王都へ
砦で保護されてから、四日が過ぎた。
王都から迎えの馬車が到着し、蓮瑛もようやく移動を許された。
シンシャは面会の翌朝、王都へと帰っていった。寂しくないと言えば嘘になる。けれど、国王には国王の務めがある。忙しい中でも、自分に会いに来てくれたのだ。申し訳ないという気持ちとわずかな喜びが入り混じった。
「あの……私と一緒に来た驢馬は、どうなるのでしょうか?」
王都に送るための支度で忙しいユエリーに、蓮瑛はおずおずと尋ねた。
「こちらで引き取ることもできますが」
「できることなら、一緒に連れて行きたいのです」
この砦にいれば、餌にも水にも困らず、大切にしてもらえるだろう。痩せていた体も、いずれ元に戻るに違いない。
それでも置いていくことはできなかった。御者に放り出された蓮瑛と共に碧砂国に来てくれたのは、他でもない驢馬一頭だけだったのだから。
自分が無理を言っていることは分かっていた。蓮瑛は膝の上で指を握り締めた。
「では、そのように手配いたしましょう」
「よろしいのですか?」
「もちろんです」
ひどくあっさりとユエリーは許してくれた。
(そんなことまで許していただけるの……?)
龍華国では考えられないことだった。
ユエリーや隊長たちは蓮瑛が礼を言っても、大したことはないと笑うばかりだった。
やがて出立の支度が整い、蓮瑛はユエリーに支えられて中庭へ出た。
迎えの馬車の側に護衛の兵と馬丁が控えている。その後ろに、あの驢馬の姿があった。数日前よりいくらか元気を取り戻したらしく、蓮瑛が近づくと長い耳を立てた。
「一緒に行けるそうよ」
そう言って蓮瑛が首筋を撫でると、驢馬は小さく鼻を鳴らした。
「蓮瑛様」
振り返るとユエリーが小さな包みを差し出した。
「道中でお召し上がりになるものを入れておきました」
「何から何まで、お世話になって……」
「どうぞお気になさらず。王都に着いてからも、お体を第一になさってください」
蓮瑛は包みを受け取り、深く頭を下げた。
これでユエリーとも別れるのだと思うと、なかなか顔を上げることはできなかった。
「何かお困りのことがあれば、お便りをください。砦へ送ってくだされば、必ず届きますから」
彼女の優しい言葉が胸に染みて、思わず涙が零れそうになる。
「私がお便りを差し上げてもよろしいのですか?」
「もちろんです。お待ちしておりますよ」
すぐには言葉が出てこなかった。蓮瑛は包みを抱えたまま、小さく頷いた。
「……はい」
王都がどのような場所なのか、これから自分がどうなるのかも分からない。それでも、困った時に頼ってよい相手がいる。それだけは忘れまいと蓮瑛は思った。
蓮瑛はもう一度ユエリーに礼を告げ、馬車の中で待っていた女性が差し伸べる手を取った。
ほどなくして馬車が動き出す。小窓から振り返ると、ユエリーは砦の門前に立ち、いつまでも手を振っていた。馬車の傍らには、馬丁に引かれた驢馬が、遅れることなくついてきていた。
■■■
蓮瑛が砦を発ったとの知らせが届いたのは、シンシャが王都へ戻って三日目のことだった。
体調は安定してきたものの、まだ療養は必要だ。本来であれば砦で静養させたい。しかし、龍華国の出方が読めない上、国境近くに留めておくわけにはいかなかった。王都で保護する方が安全だと判断したのである。
王宮では、蓮瑛を迎える準備が着々と進められている。居室には日当たりの良い部屋を用意し、医師にも到着次第の診察を命じてある。道中の世話を任せた女官も、そのまま蓮瑛付きにする予定だった。
あとは無事に王都へ到着するのを待つばかりである。
「先週の定期連絡では、新しい巫女が立つという噂があるとの報告でした」
ランフォンの言葉に、シンシャは静かに頷いた。
龍華国の真意は読めない。だからこそ交易拠点を通じて集まる情報には常に目を通していた。
「時間が合わないな」
「はい。蓮瑛様が荷車で国境まで送られてきたのなら、都を発ったのはそれよりずっと前になります」
驢馬の荷車で旅をしてきたという証言が正しいのであれば、半月以上前に都を出発していなければ、碧砂国には辿り着けない。
「龍華国が情報を止めていたのか」
ランフォンは目を見開いた。
「正式な使者を出し、同時に民へ触れを出していれば、もっと早くこちらに報せが届いていただろう」
そうすれば蓮瑛を、もっと早く保護することができたはずだ。
「殺すつもりだったのでしょうか?」
ランフォンが低く呟く。シンシャはすぐに答えなかった。
体調を崩した少女を、最低限の旅支度で国境まで送り出す。途中で倒れても、盗賊に襲われても不思議ではない。
しかし、本気で命を奪うつもりなら、もっと確実な方法はいくらでもある。
「殺すつもりだったにしては回りくどい。だが、無事に送り届けるつもりだったとも思えん」
「では、何が目的だったのでしょうか」
「分からん。今ある情報だけでは、何とも言えないな」
新しい巫女が立つというのなら、蓮瑛を厄介払いしたかったのだろう。だが、なぜ国書まで出しておきながら、無事に送り届ける手配をしなかったのか。その食い違いが、どうにも腑に落ちなかった。




