すれ違う気遣い
「蓮瑛様?」
呼びかけられ、蓮瑛は我に返った。
メイホアが心配そうに、耳を塞いでいた蓮瑛の手に触れる。
「お手が冷たいです。お部屋が寒かったかもしれませんね」
メイホアは寝台に畳んであった上掛けを取り、蓮瑛の肩にそっと掛けた。
「……ありがとう」
ここは龍華国ではない。そう言い聞かせるように、蓮瑛は窓の外へ目を向けた。青いオアシスと砂色の街は、まだ目に新しかった。
砦で初めて会った時、シンシャは床に伏した蓮瑛を咎めなかった。
汚れた姿を嫌悪することもなく、立ち上がるために手を差し出してくれた。王都に部屋を用意し、メイホアを世話役としてつけ、体調を気遣ってくれている。
出会ってから一度も、蓮瑛を役立たずとは呼ばなかった。
シンシャの側にいれば、もう怯えなくてもよいのかもしれない。
妃として受け入れてもらえたなら、この穏やかな日々はこれからも続いていくのかもしれない。
いつしか、そんな期待を抱くようになっていた。
シンシャに好かれたい。ここにいてほしいと、彼自身に望んでもらいたい。わがままだと分かっていたけれど、願わずにはいられなかった。
どうすれば人から好かれるのか蓮瑛は分からなかった。
美しいと褒められたことはある。けれど、その眼差しが蓮瑛自身に向けられていたとは思えない。
龍の巫女として敬われても、それは蓮瑛自身を見てくれたわけではなかった。
シンシャだけは違うのではないかと、心のどこかで願っていた。けれど、彼は王都へ戻ってから一度も会いに来ていない。本当にここにいてよいのだろうか。
「あの、メイホア……」
「はい」
「私にできることは、何かありませんか?」
「できること、でございますか?」
「はい。陛下のお役に立てることがあれば……」
メイホアは困ったように目を瞬かせた。
「今はお身体を治すことだけをお考えください。陛下からも、決して無理をさせないよう申しつかっております」
「ですが、もう部屋の中を歩くこともできます」
「長旅を終えたばかりなのですから、焦ってはいけません。蓮瑛様がお元気になられることを、陛下もお望みですよ」
優しい言葉だった。それでも、元気になった後、自分が何を求められるのかは分からないままだった。
「……分かりました」
蓮瑛はそれ以上尋ねることができなかった。
■■■
「蓮瑛殿が、私の役に立ちたいと?」
シンシャが聞き返すと、メイホアは困惑した様子で頷いた。
「はい。どのようなことでも構わないとおっしゃっていました」
蓮瑛の体調を報告させるため、メイホアを執務室へ呼んだのだが、思いがけない話だった。
「まだ働けるような身体ではないだろう。今は休むように伝えたのか?」
「もちろんです。陛下もそれを望んでいらっしゃると申し上げました。ですが……」
メイホアは言い淀み、膝の上で両手を重ねた。
「かえって不安にさせてしまったような気がいたします」
食事は以前より取れるようになり、部屋の中なら一人で歩けるまでに回復している。それでも長旅で失われた体力が、数日で戻るはずはなかった。働くことなど考えず、まずは身体を休めればよい。それほど難しい話だとは思えない。
「分かった。引き続き、無理をさせないようにしてくれ」
「承知いたしました」
一礼して、メイホアは執務室を出ていった。
扉が閉じると、それまで黙っていたランフォンが口を開いた。
「蓮瑛様は、ご自分の立場が分からずに不安なのではありませんか?」
「立場?」
「龍華国からは、陛下の妃として送り出されています。しかし王都へ来てから、陛下は一度もお会いになっていません」
シンシャは眉を寄せた。
「療養の邪魔をしないためだ」
「陛下のお考えを、蓮瑛様が知るはずもありません」
言われてみれば、その通りだった。
「それに、こちらでは客人として遇していますが、いつまで滞在してよいのかも、今後どうなるのかも、何一つお伝えしておりません」
龍華国が一方的に決めた婚姻に、蓮瑛まで従わされる必要はない。少なくとも、傷つき衰弱した状態のまま、見知らぬ男の妃になる義務などないのだ。
そのことを本人に伝えれば、余計な不安も消えるだろう。
「蓮瑛殿に会おう」
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