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魔法と魔人と王女様:プリンセス・リーザ; The Seventh  作者: 月立淳水
第一部

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第四章 疑念、疑惑(4)


 敵が何者かを知らねばならぬ、と決意した数日後、ディーンはエレナを連れて、爆破されたマンションの前に戻ってきていた。

 マンションのほかの住民も避難しているようで、警察の張り巡らせた進入禁止テープが全体をぐるぐる巻きにしている。

 と言って、何か捜査をしている風ではない。

 初日に処理のために住民を追い出し立ち入り禁止にしたが、それをそのまま放ってあるだけだ。

 二人とも知らないが、マンションは丸ごと買い上げられ、それ以上の捜査を不要として、あとは建て直すだけ、という処置がとられている。


「ディーン、確認しておくけど、それは本当に知らなきゃならない?」


 エレナが、ディーンの横顔を見つめながら言う。


「警察に任せておけばいいし、それで放置されるなら、それがこの国のやり方、ということだよ」


「そうだね。君の言う通りだと思う。この国のやり方。面倒なものには触れない。触れそうになるのなら、貴族が出てきて強権で処理する」


 リーザの仕業ではない、ということは、おおよそ確信がある。

 となれば、一体誰なのか、となると、おそらく、リーザ以外の貴族の誰かなのに違いない。

 ディーンの鉱石を『面倒なもの』として処理しようとしているのも、きっと貴族なのだ。


「……僕は別に、悪を暴いて正義を執行しようなんて思ってないよ。ただ、知っておかないと、と思ってるだけ」


「でもあの人は、知らないほうがいいと言った」


「その通りだ。だから僕は、畏れ多くも王女殿下の配慮と助言に逆らおうとしている」


 エレナは、黙って首を振る。

 実のところ、エレナも、知らないほうがいい、と思っていた。

 いや、エレナ自身は知らなければならない。

 叩き潰そうなんて思わないが、最低限の自衛のために、知ることは絶対だ。

 いずれエレナは、ディーンに秘密で、敵の正体を把握しておこうと思っていた。

 でもそれが、ディーンの心をかき乱すものになるかもしれない、とも思っていたから。

 知識は鋼鉄の知能でもかき集められるけれど、それを落とせる心は、あまりに弱い。


 このあたりが潮時かもしれない、という思いが、湧き上がってくる。

 別れは切ないが、恐怖や情愛に突き動かされる人の心は、余りに脆い。

 それがディーンの心を砕いてしまう前に。

 あとは私が一人で、全てを片付けるべきなのかもしれない。


「――エレナ、僕の心配をしてくれているのなら、大丈夫、何かあったら、ちゃんとリーザに相談する。でも、確かめさせてほしい」


 終焉の日が、近いのかもしれない。


「……分かった。ディーンが納得できるように、私も手伝う」


 そして、エレナは、前に出て、自ら警察の規制線をまたいで乗り越えた。

 マンションの中は、あの時のまま、ただ、人気が無く、がらんとしている。

 ディーンたちのいた三階まで階段で上がってみると、ディーンの部屋とその両隣に黒い焦げ跡が見える。

 下の階から噴き出した炎は、あの後、両隣に延焼してしまったのだろうか。

 余り積極的に手伝う気になれず、エレナは焦点を外して、現場に踏み込もうとしているディーンを眺めている。


 あの後、原因を探るために、捜査員がたくさん入っているはずだ。

 そう思っていたが、中を見てみると、意外なほど、焼け落ちたままになっている。

 室内の簡易消火設備のおかげで、部屋の半分以上は全く被害が無く、炎の跡は不自然に玄関からリビングを経てバルコニーを這いまわっている。

 おそらく、爆発性のものと、延焼性のものを準備していたのだ。

 爆発は着火を目的とした最小限のもの、その後、ディーンたちが外に逃げ出そうとするのを見越して玄関やバルコニーを炎でふさぎ、一方、寝室辺りに隠してあるかもしれない『目的のもの』を焼いてしまわないように配慮した――あれを手に入れるという執念が、見て取れる。

 慌てていてよく覚えていないが、玄関で、確かに足元に何か液体のものが撒かれていたような記憶が、よみがえる。

 どうやら玄関で見た両隣の延焼の後は、そこに仕掛けられていた延焼物によるもので、両隣の室内は無事のように思える。


 リビングと寝室を隔てる扉も真っ黒になっているが、燃え落ちているというほどでもなく、ノブに手をかけると、軋みながらも回りそうだ。

 その扉を手前に引こうとして――そう、確かに、その扉を何度か手前に引いた形跡が、見える。

 余り現場の捜査をしたようには見えないのに、ほとんど火の手の入らなかった寝室に出入りしているものがいる。


「……エレナ、どうだろう、開けたらまずいかな」


 ディーンは斜め後ろで見ているエレナに尋ねる。

 もしかすると、襲撃者が中に潜んで、ここに帰ってくるディーンを待ち伏せしているかもしれない。

 考えすぎかもしれないが、敵の執念を考えると、ありえない話ではない。


「物音は、しないね」


 エレナは耳を澄ませてからそう言い、かがんで、扉の下の隙間を覗いたり、軽くドアに耳を当ててみたりしている。右耳がすすで汚れている。


「多分、大丈夫」


「そうか、じゃあ開ける。何かあったら、頼む」


 言いながら、ノブを回し、意を決して、ゆっくりと扉を引いた。

 中は、窓から差し込む陽光に照らされた埃が舞う、静かな部屋だ。

 直前に誰かがいたような空気の乱れも、見えない。

 その中を注意深く観察していたエレナが、


「うん、大丈夫みたい。誰もいない」


 そう言ったので、その直感を信じて、ディーンは部屋に踏み込んだ。

 あの時、慌てて身の回り品を集めたときのまま、クローゼットは空きっぱなしで、ベッドサイドのチェストも、引き出した出たままになっている。

 しっかり閉めてくれば、その後、何者かが家探ししたのかくらいは分かったかもな、と思うが、今さら言っても仕方がない。

 そんな風に、床から順に敵の形跡を探していたものだから、あまりに目立つ『それ』を見たとき、ディーンは、思わず、うわっ、と声を出してしまっていた。


 一番奥、化粧台を兼ねた小さな作り付けのデスクの上に、何か棒状のものが立っている。

 いや、棒状のもの、と思わずごまかしかけたが、それは、鍔のない小さなナイフだ。

 形状はペーパーナイフに近く、ミニチュアの剣と言ってもよいような形状。

 周囲に注意しながら近づいていく。

 そのナイフは、一枚の紙を、テーブルに縫い付けていた。


「……ひし形? なんのことだ?」


 紙にかかれていたのは、赤いペンで書きなぐったような、ひし形。その真ん中に、ナイフが付き立っている。


挿絵(By みてみん)


「……待ってくれよ、意味が分からない。エレナ、分かるか?」


 エレナは、黙って首を振る。


「一体僕はどこにいるんだ。これは、確かに僕へのメッセージ、脅迫だ。もしここにきて僕がこれを目にしたら、余りの恐怖に敵に降伏してしまうような、そんなメッセージだ。彼らがわざわざこんなものを残す理由は、それしかない。にもかかわらず――僕にはこの組み合わせの意味が、全く分からない。どういうことだ? どこかで何かを間違えたのか?」


 エレナに聞かせるとも、独り言を言うともなく、思ったことをつぶやき続ける。


「……地図か? いや、だったらもう少しマシなものを残す。ただのひし形だ。……線対称。点対称。百八十度回転対称。なんだこれは」


 自分に必ず分かるはずのメッセージだと思っているがゆえに、ディーンの頭はどんどん混乱を深めていく。


「……ダイヤ?」


 そうつぶやいたのは、エレナだ。


「カードゲームの?」


「うん、そうすると、この剣は、スペードじゃないかな」


「ダイヤとスペード? ちょっと待ってくれよ、そんな子供じみた謎解きごっこならよそでやってくれ」


 肩を落としながら、ディーンは大きくため息をつく。


「……ここで考えても仕方がない。奴らに僕らのがここに来たことを教えるのはしゃくだが、一度持って帰って考えよう」


 それを動かすことは敵にヒントを与えることになるかもしれない、と思いつつ、敵の周到な動きを見ていれば、今の避難住宅などとっくに敵には筒抜けだろう。今さら、行動のヒントの一つくらいで変わるものでもなさそうな気がした。それよりも、この手がかりを、安全な場所で分析したいと思う。


「発信機のようなものはついてなさそう。念のためだけど、私が持とうか?」


 エレナが申し出て、


「……そうだな、何かあったとき、正直、君の方がまともに対処できそうな気がする」


 とディーンが認め、その二つの手がかりを、ディーンはエレナに手渡して、二人は寝室を後にした。



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本作は三部作の「第3作」です。

第1作、第2作をお読みいただけるとより作品世界を楽しめます。

■第1作
魔法と魔人と王女様
本作の四百年後。ボーイミーツガールから始まる、王女と高校生の冒険! やがて、宇宙千年史に隠された、全知の知能機械・ジーニー、奇跡の反重力システム・マジック、星界を繋ぐ超光速航行技術・カノンの謎へたどり着きます。


■第2作
マリアナの女神と補給兵
本作の四百年前。荒廃し見捨てられつつある、惑星マリアナ。戦乱の混乱の中、一人の補給兵が出会った少女は、死を恐れながら戦う女神だった。全知の力はどこから始まったのか。「最初の二人の魔人」とは。千年に渡る罪と絆の原風景。

■第3作
魔法と魔人と王女様:プリンセス・リーザ; The Seventh
本作。政治と宗教の間で泳ぐ第七位の王女と、千年を生きる不死の伝説。譲れない信念のぶつかり合い、そして、裏切り裏切られる一人の科学者。やがてたどり着く歴史の真実、彼女が四百年後に繋いだものとは――ここから魔法は始まった
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