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戦わずに全部潰したら、誰も戦わなくていい村になった  作者: 慈架太子


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50:専守防衛の確立

朝の空気は、磨き上げた水晶のように澄み渡っていた。

畑の葉先で揺れる露、村を優しく、しかし執拗に撫でて回る微風。それはもはや単なる気象現象ではない。カイゼルが張り巡らせた索敵網が、村という巨大な生命体の「神経」として正しく機能している証だった。


「よおし、野郎ども! 今朝も空気がうめえなあ! 肺の隅々までこの『平和』を吸い込んで、今日も元気に、かつ最高に効率よくサボ……いや、働こうじゃないか!」


カイゼルが広場の中央で、いつものように底抜けに明るい声を響かせた。

見張り台から届く報告も、以前のような悲壮感は微塵もない。

『……こちら全地点、異常なし! 影一つ、俺たちの網に引っかかる勇気すらないようですよ、カイゼルさん!』


「ははっ! いい返事だ! マリナ、聞いたか? 今の『異常なし』。こいつはただの報告じゃねえ。俺たちが運命から勝ち取った、最高の勝利宣言なんだよ!」


カイゼルは管制盤の魔力残量を確認し、満足げに笑った。

隣ではマリナが、新しく刷り上がった村の「貸借対照表」を眺めながら、不敵な笑みを浮かべている。


「ええ。損害コスト、ついにゼロを更新。……正直、商売人としてはスリルがなさすぎて欠伸が出るレベルだわ。でも、この『絶対的な安全』が、どれほどの外貨を呼び込むか……考えるだけで笑いが止まらないわね」


「だろ? 安全ってのは、この世で一番高く売れる商品だからな! ――さて、エルダ。軍曹殿の目から見て、この仕上がりはどうだ?」


背後に立つエルダが、銀髪を朝風になびかせながら静かに頷いた。

「……油断はない。だが、殺気が消えた。村全体が、一つの完成された『理』の中に収まっている」


午前。広場には全村人が集められていた。

それは訓練のためではない。この村が進むべき「究極の形」を共有するためだ。


カイゼルが、村人全員を見渡せる壇上に、軽やかな足取りで飛び乗った。

「よおし、野郎ども! 今日はお前らに、この村の新しい『名前』を教えてやる。……といっても、村の名前を変えるわけじゃねえ。俺たちの『生き方』の名前だ!」


一瞬、広場が静まり返る。


「俺たちは攻めない! 奪わない! 追いかけもしない! ――だが、一歩でもこのラインを越えてきた不作法な野郎には、この世の地獄を見せてやる。名付けて、『専守防衛センチネル・システム』の確立だ!」


ざわめきは起きなかった。

すでに彼らは、カイゼルの指導の下でそれを体現してきたからだ。


「いいか、守るってのはな、歯を食いしばって耐えることじゃねえ。相手に『あ、ここに入ったら俺死ぬわ』って一瞬で理解させて、戦う意欲を根こそぎ奪い去ることなんだよ!」


エルダが一歩前に出る。その立ち姿は、もはや一つの完成された城壁だった。

「……戦わないための戦いだ。入らせない、戦わせない、近づかせない。そのための基礎を、お前たちはすでに持っている。誇れ。そして、崩すな」


「ははっ、軍曹殿の言う通りだ! 俺が作った仕組み(ハード)とお前らの意志ソフトが噛み合えば、もう神様だってこの村に土足で踏み込むことはできねえぜ!」


昼。実地確認の巡回。

カイゼルは自ら外周を回り、魔道具の同期状態をチェックして歩く。

「おーい、ここの土魔法の感度、あと五パーセント上げてくれ。ミミズのくしゃみまで拾う必要はねえが、不審者の足音は逃さねえようにな!」


「了解です、カイゼルさん!」

村人たちの動きに無駄はない。自分たちの役割が、そのまま村の「不可侵」を形作っていることを理解しているからだ。


エルダが鋭い視線で木々の間隔を指摘する。

「そこ、射線を確保しろ。撃つためではない。撃てることを『見せる』ためだ」


「ははっ、相変わらずエグいねえ、エルダ! だが正解だ。『見えてるぞ』っていうプレッシャーこそが、最大の防衛だからな!」


午後。訓練場では、子どもたちが模擬弾のバレット銃で練習をしていた。

エルダの指導は、かつてないほど「哲学的」ですらあった。


「撃つな。……いいか、トリガーに指をかける前に、相手が止まる場所を考えろ。撃たなくて済む状況を作ること。それが、この村の戦士の最上だ」


子どもたちが真剣な眼差しで頷く。

「撃たないのが、一番強いんだよね?」

「……そうだ。抜かせない剣こそが、最強の剣だ」


カイゼルはその様子を遠くから見守り、満足げに鼻歌を歌った。

「マリナ、見たか? 仕組みが継承されてるぜ。これで俺がいなくなっても……いや、俺は死なないから一生楽させてもらうけどな!」


「ふふ、いいわね。……平和という名の付加価値。これを世界中の王侯貴族に売りつければ、私たちは文字通り、世界の財布を握れるわ」


夜。

村を包む静寂は、死のような沈黙ではなく、満ち足りた安らぎの音だった。

見張り台から届く、一定のリズムの報告。

『……全地点、異常なし。星が綺麗で、風が心地よいです』


カイゼルは村の外縁に立ち、森から吹く風を肌で感じていた。

そこには、自分を狙う悪意も、理不尽な暴力の予感もない。

ただ、自分が設計した「平和」が、そこに存在していた。


「……なあ、カイゼル」

いつの間にか隣に立っていたエルダが、ぽつりと呟いた。

「守るというのは……もっと血の匂いがして、泥にまみれるものだと思っていた。だが、これは……」


「ははっ、不満か? 泥んこになりたいなら、明日からお前の担当を畑仕事に変えてやってもいいんだぜ?」


「……冗談はやめろ。ただ、気持ち悪いくらい、静かだと思っただけだ」


「それが理想だ、エルダ。何も起きないこと。誰一人、大切なものを失わずに朝を迎えられること。……俺の設計図に、これ以上の成功報酬はねえよ」


少しの沈黙。

風が吹き抜け、木々がサワサワと笑うように揺れる。


「ねえ、二人とも。密談は終わり?」

マリナが後ろから、温かいスープの入った器を持って現れた。

「この村、もう世界中の誰にも落とせないわね。……物理的にも、経済的にも」


「落とさせねえよ」

カイゼルは笑い、二人の肩を軽く叩いた。

「攻めない。奪わない。ただ、俺たちの『幸せ』を回し続ける。……これが、俺たちの確立した『専守防衛』だ!」


仕組みは完成し、思想は浸透し、村は一つの「答え」となった。

戦わずに、生きる。

奪わずに、豊かになる。

そんな奇跡のような現実を、カイゼルという陽気な設計者は、笑いながらこの世界に叩きつけたのだ。


止まらない物語は、この揺るぎない「聖域」を核にして、さらなる未来へと加速していく。

「さあ、明日は何をしようか! 未来は俺たちの手のひらの中で、最高に輝いてるぜ!」

カイゼルの陽気な笑い声が、夜の静寂を明るく、どこまでも遠くまで照らし出していた。

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