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戦わずに全部潰したら、誰も戦わなくていい村になった  作者: 慈架太子


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54/140

54:公開対峙

昼の鐘が鳴った。


乾いた音が村中に広がる。


その音は、いつもなら昼食の合図だ。

畑から人が戻り、子供たちが家へ駆ける。

香ばしい匂いが漂い、笑い声が増える時間。


だが今日は違った。


広場に、人が集まっている。


自然と。

だが、明確な意志を持って。


中央には、机と椅子。

そして一枚の布。


その上に置かれているのは――昨日の「契約書」。


カイゼルはその前に立っていた。

「よおし、野郎ども! 今日は最高の『読み聞かせ会』だ。王都の偉い商人がわざわざ届けてくれた、とびきりスリリングな物語をみんなで楽しもうじゃないか!」


陽気な声。だがその瞳は、逃れようのない真実を射抜く光を湛えている。


隣にはエルダ。

腕を組み、周囲を見渡す。

一切の隙がない。

「……無駄口を叩く余裕があるうちに、しっかり見ておけ。これが現実だ」


少し離れた位置にマリナ。

いつもの余裕の笑みだが、その手元では算盤の珠が静かに、かつ鋭く弾かれている。


やがて。


風が流れる。


「来たわね」


マリナが呟く。


村の入口から、数人の男が入ってくる。

先頭は、昨日の商人。

その後ろには、武装した護衛が二人。

さらに――役人。

立派な服。だが、その目は村の豊かさを「私腹の種」としか見ていない。


広場の空気が変わる。


緊張。


だが、誰も逃げない。

昨日までの不安は、カイゼルが敷いた「仕組み」への信頼に塗り替えられつつあった。


商人が鼻で笑う。

「ずいぶんと人を集めたな。見世物小屋でも始めるつもりか?」


「ははっ! 大正解だ! 嘘と欲にまみれた最高のエンターテインメントだからな、独り占めするのはもったいないだろ?」

カイゼルは机を叩いて笑う。


「公開するためだ。俺たちの未来を、誰かに勝手にハンコ一つで決めさせるわけにはいかねえからな」


役人が前に出る。

「これは正式な契約だ。王都の承認もある。無学な民が口を挟む余地はない」


村人たちがざわめく。

“王都”という言葉は重い。


だが、カイゼルは動じない。

「なら、なおさら公開する! 全員が中身を理解して、腹の底から納得して判断する。それがこの村の流儀だ!」


役人の眉が動く。

「理解する必要はない。従えばいい。それが統治というものだ」


その一言で。


空気が冷える。


エルダが一歩出る。

「……言い方を選べ」

低い声。

圧。

護衛が反応するが――動けない。

エルダの立ち方、重心、隙のなさ。

経験者には分かる。

“ここで動けば、死ぬ”。


マリナが軽く手を叩く。

「はい、そこまで! 今日は楽しい『話し合い』でしょ?」

にこりと笑う。だが、その瞳は相手の「資産」を根こそぎ奪う算段を終えていた。


商人が舌打ちする。

「いいだろう。なら説明しろ。この契約がいかに素晴らしいかをな」


カイゼルは頷く。

契約書を掲げ、一行ずつ、村人の耳に届くよう朗々と読み上げる。


「これは『安定供給契約』と書かれている。一見すると、うちの美味い飯が外で高く売れる魔法の紙に見えるよな?」


村人たちが頷く。


「だが実態は違う」

指で一行をなぞる。

「『優先徴収』。……いいか、野郎ども。これは“余った分”を買ってくれるって意味じゃない」

一気に声を張り上げる。

「“全部”、あいつらが好きな時に持っていけるって意味だ!」


ざわめきが起きる。


役人が口を開く。

「解釈の問題だ。適切な運用をすれば――」


「ははっ! 適切な運用? その定義がどこにも書いてねえんだよ! つまり、お前らの匙加減一つで、明日食うパンすら奪える構造になってる。そうだろ?」


マリナが続ける。

「価格も、量も、タイミングもね。あなたたちの言い値で、あなたたちの都合で。……これ、商売じゃなくて『合法的な略奪』って呼ぶのよ」


村人の顔が変わる。

理解が進む。

怖さが、目の前の「紙」という形になる。


商人が笑う。

「だが対価は払う。市場価格でな」


「その『市場』を動かしてるのは誰だ?」

カイゼルが即座に突き刺す。


沈黙。


マリナが笑う。

「あなたたちよね。身内で操作して暴落させた時に買い叩く。……古臭いのよ、その手口」


役人が苛立つ。

「屁理屈だ! 国の保護を受けたくないというのか!」


エルダが言う。

「……保護、だと?」

一歩前に出る。

「この村を守ってきたのは、カイゼルの知恵と、村人の汗だ。お前たちの剣ではない」

その一言で、空気が固まる。


カイゼルは静かに言う。

「選べ、みんな! 考えるのをやめて、この紙の鎖に繋がれるか」

「それとも、自分たちの手で明日を掴み取るか!」


役人が叫ぶ。

「断ればどうなるか分かっているのか! 税が上がる! 保護は打ち切られる! 外との取引も、すべて止めさせてやる!」


マリナが遮る。

「それ、全部『脅し』よね? 独占禁止の観点からも、王都の中枢に報告したら面白いことになりそうだけど?」


役人が詰まる。


カイゼルが笑う。

「取引? 自分たちで作る! 税? 払う価値がある場所、納得できる道にだけ払う!」

「俺たちは、もう目隠しされた羊じゃねえんだよ!」


歓声。

そこには恐怖はない。


エルダが周囲を見る。

村人たち。子供。老人。

「……守る」

短く言う。それだけで、背後の全員に「牙」が宿った。


カイゼルが契約書を放り出す。

「この契約は無効だ。不公平、不透明、そして何より――この村を舐めすぎだ」


役人が怒鳴る。

「無効など認められるか!」


「なら持ち帰れ! 上の奴らに見せて、この公開の場ですべてが暴かれたと伝えろ!」

マリナが微笑む。

「公になれば困るのはどちらかしらね?」


沈黙。

役人は分かっている。これは「上」には持っていけない。

正式な手続きを通さず、一部の利益のために仕組んだ露骨な罠だからだ。


商人が舌打ちする。

「……覚えておけ。この無礼、高くつくぞ」


エルダが一歩踏み出す。

それだけで、護衛たちは二歩後退した。

「……帰れ。二度と来るな」


終わりだった。

男たちは逃げるように去っていく。


風が流れる。

静寂。


そして。

村人の一人が言う。

「……本当に、断れたのか?」


カイゼルは答える。

「ああ。断ったんじゃない。俺たちは自分たちの道を『選んだ』んだ!」


マリナが笑う。

「それが自由の味よ。格別でしょ?」


エルダが空を見る。

「……悪くない」

ぽつりと呟く。


この村はもう。

奪われる側ではない。

選ぶ側だ。


そして、その選択の重さを、全員で分かち合った。


公開対峙。

それは戦いではなかったが、

勝敗は、朝日よりもはっきりとしていた。

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