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戦わずに全部潰したら、誰も戦わなくていい村になった  作者: 慈架太子


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55/120

55:不正暴露

朝の空気は、これまでになく凛として、どこか静粛な儀式のような静けさを湛えていた。


広場には、誰に呼びかけられたわけでもなく村人たちが集まっている。昨日の公開対峙で、自分たちが「選ぶ権利」を持つ対等な人間であることを思い出した彼らの瞳には、もはやかつての怯えはない。


だが、敵もさるもの。

風索敵ネットワークが、昨日よりも重く、湿った「害意」の接近を捉えていた。


「おーっと、お出ましだぜ! 今日のお客さんは随分と賑やかじゃないか。昨日の負け惜しみを合唱団にして連れてきたのかい?」


カイゼルが広場の中央で、いつものように陽気な声を響かせた。

エルダが音もなく隣に並ぶ。その視線は、昨日よりも増えた五人の護衛たちの急所を、すでに無造作に値踏みしていた。

「……装備が重いな。話し合いに来た者の格好ではない」


「ははっ! 軍曹殿の言う通りだ。だが、鉄の塊をぶら下げて歩くのは骨が折れるだろ? マリナ、あいつらの肩の荷を、とびきり軽くしてやろうぜ!」


マリナが扇子を広げ、不敵な笑みを浮かべて一歩前へ出る。

そこへ、昨日の商人と、顔を真っ赤にした役人が現れた。


「……正式な確認に来た。貴様ら、王都の威光を背負ったこの契約を、本当に拒絶するつもりか!?」


「ははっ! 何度聞いても答えは同じだぜ、お役人さん! 俺の耳はいい方だが、腐ったメシと同じで、腐った契約は一度聞けば十分なんだよ!」


役人が激昂し、声を荒らげる。

「ならば徴税を強化する! この村の全資産を精査し、これまでの不備をすべて遡って徴収してやる! 後悔しても遅いぞ!」


村人たちの間に、一瞬だけ不安が走る。

だが、それをマリナの涼やかな声が断ち切った。


「精査? ええ、大歓迎よ。ちょうどこちらも、あなたの『お仕事』について精査を終えたところなんですもの」


マリナが指を鳴らす。

すると、カイゼルの指示で待機していた村人たちが、いくつかの重厚な木箱を運び込んできた。

中には、びっしりと文字が書き込まれた帳簿と、夥しい数の書状。


役人の顔から、スッと血の気が引く。

「……なんだ、それは」


「ははっ! 気になるか? こいつはな、お前さんが夜な夜な算盤を弾いて作り上げた『裏の設計図』、つまり不正の証拠品だ!」


カイゼルが箱の中から一枚の紙をひょいとつまみ上げ、高く掲げた。

「これ、三ヶ月前の徴税記録だよな? お前さんの立派な署名が入ってる。……だが、こっちの輸送ギルドから横流ししてもらった記録と突き合わせると、面白いことがわかるんだ」


マリナがページをめくり、冷徹に数字を叩きつける。

「公式記録では徴収量は『半分』。でも、実際に村から出た積荷は『満額』。……さて、消えた半分はどこの誰の懐に消えたのかしら? あなたの隠し口座の数字、私たちが把握してないと思った?」


「なっ……偽造だ! そんなもの、どこで手に入れた!」


「ははっ! 偽造ならどんなに良かったか! 鑑定するまでもなく、お前さんの欲の匂いが染み付いた本物だよ。……商売人を舐めるなよ。マリナのネットワークは、お前が思ってるよりずっと深くて広いんだぜ!」


沈黙。

広場を支配したのは、怒りではなく「氷のような冷笑」だった。

村人たちの視線が、権力という衣を剥がされた「ただの泥棒」へと突き刺さる。


「……盗んでたのか」

「俺たちが、飢えを我慢して払った分を……」

静かな声が、波のように役人を追い詰めていく。


商人が護衛に合図を送ろうとする。

だが、その瞬間にエルダが槍の石突きを地面に打ち付けた。

ドォン、という重低音が広場を震わせる。

「……動くな。証拠は出た。これ以上は、ただの『抵抗』と見なす」


護衛たちが、蛇に睨まれた蛙のように硬直する。

カイゼルの敷いた見張り網、そしてエルダの圧倒的な武威。

彼らは理解した。自分たちが守っているのは、守る価値のない、すでに死んだ権力であることに。


「……認める。認めるから、それを出さないでくれ……!」

膝をつき、役人が絞り出すような声で漏らした。


「ははっ! 認めたな! だがな、お役人さん。俺は聖人君子じゃないが、お前をここで吊るすほど暇でもねえんだ。……判断は、世界に任せるぜ」


カイゼルは村人たちを見渡し、晴れやかな顔で宣言した。

「こいつらはここで裁かない! だが、証拠はすべて写しを取り、信頼できるルートで王都の監察局、そして各ギルドにばら撒く! 隠し事なしの、フルオープンだ!」


「それは……! 私の破滅だぞ!」


「破滅? いいや、『精算』だよ」

マリナが冷たく切り捨てる。


「この村は、もう奪われない。そして、お前たちの闇も、二度と隠させない。……さあ、帰りなさい。自分のしでかしたことの結果に、追いかけられる準備をすることね」


男たちは、抜け殻のようになって村を去っていった。

護衛たちも、もはや主人を守る気概すらなく、無言で後に続く。


広場に、再び穏やかな風が吹き抜けた。


「……勝ったんだな」

一人の農夫が、ぽつりと呟く。


「ははっ! 勝ち負けじゃないぜ。歪んだ歯車を、正しい位置に戻しただけだ。……さあ、野郎ども! 嫌な空気は全部あいつらが持っていった。俺たちは、俺たちの仕事を始めようじゃないか!」


カイゼルの声に、村人たちが一斉に動き出す。

畑へ、作業場へ、そして家族の元へ。

その足取りは、昨日よりもさらに力強く、確かなものになっていた。


「……面倒な仕事だったが、悪くない気分だ」

エルダが珍しく、小さく笑った。


「ふふ、いい宣伝になったわね。これで『あの村に手を出すと、裏の帳簿まで暴かれる』って、ハイエナたちの間で噂になるわ」

マリナが満足げに算盤を弾く。


カイゼルは空を見上げた。

澄み渡った青空。そこに、隠すべき闇は何一つない。


「仕組みは回る。真実は残る。……さあ、明日はどんな面白い『価値』を創り出そうかな!」


カイゼルの陽気な笑い声が、夜を待たずに村中に響き渡る。

奪われない、騙されない、そして見抜く力を持った村。

止まらない物語は、新しい「正義」という名の風に乗って、さらなる高みへと加速し続けていた。

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