凱旋
時は少し遡る。
新たな龍の巫女の任命の儀から十二日後。
北方へ遠征していた禁軍が、帝都へ凱旋した。
大通りには、英雄たちの帰還を一目見ようと大勢の民が詰めかけていた。軍旗を掲げた騎兵が城門をくぐると、割れんばかりの歓声が上がる。
先頭を進むのは、禁軍を率いて北方遠征を勝利へ導いた大将軍だった。歴戦の武人らしく、馬上から静かに民の歓呼へ応えている。
大将軍に続く指揮官たちの中に、立天曜の姿があった。
天曜は大将軍の麾下で一隊を預かる校尉に過ぎない。しかし、劣勢に陥った戦場で敵の意図を見抜き、寡兵で退路を断った。今や北方遠征の勝利を語る時、立天曜の名を知らぬ者はいなかった。
「天曜様!」
沿道から名を呼ばれ、天曜はそちらへ顔を向けた。
子ども達が背伸びをしながら手を振り、その後ろでは若い娘達が花を掲げている。天曜が軽く手を上げて応えると、歓声はさらに大きくなった。
一年前、文官として将来を約束されていた天曜が、突如として武官への道を選んだ時、無謀だと笑う者は多かった。
丞相の次男が戦場へ出ても、すぐに音を上げて戻るに違いない。父親の威光で地位を得たところで、兵を率いることなどできるはずがない。そんな声を、天曜は戦功だけで黙らせてきた。
立天曜は、皇帝を補佐する丞相・立雲水の次男として生まれた。本来であれば兄と共に朝廷へ入り、文官として父を支えるはずだった。
その道を捨てるきっかけとなったのが、蓮瑛だった。
二年前、新たな龍の巫女を迎えるため、任官を待つ天曜も朝廷の使節団に加わった。突然重い役目を背負わされながらも、国のために尽くしたいと話す蓮瑛と、帝都までの道中で何度も言葉を交わした。
天曜にとって蓮瑛は、いつしか放っておくことのできない存在になっていた。
しかし、皇宮へ迎えられて間もなく、蓮瑛が皇后から冷遇されているという話が天曜の耳に入った。
面会を申し入れても、祈祷や潔斎を理由に退けられた。国家祭祀の折に遠くから姿を見ることはあっても、言葉を交わすことは許されなかった。
父の伝手を頼り、何度も待遇の改善を求めた。だが、丞相の次男というだけの天曜に、内廷の決定を覆す力はなかった。
ならば、皇帝が無視できないだけの功績を挙げるしかない。
天曜は文官としての任官を辞退し、武官となる道を選んだ。
出征を前に、天曜は雲水へ自らの望みを伝えていた。
『陛下から褒美を問われるだけの功を挙げたなら、蓮瑛殿を妻として賜りたいと願うつもりです』
雲水は反対しなかった。
『ならば、陛下が聞き届けずにはいられぬほどの功を挙げてこい』
天曜はその言葉を、父の了承と受け取った。
北方から帝都へ戻る途中、香蘭が新たな龍の巫女に任じられたとの知らせも届いていた。
蓮瑛が龍の巫女としての役目を退いたことに驚きはした。だが、それ以上に天曜が案じたのは、特別な地位を失った彼女が皇宮でどのような扱いを受けているかだった。
だからこそ、一刻も早く帝都へ戻らなければならなかった。
(ようやく、ここまで来た……)
天曜は歓声に包まれながら、帝都の奥にある皇宮へ目を向けた。
やがて禁軍は皇宮へ入り、蒼天殿の前庭に整列した。
皇宮へ入ることを許されたのは、各部隊から選ばれた将兵のみである。それでも、広大な前庭を埋めるには十分な数だった。
蒼天殿正面の石段上には、皇帝の御座が設けられている。その左右には皇族や高官達が列座し、丞相である父・雲水の姿もあった。
総大将が御前へ進み出る。
「北方を侵した敵軍は退けられ、国境の砦も奪還いたしました。これにて遠征の任を終え、将兵一同、陛下の御前へ帰還いたしました」
「大儀であった」
皇帝の声が前庭に響いた。
「そなた達の働きによって国境は守られ、多くの民が救われた。龍華国のために戦ったすべての将兵へ、朕より感謝を伝える」
整列していた将兵達が一斉に頭を垂れた。
勝利を喜ぶ者がいる一方、この場へ帰ることのできなかった者もいる。歓声に沸いていた帝都とは異なり、前庭には厳粛な空気が流れていた。
総大将は帝都への帰還に先立ち、北方で功績を挙げた者達の名を上奏していた。その筆頭に記されていたのが、立天曜である。
皇帝の傍らに控えていた宦官が、一歩前へ進み出た。手にした詔書を開き、よく通る声で読み上げる。
「校尉・立天曜。北方においてたびたび戦功を挙げ、此度の勝利に大きく寄与した。その功に報い、将軍に任ずる」
名を呼ばれた天曜は、御座の前へ進み出た。
「謹んでお受けいたします」
跪いて頭を垂れると、背後から地を揺らすような歓声が上がった。
「天曜将軍!」
共に戦った兵達が天曜の名を呼び、槍の石突きで地面を打ち鳴らす。その響きは幾重にも重なり、蒼天殿の前庭を満たした。
天曜は立ち上がると、将兵達を振り返った。
自分一人の力で得た勝利ではない。北方の荒野で命を落とした者も、傷を負い、この場まで帰れなかった者もいる。天曜は深く一礼した。再び大きな歓声が上がった。




