51:税の圧力
朝の空気は、これまで通り穏やかで、どこまでも澄み渡っていた。
見張り台からの報告も、もはや村のBGMのように心地よい。
「全地点、異常なし! 今日も平和が過ぎて、あくびを噛み殺すのが一番の重労働ですよ!」
「ははっ! いいことじゃねえか! 平和すぎてあくびが出る。これぞ俺たちが心血注いで作り上げた『最高の贅沢』ってやつだぜ!」
カイゼルが広場の中央で、いつものように底抜けに明るい声を響かせた。
倉庫には、冬を何度越してもお釣りが来るほどの保存食が積み上がり、冷蔵・冷凍技術によって「腐敗」という概念すら村から追放されつつある。
だが――。
「……いいえ、カイゼル。贅沢を享受するのには、それ相応の『お邪魔虫』がつきものよ」
マリナが、鋭利な刃物のような手つきで帳簿を閉じ、一枚の書状を差し出した。
カイゼルはそれをひょいと受け取り、陽気に目を通す。
「おっ、恋文か? それとも王都からの招待状か?」
「増税の通達よ。それも、例年の三倍」
マリナの声には、怒りよりもむしろ「呆れ」が混じっていた。
エルダが銀髪をなびかせ、音もなく二人の間に割って入る。
「……三倍だと? 理由は」
「『村が発展し、備蓄が豊富であると認められたため』。……要するに、『太った豚を絞れ』ってことよ」
マリナが扇子をパチンと閉じ、冷徹な瞳で村の入り口を見据えた。
広場にいた村人たちの手が止まる。かつての、何も持たず、ただ奪われるだけだった時代の記憶が、彼らの顔を不安に染めていく。
「また……また全部持っていかれちまうのか……?」
「せっかく冬の心配がなくなったのに……」
「おーい、野郎ども! シケた面すんじゃねえ! せっかく美味いメシ食って肌ツヤが良くなったんだ、そんな顔してたらリナ先生に笑われるぜ!」
カイゼルが壇上に飛び乗り、大きく手を広げた。
「いいか、これはただの『税』じゃねえ。俺たちの作った『平和』が、外の世界の連中にバレちまったってだけの話だ。……つまり、俺たちの価値が認められたってことさ! 喜ぼうじゃないか!」
「カイゼル……呑気すぎるぞ。三倍を払えば、冬の余剰分が大幅に削られる」
エルダが厳しく釘を刺す。
「ははっ、エルダ! 誰が『そのまま』払うなんて言った? 俺の設計図に『搾取される』なんて項目は載せてねえよ! ――マリナ、お前さんも同じだろ?」
「ええ、当然よ」
マリナが不敵に微笑む。
「奪いに来るなら、それ以上の価値を買い取らせるまでよ。……やりましょうか、カイゼル。商売という名の『専守防衛』を」
午前。村の中央、三人の秘密会議。
「前提は変わらねえぜ。俺たちは攻めない、奪わない。……だが、俺たちの喉元を狙う手には、とびきり熱いお茶をぶっかけてやる」
カイゼルは紙の上に、流れるような動作で新しい「価値の流れ」を描き出した。
「税は払う。……ただし、金貨や生肉じゃねえ。『加工された未来』で払うのさ」
昼。村が再び、活気に満ちた「工場」へと変貌する。
料理人たちが、カイゼルの指示で新製品の開発に没頭し始めた。
「いいか、ただの肉じゃねえ! 香辛料と薬草、そして燻製の香りを極限まで閉じ込めた『特製・軍用保存食』だ。こいつはただの食いもんじゃない。兵隊が戦場で、あるいは商人が街道で『これがあれば死なない』と思える、命のストックなんだよ!」
リナが保存期間をさらに延ばすための薬草エキスを抽出し、料理人がそれを肉に馴染ませる。
ただの保存食が、付加価値という名の魔法を纏い、高価な「商品」へと昇華されていく。
午後。マリナは村を訪れた商人たちを、これまで以上に「強気」で出迎えた。
「価格は据え置き? いいえ、二割上げさせてもらうわ。……不満? なら、他所へ行けばいい。でも、この『魔法の保存食』を扱えない損失、あなたの商会で耐えられるかしら?」
マリナの冷徹な交渉術が、村の価値を外の世界へと高く、速く発信していく。
夕方。エルダは防衛班を集め、静かに、しかし断固とした口調で命じた。
「……徴税官が来ても、剣は抜くな。銃も撃つな。だが……網は解くな。指一本、村の秩序を乱させなければ、それでいい」
夜。
重々しい馬車の音と共に、徴税官と武装した護衛たちが村に入ってきた。
男は肥え太った体で馬車を降り、蔑むような目でカイゼルを見下ろした。
「ずいぶんと景気がいいようだな。さあ、約束の税を頂こうか。金貨か、あるいはその旨そうな肉の山か」
「ははっ、いらっしゃいませ! 遠路はるばる、徴税ご苦労様です!」
カイゼルがいつもの陽気な調子で、小さな、しかし重みのある袋と、いくつかの木箱を差し出した。
「なんだ、この金貨の量は……。通達を読んでいないのか? 三倍だぞ!」
「ええ、承知しておりますとも。ですが、金貨はそれだけで十分なはずです。……代わりに、こちらの『箱』をご覧ください」
マリナが優雅に蓋を開ける。
そこには、美しく包装された「特製・保存食」が整然と並んでいた。
「これは……?」
「ただの干し肉ではありませんわ。王都の兵站部門に持っていけば、金貨以上の価値で買い取られるでしょう。……輸送のコストも軽く、腐る心配もない。国税局の評価が跳ね上がること、間違いありませんわよ?」
男は一瞬、言葉を失った。
周囲を見渡せば、どこからか向けられている「見えない目」の気配。エルダが配置した、一糸乱れぬ監視網。
武力で奪おうにも、あまりに完璧な防備。
そして、目の前にある「金貨以上の利益」。
男は舌打ちをし、しかしその瞳に宿る欲望を隠しきれなかった。
「……フン。評価に値するかどうかは、私が決めることだ。……今回は、これで免じてやろう」
徴税官が去っていく。砂塵が舞い、静寂が戻る。
村人たちから、地鳴りのような歓声が上がった。
「やった……! 本当に、持っていかれなかった!」
「ははっ! 当たり前だろ! 俺たちの作った『価値』は、数字の暴力より強いんだよ!」
カイゼルは夜空を見上げ、満足げに大きく伸びをした。
「……厄介な男ね、あなたは。税金さえも、自分の『宣伝材料』に変えてしまうなんて」
マリナが呆れたように、しかし誇らしげに言った。
「戦わずに勝つ。それが『専守防衛』の経済版だ。……なあ、エルダ。これでもう、誰もこの村を『奪いやすい餌』だなんて思わねえだろ?」
エルダは槍を収め、静かに答えた。
「……ああ。お前の言う通りだ。ここはもう、世界で一番『食い物にするのが難しい場所』になった」
風が吹く。
穏やかで、しかし確かな意志を持った風。
村は回る。仕組みは繋がる。
奪われる側から、価値を選ばせる側へ。
止まらない物語は、新しい「強さ」の形を世界に証明し、さらなる未知なる地平へと加速し続けていた。
「さあ、明日はこの『増税』のニュースを逆手に取って、さらに高く売ってやろうじゃないか!」
カイゼルの陽気な笑い声が、夜の静寂を明るく照らし出していた。




