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戦わずに全部潰したら、誰も戦わなくていい村になった  作者: 慈架太子


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49:防衛の完成形

朝霧が、まるで極上の絹のように村の境界線をなぞりながらゆっくりと晴れていく。

かつては「死のとばり」だったその霧も、今のこの村にとっては、単なる一日の始まりを告げる演出に過ぎない。


「よおし、野郎ども! 今朝も空気がうめえなあ! 肺の隅々までこの『平和』を吸い込んで、今日も元気にサボ……いや、効率的に働こうじゃないか!」


カイゼルが広場の中央で、いつものように底抜けに明るい声を響かせた。

見張り台から届く魔力通信の声も、もはや緊張の欠片もない、澄み切ったものだ。

『……こちら全地点、異常なし! 影一つ、俺たちの網を抜けることはできませんよ、カイゼルさん!』


「ははっ! いい返事だ! マリナ、聞いたか? 今の自信満々な声。これこそが、俺が一番作りたかった『最強の防備』なんだよ!」


カイゼルは管制所の魔力盤から手を離し、伸びをしながらマリナに笑いかけた。

マリナは扇子で口元を隠し、眩しそうに、しかし鋭い商売人の目で村を見渡す。


「ええ。侵入件数ゼロ。損害コストゼロ。……正直、これを『村』の防衛と呼ぶのは無理があるわね。王都の近衛騎士団が聞いたら、恥ずかしくて鎧を脱ぎ捨てて逃げ出すレベルの『小規模国家』の完成よ」


「ははっ! 騎士団の鎧なんて重いだけだぜ。俺たちの村は、もっと軽やかに、もっと陽気に、世界で一番『攻めるのが馬鹿らしい場所』になったのさ!」


カイゼルが不敵に笑うと、背後から無駄のない足取りでエルダが近づいてきた。その銀髪は朝日に輝き、手入れの行き届いた槍の穂先のように鋭い。


「……巡回、終わった。死角、完全消失。……カイゼル、お前の設計通りだ」


「おっ、軍曹殿の合格点か! こいつは金貨を積み上げられるより嬉しいねえ! で、現場の連中の動きはどうだ?」


「……悪くない。いや、完璧だ。戦う必要がなくなったことで、逆に動きに迷いが消えた」


午前。その「完成」を証明するための、最終確認訓練が始まった。

カイゼルが管制所から、いつもの陽気な調子で仮想の危機を告げる。


「よおし、お立ち会い! 南東から、お腹を空かせた悪い狼が六匹、こっそりつまみ食いに来るぞ! 野郎ども、俺たちの『おもてなし』を見せてやれ!」


即座に村全体が同期する。

農作業をしていた者が手を止め、慣れた動作で魔導式バレット銃を構える。だが、そこには悲壮感も焦りもない。


「ウィンド、展開! 通り道は一本だけでいいぜ!」

「了解! ソイル、立ち入り禁止の壁を作れ!」


地面が盛り上がり、風が咆哮する。

仮想の敵は、戦う前に「道」を限定され、袋の小路へと誘導される。

そこへ、一滴の無駄もないウォーターバレットとストーンバレットが突き刺さった。


「……終わりだ」

エルダが呟く。

わずか十数秒。一歩も歩ませず、一発の反撃も許さない。

それは「勝利」と呼ぶにはあまりに一方的な、圧倒的な「拒絶」だった。


「ははっ! 完璧だ! 見たか、今の? 戦って勝つなんてのは二流のやることだ。一流ってのはな、相手に『戦うことすら諦めさせる』んだよ!」


カイゼルは管制所の記録をパチンと閉じ、広場に集まった村人たちに大きく手を振った。

「お前ら、最高に格好良かったぜ! これで防衛は『完成』だ。今日からこの村は、世界で一番安全な俺たちの『聖域』だ!」


歓声が上がる。

だが、それは以前のような「助かった」という安堵の叫びではない。

自分たちの作った仕組みが、世界を屈服させたという「自負」の咆哮だった。


昼時。

村は驚くほど平穏に、そして活発に回り続けていた。

料理人が余剰野菜で作った「新メニュー」の匂いが漂い、リナが笑いながら子どもたちの健康をチェックしている。


「カイゼルさん、最近みんなの顔色が良すぎて、私の薬が余っちゃうわ」


「ははっ、リナ先生! 薬が余るのは最高の贅沢だぜ。浮いた分は、もっと美味しいお菓子の材料でも仕入れるのに回そうじゃないか!」


マリナが最新の「外の情勢」を記した紙を持ってくる。

「……面白いわよ。近隣の盗賊団、いくつか解散したわ。理由は『あの村を狙うのは、ドラゴンの巣を素手で掃除するより割に合わない』だそうよ」


「ははっ! ドラゴンに失礼だな、俺たちはもっと陽気に追い返してやるのに!」


夕方。

沈みゆく夕陽が、完成された防衛施設を黄金色に染め上げる。

カイゼルは広場の真ん中に立ち、全員を見渡した。


「いいか、野郎ども! 防衛が完成したってことは、もう『守るために戦う』時間は終わりだ。これからは『楽しむために守る』。その仕組みを回し続けるんだ!」


「守るのは人じゃない。俺たちが作ったこの『仕組み』だ。お前らはただ、その流れの中で笑って生きてりゃいいんだよ!」


その言葉が、村の空気を決定的に変えた。

恐怖に縛られた「防衛」から、豊かさを享受するための「インフラ」へ。


夜。

見張り台から、いつもの報告が届く。

『……異常なし。星が綺麗で、あくびが出そうです!』


「ははっ! あくびが出るほど平和か。合格点だな!」


カイゼルはエルダの隣に座り、夜空を見上げた。

「……どうだ、軍曹殿。俺の作った『退屈なほど平和な村』は」


エルダは少しだけ考え、そして小さく、しかし確かな声で答えた。

「……守れている。……お前の言う通り、戦わずに勝つのが、一番強い」


「だろ? だがな、エルダ。これで終わりじゃないぜ」

カイゼルは不敵に笑い、遠くの暗闇――外の世界を指差した。


「この『完成された仕組み』、村の中に閉じ込めておくのはもったいないだろ? 次は、この平和を世界中にバラ撒きに行ってやるのさ!」


マリナが隣で笑う。

「ええ。とびきり高い値段で、世界中と『平和』を取引しましょう」


カイゼルの陽気な笑い声が、夜の静寂を明るく照らす。

仕組みは完成し、恐怖は消え、村は一つの「揺るぎない確信」へと昇華した。

止まらない物語は、この強固な「完成形」を原動力にして、いよいよ世界という名の広大な大地へと、その蹄音ひづめおとを響かせようとしていた。


「さあ、明日は何をして遊ぼうか! 未来は俺たちの手のひらの中だぜ!」

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