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戦わずに全部潰したら、誰も戦わなくていい村になった  作者: 慈架太子


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48:侵入ゼロへ

朝の空気は、これまでになく軽やかで、透き通っていた。

かつては「いつ影から魔物が飛び出してくるか」「いつ盗賊が扉を蹴破るか」という、胃を焼くような緊張感が村の朝の「隠し味」だった。だが今、その澱みはどこにもない。


「よおし、野郎ども! 昨日の夜、ぐっすり眠りすぎて枕に地図を作った奴は正直に手を挙げろ! 俺の設計が完璧すぎて、夢の中でも平和を堪能しちまった証拠だからな!」


カイゼルが広場の中央で、いつものように底抜けに明るい声を響かせた。

見張り台の上で双眼具を構えていた村人が、照れくさそうに、しかし誇らしげに報告を返す。

『……こちら西側! 枕は無事です! それと、森の境界線も異常なし! ウサギ一匹、俺たちの網に引っかからずに通り抜けるのは無理ですね!』


「ははっ、いい答えだ! マリナ、聞いたか? 記録上の侵入件数、ついに三日間連続の『ゼロ』だぜ。この数字、お前さんの帳簿に載せるには最高に美しいだろ?」


マリナが扇子をパチンと閉じ、口元に満足げな、しかし欲深い笑みを浮かべた。

「ええ。損害ゼロ、機会損失ゼロ。……これほど投資家を喜ばせる数字はないわ。カイゼル、あなたの作ったこの『壁』、もはや物理的な城壁より遥かに強固ね」


エルダが腕を組んだまま、静かに森を見据える。

「……まだ早い。静寂は油断を呼ぶ。だが……」

彼女は一瞬だけ言葉を切り、そして小さく息を吐いた。

「確かに、肌を刺すような敵意を感じなくなった。村が、一つの完成した『聖域』になりつつある」


午前。カイゼルは「完成」を確実なものにするため、最終段階のシステム調整を開始した。

見張り網、魔力通信、風索敵ネットワーク。

これら三つの層を一つに束ね、誰がどこにいても状況を「共有」できる、多重リンクの構築だ。


「いいか、野郎ども。これは『見る』ための道具じゃない。敵に『ここはお前たちの居場所じゃねえ』と分からせるための、究極の拒絶反応なんだ。……エルダ、仕上げの模擬戦デバッグといこうじゃないか!」


「……望むところだ。防衛班、散開せよ。今日はお前たちの『知覚』を極限まで試す!」


訓練開始。

エルダ率いる精鋭数名が、森の闇に紛れて不規則に、かつ最速で村へと肉薄する。

かつてなら、彼らが村の柵に手をかけるまで誰も気づかなかっただろう。


だが――。


管制所の通信盤が、鋭く光った。

「北東、風の乱れを確認。対象、五名。速度、通常の三倍。……エルダ様だな!」


「ビンゴ! 野郎ども、客人の到着だ。最高のおもてなしを準備しろ!」

カイゼルの陽気な煽りに、村人たちが即座に反応する。


「ウィンドバレット、右翼に展開! 進路を絞れ!」

「了解! ソイルバレット、逃げ道を塞ぐ!」


地響きと共に土の壁が盛り上がり、風の弾丸が退路を断つ。

エルダたちが一瞬足を止めたその隙を、通信機を通じた連携が逃さない。


「南西班、回り込め! ウォーターバレット、一斉射撃!」


バシャァッ! と高圧の水が放たれ、訓練用の的が正確に撃ち抜かれる。

数分後。

森の境界線から一歩も入らせることなく、エルダたちの「侵入」は完全に阻止された。


「……早いな」

「自分たちが動く前に、もう終わってた気分だぜ」

村人たちが、驚きと興奮で顔を上気させる。


カイゼルは管制台を叩きながら、豪快に笑った。

「ははっ! 見たか! これが『侵入ゼロ』の正体だ。戦って勝つんじゃない、戦う隙すら与えない。お前らは今、世界で一番『退屈なほど安全な場所』を創り上げたんだぜ!」


エルダが森から戻り、砂を払いながら短く言った。

「……合格だ。情報の連動が、個々の未熟さを完全に補っている。これが『組織』の力か」


「ははっ、軍曹殿の合格点だ! 祝杯の準備をしろ! 今日はリナ先生監修の、疲労回復に特化した豪華スープを全員に振る舞うぜ!」


昼。村人たちは、かつてない安らぎの中で食事を摂っていた。

ボロボロだった体、死を覚悟した日々。それらが遠い昔のことのように思えるほど、広場には平和な笑い声が満ちている。


「怪我人が一人も出ない訓練なんて、初めてじゃない?」

美人薬師のリナが、少し暇そうに、しかし嬉しそうに笑う。


「だろ? 救急キットを腐らせるのが、俺の最終目標だからな!」


カイゼルは広場を見渡した。

畑を耕す者、保存食を加工する者、そして見張り台で目を光らせる者。

全員が自分の役割パーツを全うし、巨大な循環システムの一部として機能している。


「……回ってるわね。完全に」

マリナが隣で呟く。

「でも、これで終わりじゃないんでしょ?」


「当たり前だろ、マリナ。これはまだ『家の中』を整えただけだ。外には、この平和を羨んで、あるいは妬んで壊そうとする奴らが腐るほどいる」


カイゼルは不敵に笑い、遠くの森――そのさらに先を見据えた。


「守りが完璧になったなら、次は『広げる』段階だ。この村の幸せを、この仕組みを、外の世界に叩きつけてやるのさ。……なあ、エルダ、マリナ。面白いことになりそうだろ?」


「……お前の設計に付き合うのは疲れるが、退屈はしなさそうだな」

「ええ。とびきり大きく、世界中を巻き込む取引にしましょう」


夕方。

見張り網から、いつもの報告が届く。

『全地点、異常なし。今日も静かな夕暮れです』


「ああ。異常なし、だ」

カイゼルは陽気に笑い、沈みゆく太陽に向かって手を振った。


侵入ゼロ。

それは単なる数字ではない。

村人が自分の力で、知恵で、そして繋がった心で掴み取った「自由」の証。

止まらない物語は、この強固な「聖域」を足場にして、いよいよ世界という名の巨大な盤面へと、その歩みを進めようとしていた。

「さあ、明日は何を作ってやろうかな!」

カイゼルの声は、どこまでも明るく、希望に満ちて響き渡った。

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