのリーザは、軽いため息をつきながら、メアッツァ主教の言葉にうなずいた。


「他国を見よ。信仰の薄い国々を見よ。争いと嫉妬の絶えぬ国々を見よ。神の御心を疑い神の作りたもうた宇と宙の深淵を無遠慮にまさぐる愚かな者どもは、皆、心を失い争い合うという深い業を植え付けられておる。裁きの日には、彼らの霊はみな深い地獄へと導かれねばならぬ。私は、エミリアの民にそのような業を背負わせたくはないのだ」


 ディーンはその言葉を聞きながら、ようやくその人物が何者なのかに気付いた。


 エラルド・メアッツァ主教。


 エミリア正教の最高司祭。彼が信仰するエミリア正教の最高指導者だ。

 その猊下とリーザ殿下の密会を覗き見ていることに同時に気付き――ディーンは身のすくむ思いがした。なんという不遜、なんという不敬。

 だが、彼は立ち聞きをやめることができなかった。

 なぜ、彼自身の――そしてエレナの――科学的好奇心の芽が摘まれなければならなかったのか、彼らはその話をしているのだから。


「猊下のお言葉、ごもっともにございます」


「そなたは賢い。あれを見つけてすぐに私に告げたことはそなたの信仰心の篤さと見えよう」


「当然のことにございます」


「うむ。ともすれば王族でさえ――王位継承権者でさえ――信仰に揺らぎの見える者がおる。神の御言に従い裁きの日に選ばれる民を率いる者は、そうではならぬ。そなたのように信仰篤き者であるべきだろうな」


「もったいないお言葉、恐悦にございます」


 ――なんということだろう。

 ディーンは、瞬時にそれを理解してしまった。

 リーザは、王位、あるいはそれに準ずる地位を得るその後ろ盾としてエミリア正教主教を味方につけ、そのために――彼の科学的発見とその発展を、握りつぶしたのだ!


 全てがつながる。

 なぜ、アンティ・テゾーロという教会下部組織が躍起になっていたのか。

 にもかかわらず、その手柄をリーザに献じようとしていたのか。


 全ては、リーザを信仰行政の至高の座――おそらく典礼尚書あたり――につけることで、宗派の地位向上を狙っていたのだろう。


 全ては、リーザのため。


 リーザがしばらくアンティ・テゾーロを抑えておけたのも、種を明かせば他愛ない。

 リーザこそ彼らの主君だったのだ。


 彼女の裏切り――彼には裏切りとしか思えなかった――に怒りを覚え、思わず握った拳に力を込めてしまう。

 彼はそれ以上、二人の会話を聞く気になれず、扉の前を離れて大聖堂を後にした。


***


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本作は三部作の「第3作」です。

第1作、第2作をお読みいただけるとより作品世界を楽しめます。

■第1作
魔法と魔人と王女様
本作の四百年後。ボーイミーツガールから始まる、王女と高校生の冒険! やがて、宇宙千年史に隠された、全知の知能機械・ジーニー、奇跡の反重力システム・マジック、星界を繋ぐ超光速航行技術・カノンの謎へたどり着きます。


■第2作
マリアナの女神と補給兵
本作の四百年前。荒廃し見捨てられつつある、惑星マリアナ。戦乱の混乱の中、一人の補給兵が出会った少女は、死を恐れながら戦う女神だった。全知の力はどこから始まったのか。「最初の二人の魔人」とは。千年に渡る罪と絆の原風景。

■第3作
魔法と魔人と王女様:プリンセス・リーザ; The Seventh
本作。政治と宗教の間で泳ぐ第七位の王女と、千年を生きる不死の伝説。譲れない信念のぶつかり合い、そして、裏切り裏切られる一人の科学者。やがてたどり着く歴史の真実、彼女が四百年後に繋いだものとは――ここから魔法は始まった
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