望んだ褒賞
凱旋の儀が終わると、総大将と新たに将軍へ任じられた天曜をはじめ、主だった指揮官達が蒼天殿内へ召し出された。
殿内では、戦功を挙げた者達への褒賞が一人ずつ言い渡された。
総大将には領地と金銀が与えられ、ほかの指揮官達にも昇進や褒賞が約束される。やがて、天曜の名が呼ばれた。
天曜は再び御前へ進み出た。
「立天曜。此度の働き、まことに天晴れであった」
「ありがたきお言葉にございます」
「将軍への任官だけでは、そなたの功に十分報いたとは言えまい。他に望む褒美があれば申してみよ」
待ち望んでいた言葉だった。この日のために、天曜は一年間戦ってきた。
「畏れながら、陛下にお願い申し上げます」
「うむ。申してみよ」
「先代龍の巫女・蓮瑛を、妻として賜りたく存じます」
その名が響いた瞬間、蒼天殿は静まり返った。
天曜は顔を伏せているため、居並ぶ者達の表情を見ることはできない。それでも、先ほどまでとは異なる緊張が殿内に広がったことだけは分かった。
「蓮瑛を、だと?」
皇帝の声にも困惑が混じっている。
「はい」
「そなたは、あの娘を知っているのか?」
「二年前、龍の巫女を迎える使節の一人として、帝都までお供いたしました」
皇帝は意外そうに眉を上げ、玉座の近くに立つ雲水へ目を向けた。
「丞相。そなたは、この願いを知っていたのか」
「以前より、息子から聞いております」
雲水は平然と答えた。
「蓮瑛殿を妻として迎えたいと望むのであれば、陛下に認められるだけの功を挙げよと申しつけておりました」
「なるほど」
皇帝は小さく頷いた。
「此度の働きであれば、確かに不足はない」
天曜の胸に期待が込み上げた。
一年前、父に蓮瑛を妻として迎えたいと願い出た時、天曜はまだ一介の校尉に過ぎなかった。
丞相の息子というだけではなく、蓮瑛を守り、その生涯を引き受けるに足る男であると認めさせるため、天曜は北方へ赴いた。
ようやく、そのための功を挙げて戻ってきたのだ。
「少し遅かったな」
続けられた言葉に、不穏なものを感じた。
「遅かった、とは……?」
「蓮瑛は既に、碧砂国王へ下賜した」
一瞬、その言葉の意味を理解できなかった。
「碧砂国へ……?」
「かの国では水が不足していると聞く。晴れを願っても雨ばかり降らせる娘であれば、砂漠の国でこそ役に立つであろう」
皇帝は、自らの判断に満足しているようだった。
「蓮瑛は碧砂国王の妃として、五日前に帝都を発った」
「五日前……?」
天曜は思わず聞き返した。
「当初は半月ほど支度の時を与えるつもりであった。だが皇后が、婚姻に佳い日があると申してな。吉日を逃せば、次はひと月近く先になるという。碧砂国を待たせることもあるまいと、出立を早めさせたのだ」
天曜は雲水へ視線を向けた。父は驚いていなかった。出立が早められたことも、蓮瑛が既に帝都を離れたことも知っていたのだろう。天曜が蓮瑛を妻に望んでいたことを知りながら、一言も知らせなかったのだ。
一年間求め続けた地位を、ようやく手に入れたその日。
天曜が救おうとしていた蓮瑛は、既に帝都から姿を消していた。
「そなたは、今も蓮瑛を妻に望んでいるのか?」
皇帝から問われ、天曜は正面を向いた。
「はい。妻として迎えたいと、今も望んでおります」
迷いはなかった。
皇帝は意外そうに天曜を眺めたあと、肘掛けへ身を預けた。
「そのようにはっきり申すほど望んでいたとはな。このようなことになると分かっていれば、碧砂国などへ与えず、手元に残しておけばよかった」
天曜の表情から、わずかに温度が消えた。
皇帝にとって、蓮瑛は捨てたあとで惜しくなった宝物に過ぎないのだろう。皇宮に残された蓮瑛が、どのような扱いを受けることになるのかなど、考えてもいない。
「だが、残念だったな」
皇帝は面白がるように口元を緩めた。
「いかに朕とて、同じ女を二人の男に下賜することはできんぞ」
「承知しております」
天曜は深く頭を下げた。
「ならば、一つお願い申し上げます」
「申してみよ」
「花嫁一行を追い、蓮瑛殿に別れを告げることをお許しいただけないでしょうか」
殿内にどよめきが広がった。
「既に碧砂国王へ下賜した娘だぞ」
「陛下のご決定に異を唱えるつもりはございません。ただ、二年前からの知己として、最後に言葉を交わしたく存じます」
皇帝はしばらく天曜を見つめていたが、やがて鷹揚に頷いた。
「五日の遅れはあるが、花嫁を乗せた一行ならば進みも遅かろう。早馬を使えば追いつけるはずだ」
「では――」
「ただし、碧砂国との婚姻を妨げることは許さぬ。先方と揉め事を起こすこともだ」
「心得ております」
「よかろう。行ってくるがよい。兵部には、そなたが蓮瑛を訪ねることを許す旨の書状を用意させよう」
「ありがたき幸せにございます」
天曜は深く頭を下げた。
蓮瑛が勅命に逆らうとは思えなかった。
たとえ見知らぬ異国へ嫁ぐことが恐ろしくても、その不安を飲み込み、国のためになるのならと受け入れるだろう。周囲を心配させまいと、気丈に笑ってさえみせるかもしれない。
そういう娘だと、天曜は知っていた。
だからこそ、何も知らぬまま送り出すことはできなかった。
せめて無事を確かめたい。独りで不安を抱える必要はないと伝えたい。
もし助けを求める言葉を一言でも口にしたなら、その時は――。
天曜は、そこから先を考えなかった。




