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戦わずに全部潰したら、誰も戦わなくていい村になった  作者: 慈架太子


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52/140

52:不正役人登場

朝の空気は、いつものように透き通り、平和そのものだった。

見張り台からの報告も、もはや朝の挨拶のように軽やかだ。

「異常なし! 今日も風が気持ちよくて、平和の欠伸が出ちまいますよ!」


だが、その直後――。

カイゼルの脳内に構築された「風索敵ネットワーク」が、外周第三層でわずかな『淀み』を捉えた。


「おーっと、ストップだ! 平和の欠伸を噛み殺すのは後にしな。……森の入り口、何やら香ばしい『欲の匂い』がする客人がお出ましだぜ!」


カイゼルが広場の中央で、いつものように陽気な声を響かせた。

エルダが音もなく隣に並ぶ。その瞳は、獲物の気配を察知した銀狼のように鋭い。

「……五人。迷いのない足取りだ。隠れる気も、戦う気すら感じられん。……つまり」


「ああ。正面突破の『お役所仕事』ってわけだな」

カイゼルが不敵に笑うと、背後からマリナが扇子を広げて現れた。

「面倒なのが来たわね。でも、あんな分かりやすいハイエナ、最近じゃ珍しいくらいよ」


午前。村の入り口。

五人の男たちが、仰々しい足取りで現れた。装備は整っているが、騎士の誇りも兵士の規律も感じられない。中央に立つ男は、宝石を嵌めた指で、村の景色を舐めるように眺めている。


「ほう……。辺境の小村と聞いていたが、ずいぶんと『肥えて』いるじゃないか。いいことだ、実にいい」


男が値踏みするように声を張り上げる。その目は村の豊かさを、自分の懐に入れる「数字」としてしか見ていなかった。


「よおし、お立ち会い! 遠路はるばるご苦労様だ。で、その派手な格好で、うちの野菜でも買い付けに来たのかい?」

カイゼルがひょいと前に出る。


「ふん、無礼な。私は王都に繋がる税務監査官だ。……この村の発展、そして安定。それらを支えるための『特別徴収』の通達に来てやったのだよ」


男が仰々しく紙を広げる。

「発展税、安定税、そして――防衛税だ。これだけの設備を整えているのだ、相応の負担は義務だろう?」


広場にいた村人たちがざわめく。

「またか……」「そんな税、聞いたこともないぞ……」


「おーい、野郎ども! 落ち着けって! こんなに熱心に税の名前を考えてくれたんだ、まずは拍手でも送ってやろうじゃないか!」

カイゼルが冗談めかして笑う。だが、その瞳は鏡のように冷たく、男の「虚飾」を鑑定していた。


「で、お役人さん。その素晴らしい通達、正式な『認可証』を見せてくれるかな? 俺、文字を読むのが大好きでね。特に王都の公印が入ったやつは、枕にして寝たいくらいなんだ!」


男の顔が、一瞬だけ引き攣った。

「……私を疑うのか? この身なりを見れば分かるだろう!」


「ははっ! 身なりで中身が決まるなら、俺は今頃世界の王様だぜ! マリナ、商売人の目から見て、この紙の価値はどうだい?」


マリナが優雅に歩み寄り、男の手元の紙を一瞥した。

「……フォントが古いわね。それに印章のインク、昨日の雨でわずかに滲んでるわ。王都の公用インクは、そんなに安っぽくないわよ?」


「な、何を……!」


「言い方に気をつけろ」

エルダが一歩踏み出す。それだけで、周囲の気温が数度下がったような圧が走った。

「その紙が『偽り』であれば、お前たちはただの強盗だ。……その覚悟はあるか?」


護衛たちが一斉に剣の柄に手をかける。

だが、その瞬間。


「動くな。……俺の網を、これ以上汚すなよ」

カイゼルの声が、いつになく低く響いた。


同時に。

周囲の森、木の上、見張り台。

すべての射線が、男たち五人を「点」で捉えた。

村人たちが構える魔導式バレット銃。だが、彼らは撃たない。

エルダの教え通り、ただ「死」を突きつけるだけで、相手の戦意を根こそぎ奪い去っている。


「……なんだ、この配置は。……いつの間に囲まれて……」

男の額から冷汗が流れる。


「ははっ! 気づかなかったか? お前らが一歩踏み込むたびに、風が俺に教えてくれてたんだよ。……さて、お役人さん。答え合わせといこうじゃないか」


マリナが不敵に微笑む。

「はい、終了。王都の台帳に、あなたの名前はないわ。……ただの不正役人。組織の端くれですらない、個人の『寄生虫』ね」


カイゼルの「鑑定」が、男の記憶の断片と所持品からすべてを暴き出した。

「なるほどな。クビになった腹いせに、情報のない村を回って小銭を稼いでたわけだ。……エルダ、どうする?」


「……処理するか?」

エルダの問いに、村人たちの緊張が走る。


「ははっ! 殺すなんてもったいないぜ。俺たちの村の『平和』を汚すには、血は赤すぎる。……捕縛だ! 野郎ども、訓練の成果を見せてやれ!」


「了解!」

村人たちの声が重なる。

「ウォーターバレット、一斉射撃! 拘束狙いだ!」


バシャァッ! と高圧の水が放たれ、一滴の流血もなく、男たち五人は瞬時に水の枷に縛り上げられた。抵抗する隙すら与えない、完璧な制圧。


「……う、嘘だ……こんな田舎の村で……」


「ははっ! 田舎を舐めてると、痛い目を見るぜ! お前が狙ったのは、世界で一番『守りが固くて陽気な要塞』なんだからな!」


夕方。

武器を奪われ、ズブ濡れのまま村の外へと放り出される男たち。

「二度と来るな。……次に来る時は、正式な書類か、あるいは自分の墓石を持ってこい」

エルダの短い宣告が、男たちの背中に突き刺さった。


夜。

広場には、いつもの穏やかな灯りが灯っていた。

「……本当に、戦わずに終わったんだな」

農夫の一人が、自分の手を見つめて呟く。


「ははっ! 当たり前だろ! 奪いに来る奴には『価値』を突きつけ、騙しに来る奴には『真実』を突きつける。これが俺たちの『専守防衛』だ!」


カイゼルがジョッキを掲げ、場を回す。

「いいか、野郎ども! 敵は魔物だけじゃねえ。制度の裏に隠れたハイエナも、俺たちの平和を脅かす立派な敵だ。だが、仕組みが回っている限り、誰も俺たちを崩せねえ!」


マリナが笑い、エルダが静かに頷く。


「……守れたわね。物理的にも、論理的にも」

「ああ。……少しずつ、強くなっている」


カイゼルは夜空の星を見上げた。

風が流れる。ネットワークは正常。村の呼吸は安定している。


「さて、明日はこの『不正役人の撃退』をネタにして、本物の役人に恩を売ってやろうか! 商売のチャンスは、どこにでも転がってるからな!」


陽気な笑い声が、夜の静寂を明るく照らす。

奪わせない。騙されない。

自分たちの手で作り上げた「聖域」は、今日また一つ、新しい『盾』を手に入れた。

止まらない物語は、どんな卑劣な影をも跳ね返し、さらなる高みへと加速し続けていた。

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