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戦わずに全部潰したら、誰も戦わなくていい村になった  作者: 慈架太子


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53/150

53:契約の見抜き

朝の広場は、いつものように最高にゴキゲンな活気に満ちていた。

干し肉の香ばしい匂いと、燻製小屋から漏れる芳醇な煙。そして、昨日覚えたばかりの護身術を自慢し合う子供たちの笑い声。

「明るく幸せな村」という、カイゼルが描いた設計図は、今や誰の目にも明らかな現実としてそこに鎮座している。


だが――。


「おーっと。こいつは驚いたな。昨日の商人が置いていったこの『お手紙』、文字が躍りすぎてて目が回りそうだぜ!」


カイゼルが広場の中央、管制所のデスクに置かれた一枚の羊皮紙を指先で回しながら、いつものように陽気な声を響かせた。

隣で帳簿を整理していたマリナが、その紙をひょいと覗き込む。


「どれ……。あら、ずいぶん凝った装飾ね。表向きは『友好交易契約書』、中身は『永久安定供給の約束』……一見すると、辺境の村にはもったいないくらいの好条件に見えるけれど?」


マリナの目は笑っていない。カイゼルもまた、ニカッと笑いながらも、その瞳の奥にある「鑑定」の光を隠そうともしなかった。


「ははっ! 確かに、見た目だけなら王都の令嬢からのラブレター並みに麗しい! だがな、マリナ。この条文の行間から、ドロドロした『欲のヘドロ』が溢れ出してるのが見えないか?」


カイゼルが指でなぞる。一見すると平易な言葉で綴られた条文。

だが、彼には見えていた。その構造、意図、そして結末が。


「いいか、これは売買契約じゃねえ。……この村を丸ごと飲み込むための『支配契約』だ!」


「支配? カイゼル、それは聞き捨てならんな」

エルダが音もなく背後に立った。その瞳には、外敵を察知した銀狼のような鋭い殺気が宿っている。


「ははっ、エルダ! 怖い顔すんなって。要点だけ説明してやるよ。こいつにサインした瞬間、この村で作る美味いもんは全部『優先的に』あいつらの蔵に運ばれる。価格を決めるのはあいつら、俺たちに拒否権はナシだ!」


エルダが眉をひそめる。

「……それは、ただの徴収と何が違う」


「もっと悪質よ、エルダ」

マリナが扇子をパチンと閉じ、冷徹な解説を加える。

「『安定供給が滞った場合』の違約金算出式……ここを見て。市場価格を基準にするとあるけれど、彼らの身内が市場を操作すれば、違約金は無限に跳ね上がる。払えなければ借金、借金が膨らめば――」


「奴隷か」

エルダの声が低く響く。


「ご名答! つまりこいつは契約書じゃねえ、お前らの首に嵌めるための『見えない首輪』なのさ!」


カイゼルが笑い飛ばしたその時、風索敵ネットワークが「不快なノイズ」を拾った。

村の入り口。昨日と同じ商人が、これ以上ないほど胡散臭い満面の笑みを浮かべて現れた。


「やあやあ、おはよう! カイゼル君、昨日の提案はどうだい? そろそろサインを頂いてもいい頃だと思ってね!」


男が広場の中央まで、土足でズカズカと踏み込んでくる。

「この契約を結べば、この村の未来は安泰だ。王都への確かなパイプ、安定した販路……こんなチャンス、一生に一度だぞ?」


「ははっ! チャンスねえ! 確かに、あんなに面白い算式を見せられたのは一生に一度の体験だったぜ!」

カイゼルが軽快なステップで男の前に躍り出た。


「……何だと?」


「あんた、二流だわ」

マリナが横から、突き放すように言い放った。

責任リスクは一切負わず、利益リターンだけを無限に吸い上げる。……構造が露骨すぎるのよ。商売を舐めてるのかしら?」


「な、何を……! 私は王都でも名の通った――」


「王都の名前が泣いてるぜ、おじさん!」

カイゼルが契約書をひらひらと振る。

「繋がりが欲しいって言ったが、それ、繋ぐための『鎖』の間違いだろ? 俺たちの村はな、自由を愛する風が吹いてるんだ。誰かの首輪になる気はねえよ!」


男の顔が、屈辱で赤黒く染まっていく。

「……後悔するぞ! 私を敵に回せば、外との商流はすべて止めてやる!」


「おっと、脅し文句もテンプレか? だが、残念だったな。俺たちのネットワークはもう、お前一人の力でどうにかなるレベルを越えてるんだよ!」


エルダが一歩前に出る。

ただそこに立つだけで、周囲の空気が重く、鋭く張り詰めた。

「……帰れ。この村の平穏を、その汚れた紙で汚すな」


静寂。

男は周囲を見渡した。

村人たちは誰も怯えていない。バレット銃を肩にかけ、冷徹なまでの「仕組み」の一部として、外敵を静かに見据えている。

昨日と同じ、完全なる包囲。


「……覚えておけ!」

お決まりの捨て台詞を残し、男は逃げるように去っていった。


村人たちの間に、微かなざわめきが起きる。

「……本当に大丈夫なのかな、カイゼルさん。外と繋がらないと、いつか限界が……」


「ははっ、不安になる気持ちはわかるぜ! だけどな、お前ら! 偽物の繋がり(くさり)を掴んで溺れるより、自分たちの足で新しい道を作る方が何倍も楽しいだろ?」


カイゼルが広場の中央で、燃え盛る焚き火の中に契約書を放り込んだ。

炎が勢いよく立ち上がり、偽りの条文が灰へと変わっていく。


「いいか、契約ってのは、お互いの価値を認め合うためのものだ。奪い合うためのもんじゃねえ! マリナ、お前ならもっと『真っ当で、とびきり儲かる』相手を見つけられるだろ?」


「ええ、もちろんよ。……こんな二流を相手にするより、もっと面白い『対等なパートナー』をね。任せなさい、商売は私の戦場よ」


エルダが槍を収め、静かに空を見上げた。

「……守るべきは、物だけではないな。村の『意志』もか」


「その通りだ、軍曹殿! 騙されない、奪われない、自分たちで選ぶ! これができて初めて、俺たちは本当に『自由』になれるんだぜ!」


夜。

村にはいつも通りの、明るく陽気な宴の音が響いていた。

灰になった契約書の代わりに、村人たちの心には「自分たちの価値を知る」という新しい強さが刻まれていた。


「さて、明日はどの街に俺たちの『本物の価値』を叩きつけてやろうかな!」


カイゼルの陽気な笑い声が、夜の静寂を明るく照らし出す。

騙されず、選ぶ力を持った村。

止まらない物語は、新しい「自律」という翼を広げ、さらなる広大な世界へと、力強く加速し続けていた。

仕組みは回る。そして今、村は自分たちの意志で「未来」を定義し始めていた。

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